Works 185号 特集 ニッポンの“課長”の処方箋

すべての新任管理職を公募で登用 挑戦への意欲を引き出した富士通

2024年09月25日

富士通は2020年にポスティング(公募)制度を大幅に拡大し、2022年から新任管理職については原則としてすべて公募で登用するようになった。管理職を敬遠する若手が増えたといわれるご時世に、「手挙げ」の制度はうまく機能しているのだろうか。

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出所:富士通


同社は公募拡大と同じ時期、管理職にジョブ型人事制度も導入し、2022年度からは一般社員にジョブ型の対象を拡大している。取締役執行役員SEVP CHROの平松浩樹氏は「グローバルカンパニーとして成長するため、人事制度も世界の『当たり前』であるジョブ型に変えました。管理職への公募の導入は『年齢に関係なく、ポジションに適した人をアサインする』という経営側の意思を示す、象徴的な意味もありました」と説明する。

従来の管理職登用は、毎年各部署に人数が割り振られ、上司が該当者を推薦する形が一般的だった。推薦は概ね年齢順で、職場内の「順番」も漠然と決まっていた。その仕組みが一変して手挙げになり、社内には衝撃が走った。「日本企業では、社員が昇進への意欲をあからさまに示すと、『そんなに偉くなりたいのか』と冷たい目で見られがち。このため人事サイドにも、社員が手を挙げてくれるのか、特に本当に手挙げしてほしい人材が応募してくれるのか、という不安はありました」

心配は杞憂に終わり、導入初年度の応募者は、公募したポスト数の1.5倍に上った。
「会社側が、社員の成長意欲を信じて挑戦の機会を提供すれば、社員も自律的に行動するようになる。信頼と自律の大切さを実感しました」

多くの日本企業では、「管理職」の具体的な職務内容が外から見えづらい。このため「仕事の面白さより負担のほうが大きいのでは」「自分には務まらないのでは」といった不安を募らせ、管理職になるのをためらう若手もいる。ジョブ型の職務要件を通じて、管理職の仕事や求められるスキルが明確になったことが、社員の積極的な応募を引き出したと平松氏は分析する。

同社はジョブ型導入と同時に、管理職へ人材マネジメントの権限も大幅に委譲した。割り当てられた人数枠をやり繰りするだけでなく、事業拡大に応じて要員を増やすなど人材戦略にも関われるようになり、管理職のやりがいが高まったことも応募につながった可能性があるという。

再挑戦のハードルが下がる
女性・若者の登用も促進

推薦主体で登用が行われていた時期、課長登用試験の合格率は98~99%に上った。「推薦者の顔を潰さないようにしなければ」といった配慮から、時には追試をしてでも合格させようとしたからだ。それだけに不合格になると、「昇進の道が閉ざされた」という思いに陥る人も多かった。

公募導入後、合格率は6割程度に下がったものの、同時に「再チャレンジのハードルも大幅に下がりました」。年間を通じて募集があり、不合格になっても別のポストに応募できる。面接を受けた部署からフィードバックを得られ、足りないスキルを習得して次の公募に備えられるようにもなった。

多様な部署や年齢の社員が応募することで、年齢を過剰に意識することも少なくなったという。「選ぶ側の意識が、推薦者への忖度や受験者の年齢ではなく最も高いパフォーマンスを発揮できるのは誰か、という本来のテーマに向き、純粋にポストにふさわしい人を選べるようになりました」

合格者に占める女性比率も、2021年の22%から2022年には25%に上昇した。「出産する前に管理職になりたい」「子育てが一段落したので手挙げしよう」など、本人が望むタイミングで挑戦できるようになったことや、在宅と出社のハイブリッドを前提とした「ワークライフシフト」の導入により働き方が改善されたことが要因という。36歳以下の若手幹部の割合も増加傾向だ。

さらに50代の社員にも、課長職にチャレンジする人が現れている。2023年の新任課長の最高齢は55歳だった。「学習コンテンツの利用も、20~30代より50代のほうが活発です。新しい部署に挑戦できるようになったことが、学んでスキルを身につけ新天地で活躍したい、というミドルシニアの成長意欲に火をつけたのです」

役割要件によって、高度な専門性を必要とする管理職ポストもあることが可視化された。これによって専門性を追求してきた職人タイプの社員も、公募に挑戦するようになったという。

管理職の研修も充実
レベルの底上げが課題に

一方、未経験の仕事に転じるときや、介護など家庭の事情で業務負担を一時的に軽くしたい場合などは、個人の意思で現職より下のグレードのポストに手挙げすることもできる。同時に会社側によるダウングレードもあり得る仕組みにした。
「人事としても従来は、社員の降格が難しい分、昇進にも慎重にならざるを得ませんでした。力を発揮できない社員は降格させる選択が可能になったことで、高い成果を求められるポストには競争力のある報酬を提示できるようになり、優秀な人材を集めやすくなりました」

公募によって組織の流動性が高まると、仕事のやりがいや成長の機会を提示できない管理職からは部下が離れてしまうし、募集をかけても人が集まらない可能性も高まる。「管理職が組織を維持するためには、これまで以上に部下とコミュニケーションを取り、ニーズやモチベーションを把握する必要があります」

かつては新任管理職がマネジメントスキルを学ぶ機会に乏しく、多くの社員が先輩の背中を見て属人的にやり方を学んでいた。昇進時の研修も座学で一斉に受けるスタイルで、内容も精神論的な教えが多いなど、具体性に欠ける面があった。

