Works 185号 特集 ニッポンの“課長”の処方箋

管理からイノベーションは生まれず それでも管理職を置いた理由と工夫

2024年09月25日

unerryは2015年の創業以降、「民主的」な組織文化を重視し、中間管理職を置いていなかったが、2023年にその方針を転換。その理由とは。組織文化に影響はなかったのか。

合宿参加者の集合写真年に1度、全社で合宿を行っている。階層性を持たない民主的で自由な風土を保つための大切な時間だ。


「人流」のデータプラットフォームを運営するunerryでは創業から8年間、管理職というポジションを置いていなかった。代表取締役社長CEO、内山英俊氏は、その理由をこう話す。

「現代は1人のビジネスパーソンが世界を変えられる時代。人を管理することからは、イノベーションは生まれません。私たちは民主と自由、そして共創を大事にしているのです」

上司と部下の役割が明確に分けられている会社では、多くの場合、部下が上司に提案する場合でも、最終的な意思決定者は上司だ。だがunerryでは、意思決定権限はプロジェクトの各担当者にある。年長者は、担当者の観点や分析軸が適切かどうかなどの相談には乗るが、基本的に意思決定のサポート役に徹する。

「私と役員の役割は、人を管理することではなく、皆さんの意思決定の方向性をつむぐことだと考えてきました」(内山氏)

担当者からの相談は日常的に寄せられ、Slackで済ませる場合もあれば、社内で「今5分もらえますか?」と声を掛けられたり、大きな案件では会議を開いたりする場合もあるという。

こうしたユニークな組織運営は、新たなビジネスの創出に連動したものだ。同社は「心地よい未来を、データとつくる。」をミッションに掲げ、屋内外の人流など実社会のデータをAI解析し、企業や観光地のマーケティングや広告配信を支援するサービスを次々に展開。「私たちが運営するデータプラットフォームは日本のインフラになりつつあります。インフラを整える会社として、長い目で未来を予想しながら、社会を変えていくことが重要になるのです」

ところが2023年、同社は民主と自由、共創という文化を大切にするという基本的な組織運営は変えないものの、中間管理職的なポジション「VP」を置くことになったのだ。

組織拡大で時間確保が困難に
中間管理職を任せられる人材育つ

創業時、内山氏を含めて2人でスタートしたunerryは、2023年のVP創設の段階で役員と社員の数が合わせて67人に拡大した。社員の増加に伴い役員たちに相談が集中し、物理的に相談の時間を取るのが難しくなったり、役員が本来優先すべき仕事ができなくなったりする悩ましい問題が起こるようになった。一方で、創業から8年が経過し、「この人が相談を受ければ大丈夫だ」と任せられる人材が育ってきたため、VPを設置することにした。今では約10人のVPがいる。

実際にVPを務めるのは同社でのキャリアが長い人材が中心だが、なかには新卒入社3年目でVPに選抜されたケースもある。

「彼は、全体を俯瞰する視点を持っています。自分の部署でデータ分析ができる人材が育ったら、営業や経営企画に異動してもらってその知見を生かすと会社のためになる、とよく言うのです。ただ社会人としての経験は浅いため、同年代のもう1人の若手との2人体制でVPを務めてもらうなど、運用面で工夫しています」(内山氏)

中間管理職を置くと、組織に階層が生まれがちだ。同社が大切にする民主と自由、共創という文化は保たれているのだろうか。「文化を毀損しないために、VPの要件をしっかりと定めている」と内山氏は言う。

VPに求めるのは、①それぞれの領域のリーダーとしてビジョンを掲げ、メンバーを引っ張っていける、②ほかのチームとの結節点となる役割を果たせる、③経営陣の一角となるため、自分のチームのことだけではなくほかのチームのことも「わがこと」のように捉えられる、という3つだ。

社員の勤怠管理や採用などを担うHRチーム澤田千紘氏もVPの1人だ。
「1~2カ月、自分にVPが務まるかどうかを考え、最終的に『やってみたい』と思って手を挙げました。私のように、VPになりたくてなった人もいる一方で、何がunerryの皆のためになるかを考えた結果としてVPに就いた人もいます。どちらのケースでも、覚悟を持って任務を全うできるかを問われるプロセスを経ているのは共通しています」(澤田氏)

トップとの距離を遠くしない
社員への情報開示と1on1を継続

VPの設置によって、日常的な意思決定や担当者からの相談はVPが担うようになった。ただし、階層性を生まないために、社員と経営トップとの距離感も意識している。

「私が考える以上に、トップとの距離を感じるようになった社員はいるだろうと想像します。その距離をいかに遠くさせないかが大事で、特に私自身が努力しなければならないと考えています」(内山氏)

そのため同社では2つの取り組みを進めている。1つは、社員への速やかな情報開示だ。役員会で話した内容は、人事などの個人情報やインサイダーに該当する情報以外、ほぼそのまま社員に伝えるようにしているという。

もう1つの取り組みは1 on 1だ。内山氏と社員が個別に話をする機会を1年に2回設け、社員の近況や悩み、質問や言いたいことなどについて、30分から1時間ほどかけて話を聞く。トップの時間確保が難しくなってきたことから、個別面談は2024年現在、7カ月に1回ほどの実施と遅れ気味になっているが、内山氏は「計算上、社員が150人になるまでは実施できるはず」と社員と個別に話すことにこだわりを見せる。

「unerryを選んでもらった人には、できれば長く仕事をしてほしいと願っているからです。長い間、人と会社がお付き合いする過程では、良いときも悪いときもありますが、あまり良くない状態を脱する1つの方法は話すことだと私は考えています。対話の機会を担保するのは、私と社員との約束なのです」

Text=川口敦子 Photo=unerry 提供

内山英俊氏

unerry
代表取締役社長CEO

澤田千紘氏

unerry
HRチーム