Works 185号 特集 ニッポンの“課長”の処方箋

管理職負担の本質 期待される役割が変化し「人次元」の負荷が増えている

2024年09月19日

職場の環境が大きく変わっているなかで、管理職に求められる役割も変化しているのか。新たにどのような課題が生まれているのか。ダイバーシティマネジメントの観点から管理職の役割について研究する坂爪洋美氏に聞く。


もともと私は、女性活躍推進を中心としたダイバーシティマネジメントの研究からスタートしましたが、施策推進のカギを握る存在として常に名前が挙がるのは、管理職でした。成果主義の運用でも育児休業の取得推進でも、人事関係の研究では「管理職が機能すればうまくいく」という話になることが非常に多い。管理職はそれだけ重要で、組織にとってなくてはならない存在であることは言うまでもありません。多くの人を巻き込んでうまく活用していくことで、1人ではできない大きなことを成し遂げる。それは非常にやりがいのある仕事だと思います。

管理職の役割研究で知られるミンツバーグは、管理職の中核をなす役割として、「仕事の枠組みの構築」と「仕事のスケジュール設定」の2つを挙げています。自分が管轄する組織の内部と外部それぞれに対して、情報を用い(情報次元)、人々を介しつつ(人次元)、自身でも直接行動する(行動次元)ことで、この2つの役割を果たしているとしています。

   

管理職の主要な役割と内包される下位の役割185toku_8_role出所:Mintzberg(2009:91)より坂爪氏作成

基本的に今日の管理職もこの枠組みは変わっていないと思いますが、変化があるとすれば、近年の日本では、「自分が管轄する組織内部」の「人次元」が大きくなっている。つまり、部下の育成や動機づけなど、部門内のピープルマネジメントの負荷が非常に高まっていると感じます。

2020年に課長クラスの管理職を対象に調査を行い、仕事時間の内訳について理想と現実を尋ねたところ、「管理業務」と「部下育成」にもっと時間をかけたいと思っている管理職の姿が見えてきました。自らの「担当業務」もあり、管理職の本分でもある「管理業務」に十分な時間が取れていない、そしてどんどん増大する「部下育成」の役割に追い立てられている現状を表しているように思います。

多様な部下をまとめあげるには傾聴力と発信力の両方が必要

これは会社の人事施策の運用が、管理職の役割に追加されてきたことと無関係ではありません。成果主義に基づく個別管理を進めようとすると、一人ひとりをきめ細かく理解する必要があり、最も身近にいる管理職にさまざまな業務がふってくるようになりました。

現在では目標管理の面談や評価のフィードバックなど、部下と個別にコミュニケーションを取らなくてはならない機会が大幅に増えています。自部門での成長を支援するだけでなく、長期的に将来を見据えて、個人のキャリア志向を踏まえた育成が求められるようになりました。さらには育児休業の取得推進など、ライフに関する情報を把握する必要も生まれている。部下育成の難度は、考慮すべき情報量が増えたことで格段に高まっているといえるでしょう。

定期的な1on1など、部下との双方向の対話が増えるなかで、管理職に求められるスキルも変わってきています。管理職が指示を出せば部下が黙って動いてくれる時代は終わり、従業員側が自分の権利や意見をしっかりと主張するようになってきました。それ自体は望ましいことでもあるのですが、その変化に管理職のコミュニケーションスキルが追いついていないように感じます。よくいわれる通り、傾聴力が必要であるのはもちろん、同時に発信力の重要性がより高まっていると考えます。

現在の職場は、若い世代や外国人など部下の多様性が高まり、メンバーの価値観もさまざまです。キャリア自律が叫ばれ、転職も当たり前となっているなか、ともすればバラバラになりがちな人たちを、どう1つにまとめあげて同じ方向に向かわせるのか。単に部下の話を丁寧に聞いているだけでは難しいでしょう。 自らの言葉で、目指す方向性やその先の将来像を示さなければ、部下に前を向かせることはできません。そのための方針を示し、自分の考えを伝えていかなくては、ただ部下の言葉に振り回されるだけで終わってしまいます。管理職には、個別化・多様化する人々をつなぎとめる言葉が必要なのです。

管理職へのサポートは後回しにされている

ところが現状は、こうしたスキルを身につけていないまま管理職に登用され、会社からは「管理職なのだから自分で何とかできるだろう」と、特に解決策も提示されません。管理職は重要だといわれながら、スキルを伸ばす教育機会も、役割を遂行するための支援も後回しにされてしまいがちです。これでは、管理職がモチベーションを維持していくのも難しくなります。人事として支援できることを考えていくべきでしょう。

たとえば、部下からの質問や相談に対して、管理職がすべて自分で考えて対応するのは負担が大きすぎます。よくある相談を集約して、どのように答えればよいかの情報を提供するだけでも、かなり助けになるでしょう。

1対1のコミュニケーションを重ねる以外にも、部下との信頼関係を築く手段はあります。自分の方針はどのようなものか、この部門では何がOKで何がNGかなど、管理職の考えを部門全体でシェアする仕組みを整備することも有効です。個別に時間をかけなくても、上司と部下との相互理解を深めていく方法は、いろいろと考えられるでしょう。

部下のキャリア形成支援にしても、会社のなかでどのようなキャリアを積めるかの全体像を、個々の管理職が把握しているとは限りません。そこで、どのような条件を満たせばその仕事に就けるのか、社内全部門のキャリア情報を公開して、誰もが見られるような仕組みを作るのも1つの手です。

また、管理職の役割が「人次元」で大きくなっていることを鑑みれば、それに見合う裁量を与えるべきです。部下から「将来的に他部門に移って活躍したい」という相談を受けても、管理職はその部門に異動させる権限を持っているわけではなく、助言のしようがありません。

さらに突き詰めていくと、そもそも部下のキャリア形成支援まで管理職が担うべきなのかという疑問も生まれてきます。本来、管理職の仕事は、職場のパフォーマンスを上げることであり、個別に部下のサポートをするのは本当に管理職でなくてはいけないのか。これだけ管理職が疲弊しているなか、管理職に過剰な期待がかかっていないか、改めてその役割を精査するときがきていると思います。

Text= 瀬戸友子 Photo =坂爪氏提供

坂爪洋美氏

法政大学
キャリアデザイン学部教授

慶應義塾大学文学部卒業後、リクルート勤務を経て、慶應義塾大学大学院経営管理研究科にて博士(経営学)を取得。和光大学教授を経て2015年4月より現職。専門は産業・組織心理学。著書に『管理職の役割』(中央経済社)など。