Works 185号 特集 ニッポンの“課長”の処方箋

管理職の仕事を「ヒトマネ」と「コトマネ」の2人で分担させたリクルート

2024年09月25日

リクルートも管理職問題を人事課題と捉え、さまざまに試行錯誤を続けている。その1つが課長相当職の仕事を2つに分け、人と組織の領域を「ヒトマネジャー(ヒトマネ)」が、業務遂行の領域を「コトマネジャー(コトマネ)」が担う仕組みの試験導入だ。2人体制でのマネジメントは、どのような効果を生み出しているのか。


同社は2023年に「ヒトマネ」「コトマネ」の試験導入を開始し、2024年6月には大小合わせて20ほどの職場に広げた。CO-ENインクルージョン統括室室長の早川陽子は、背景を次のように説明する。「事業の変化のスピードは急激に加速しています。特に変化の激しい事業では、管理職は、中長期の戦略を描くと同時にプレイングマネジャーとして最前線に立ち、さらに戦略を実現するメンバーを早急に育成することも必要な場面が出てきました」

ある事業部では事業が拡大するなかで、1人の課長が束ねる部下の数も急増したが、1人がこなせる業務には限界があった。2人がチームを組んで仕事を分担すれば、人と事業両方の成長をスピードアップできるのではないかと考えたのだという。

ヒトマネ、コトマネはいずれも「業績の最大化」をゴールに据え、戦略の立案・推進をコトマネが、メンバーの管理・育成をヒトマネが担う。具体的には、コトマネはチームの目標を設定し、戦略に基づいて業務を遂行するため、メンバーに仕事をアサインしたり、部門間の調整をしたりする。「組織全体の事業転換やメンバーの出す成果の変動に合わせて、目標、戦略、戦術を逐次見直すこともコトマネの重要な役割です」

一方、ヒトマネはメンバーの育成や採用、労働時間の管理、人事評価、キャリア支援などを担当する。メンバーのメンタルやパフォーマンスに変わったところはないか、日常的に目配りすることも仕事の1つだ。

ヒトマネとコトマネの関係性をどう定めるかは、試行錯誤中だ。お互いが足りない部分を補い合う、それぞれの領域で住み分ける、2人の業務を「重ね合わせる」などいろいろなやり方がある。「重ね合わせる」では、たとえばプロジェクトの進捗が鈍ったらコトマネがそれをヒトマネに伝え、ヒトマネが面談を通じてメンバーに目標の再確認を促したり、成果を出すために必要なスキルの習得を後押ししたりする。逆にヒトマネがメンバーの意欲の低下を察知したら、コトマネに知らせて目標や計画自体に問題はないか確認してもらう、といった循環を作り出している。

「マネジャー2人が分業ではなく協業することで、職場の解像度が高まり、メンバーにもきめ細かいケアができる可能性も見えてきました」

ヒトマネとコトマネの仕事の領域図出所:リクルート

戦略立案、育成が加速
多様な人材任用も可能に

同じチームにマネジャーが複数いることで、「船頭多くして船山に上る」のことわざのように異なった意思決定が下され、現場が混乱することはないのだろうか。この状態を防ぐためには、「業績を2人共通のミッションに置いていることが重要」だという。

「目指すゴールが同じであれば、到達するための方法の違いについては、どちらが最適かを議論することで解消できると思います。むしろ『1人より2人でメンバーを見たほうが、見立ての精度が高まる』など、2人体制ならではのメリットを挙げる人もいます」

導入した職場では、コトマネが事業推進の仕事に注力できるようになり、中長期の戦略立案力が高まるといった効果も期待される。メンバーの組織へのエンゲージメントも高まったという。
「メンバーのスキル向上がはっきり確認できれば、業績拡大にも貢献すると思いますし、中長期の戦略立案力、推進力が高まれば、事業全体の持続的な成長にもつながるのでは、と期待しています」

ただし、まだ完全に同じ仕組みを横展開するには至っていない。複数の職場へのトライアルを広げる際には、各部署の部長や室長、そして人事が相談し、それぞれの部署に合う協業の形へのカスタマイズが必要だという。「現場主導で事業フェーズや構造を理解しながら、マネジャー2人の具体的な業務分担や組み合わせを模索しています」

また2人体制にすることで、事業遂行に特に強い人をコトマネに、人への関心が高い人をヒトマネにと、片方の分野で優れた能力を持つ人材も管理職として活躍できる可能性がある。
「オールマイティな人材でなくとも、得意分野で活躍できる場が広がるかもしれません。ただ、ヒトマネもコトマネも、学ぶことでスキルを身につけられる。管理職には、得意でない領域にも挑戦してもらいたいと考えています」

この体制がうまく機能するには、マネジャー2人の円滑なコミュニケーションが不可欠だ。このためマネジャー2人には同じチームで仕事を始める前から対話を重ね、相互理解を深めるよう促している。
「同質性が高い人より違ったほうが、得意と不得意を補い合って関係がうまくいきやすいようです」

「秘伝のたれ」を形式知に
第三者が育成に関わる

株式会社リクルート風景写真Photo=今村拓馬

リクルートは創業以来、人材を最大の資本と捉えて社員一人ひとりの強みを引き出し育成することを重視してきた。ただ人材マネジメントには暗黙知の部分も多く、「いわば『秘伝のたれ』のように先輩や上司の振る舞いから学ぶ面も多々あった」という。そこで、人材育成の暗黙知を形式知へと変えることに取り組んでいる。その1つが管理職支援の1つとして導入した人材育成プログラム「Co-AL(コアル)施策」なのだ。

施策ではまず、さまざまな組織の管理職や人事スタッフらに研修を実施し、人物理解や人材育成計画のスキルを身につけた「Co-AL Partner」を育成する。2人のCo-AL Partnerが1人の社員と約2時間にわたる面談を行い、自己理解を促すとともに、社員の上司と協議して育成計画を立てる。上司・部下といった直接の関係を持たないCo-ALPartnerが、第三者的な視点で育成に関わる形だ。社員本人すら自覚していなかった「~したい」というエネルギーの源泉や、上司には見えなかった特性を可視化し、複眼的にキャリアを支援することが狙いだ。

「これまで数百人に対してセッションが行われましたが『私をここまで理解してくれる人がいることに感銘を受けた』『ありたい姿やキャリアのイメージが湧いた』といった声が寄せられ、受けた人の満足度は非常に高いです」

同社は2025年度以降、組織長全員にCo-ALPartnerのノウハウを習得してもらいたいとしている。「管理職全員が実際にセッションを担うことはなくとも、人材をさまざまな角度で理解して、育成する力を身につけてもらうことは、日々のマネジメントに役立つはず。組織に多様なメンバーが増えるなか、人材マネジメントも多様な個性を生かせるようにアップデートしていきます」

Text=有馬知子 Photo=リクルート提供(早川写真)

早川陽子

リクルート
CO-EN
インクルージョン統括室室長