公募導入後は、法政大学キャリアデザイン学部教授の田中研之輔氏の協力を得て、管理職研修の拡充に取り組んでいる。ワークショップなどを通じて、面談で部下に聞くべき質問内容や伝え方などを伝授するほか、エンゲージメントサーベイに「あなたは上司を信頼できますか」という項目を追加し、部下の評価を管理職本人にフィードバックする仕組みも入れた。「属人性や精神論から脱し、具体的なスキルを可視化したことで、管理職になった人も何を身につければ役割を果たせるか、イメージしやすくなったと思います」

それでもマネジメントのレベルには、まだ個人差があるという。「変化を前向きに受け止め、足りない部分を補おうと努める人がいる一方、うまく成長に結びつけられない人もいる。今後も全体的な底上げが必要です」

管理職は「人生の一大事」から「通過点」に

ジョブ型と公募の導入によって、社員は自分の意思で部署やグレードを上下左右に移れる「ジャングルジム型」のキャリアビルドが可能になった。この仕組みを生かすには、社員自身に個人として実現したいことは何か、そのためにはどのレベルの職責を担うべきかを決めてもらう必要がある。

このため、全社員にキャリアオーナーシップ研修を繰り返し実施し、必要なスキルを磨くための教育コンテンツも充実させた。すき間時間で学べる15分の動画などを用意し、業務時間中も自己裁量で受講できるようにしている。

田中氏と協働し、オーナーシップの度合いを診断するツールも開発した。キャリア自律の意識が高いと診断された人は、現状維持の傾向が強い人に比べて職場へのエンゲージメントが高いとの調査結果も出たという。「キャリアを考えることは、遠心力ではなく求心力を高めるということが証明され、取り組みは間違っていないと思いました」

年功的な人事制度では、社員の「キャリア」は実質的に「今の職場でどれだけ速く、どれだけ上に昇れるか」を意味し、管理職への昇進は、そのスタートラインに立てるかどうかを決める一大イベントだった。しかし社員が多様なキャリアを描けるようになれば、昇進の意味も変わると、平松氏は考える。「社員が長い時間軸で『社会へのインパクト』をゴールに据え、そのために今何をすべきかを判断するようになったとき、管理職への昇進はパーパスを達成するための『通過点』にすぎなくなるでしょう。そのほうが意欲もパフォーマンスも高まると、私たちは考えています」

「成長したい」が昇進の原動力上司の後押しも力に

富士通でポスティング制度を利用して管理職になった若手社員は、なぜ昇進を希望し、管理職としての自分の役割をどのように考えているのだろうか。社員2人に話を聞いた。

インタービューした社員、宗安さんと北原さんの顔写真Photo=富士通提供

2016年入社の宗安智さんは2024年4月、2015年入社の北原靖欣さんは2023年4月に、所属していた部署の管理職に昇進した。公募に挑戦した動機はいずれも「成長したい」という思いだ。

宗安さんは、最初に周囲に挑戦を勧められたとき「責任が重すぎて無理」と、二の足を踏んだ。だが次第に、視座を高めて自分の考えをアップデートしたいという思いが強まった。一般社員のうちは、顧客との交渉において上司らの承認が必要で、物事がなかなか進まないもどかしさも感じていた。「管理職になれば、責任を持つ半面、スピーディーに自分の思いを実現できるようになるし、社内外で相対する人のレイヤーも上がり、視座の異なる意見を得られると考えました」

北原さんは2022年、複数の部門にまたがるプロジェクトの管理者になったことが転機になった。「他部門の幹部とやり取りしたり、新しいビジネスを考えたりしたことで、より大きな社会課題に関わる仕事をしたいと思うようになったのです」

上司の言葉が後押しになった点も共通する。宗安さんの上司は「君ほど責任感の強い人はいない。成長のためにも手を挙げたほうがいい」と励ましてくれた。北原さんも「上司が具体的な仕事内容などを共有してくれていたので、管理職の業務をポジティブな形でイメージしやすくなった」と振り返る。

宗安さんは現在、電力業界のDXを進める部署で20代の部下3人をまとめながら、プレイングマネジャーとして現場の業務もこなしている。管理職になってから、職場の将来の方向性といった大きなテーマにも思いを馳せるようになった。「社内報などに目を通し、経営陣の考えを知ろうと努めるようにもなりました。細かいマネジメント業務は不得手な部分も多いですが、慣れなければと思っています」

北原さんはUvance商品の提供に関わる職場で、3人の部下を束ねる。昇進前からプロジェクトリーダーとして協力会社をまとめるといった経験があり、マネジャーとしての自分を「部下の話を聞いてエンゲージメントを高めるよう、寄り添うタイプ」と分析した。
「年上の部下もいますが、管理職と一般社員は上下の関係ではなく、互いに異なる役割を担う立場なのだという心構えで接しています」

また北原さんは公募についても、「年齢にかかわらず、さまざまな仕事に挑戦しやすくなった」と評価している。「年功序列の制度では、人材が別の組織へ移りづらい。『次はあのポジションを目指そう』と思える制度ができたことで、社員も目指すキャリアを発信し、行動するようになったと思います」

Text=有馬知子 Photo=刑部友康

平松浩樹氏

富士通
取締役執行役員
SEVP CHRO