Works 185号 特集 ニッポンの“課長”の処方箋

[対談]岡本純子氏×篠田真貴子氏 コミュニケーションは共創するもの 管理職だけが学んでも意味がない

2024年09月19日

職場の多様化や不確実性の増大を背景に社内コミュニケーションのあり方が変わり、管理職のコミュニケーションスキル向上の重要性が指摘されている。『世界最高の話し方』著者の岡本純子氏、『LISTEN』監訳者の篠田真貴子氏の対話から、真に必要なスキルとその伸ばし方を導き出す。


日本の組織は血行不良?
総「コミュ障」時代の管理職とは

篠田真貴子氏(以下、篠田):多くの経営者からコミュニケーションに関する悩みを伺います。1on1を導入したが、思ったような成果が上がらない。「聴く」ことの重要性を頭では理解していても、方向性が正しいのかわからず不安を抱えているというものです。中途採用が増え、雇用形態や勤務形態も多様化しています。皆が同じ新卒一括採用の時代に育ってきた管理職は、これまで慣れ親しんできたコミュニケーションが通用せず、戸惑っているようにお見受けしています。

岡本純子氏(以下、岡本):いまや、多くの日本企業が組織的な血行不良状態にあると感じます。コミュニケーションは、いわば組織を巡る血液ですが、上から下まで総じて「コミュ障」状態で、あらゆる階層で情報という血液が循環していません。

篠田:ある経営幹部の方から伺いましたが、本社からの通達をチームに共有する際、中間管理職が書面をただそのまま一字一句読み上げてしまう。本来、チームの状況に合わせて趣旨を伝えてほしいのに、機械的なコミュニケーションになりがちなんだそうです。

岡本:日本の経営者は、コミュニケーションに対する意識が総じて低いと感じます。コミュニケーションには「伝える・伝わる・つながる」の3段階があります。「伝える」はスタート地点にすぎず、相手に届いて初めて「伝わる」し、「つながる」ことでコミュニケーションが成立する。ところが自分の言いたいことだけ言って、仕事したつもりになっている人が多い。

もともとハイコンテクストな文化で「阿吽の呼吸」が良しとされ、従来の縦社会では、上司が言わなくても部下が忖度して動いてくれました。さらに製造業では、製品や図面を見せれば済んでいた。その結果、見えないものを言語化することが苦手になり、四字熟語の揮毫かのような抽象論に終始して、伝えたつもりになっています。

篠田:極端にいえば、人間も機械のように24時間働き、言った通りに動くことを暗黙の理想としてきた過去の蓄積が表れている気がします。人間の挙動に理解が及んでいないというのか……。

岡本:「仕事は見て覚えろ」という職人的文化も根強い。それも大切ですが、言語化スキルを磨く必要があります。

篠田:確かに今の管理職は、上司の背中を見て学んできた成功体験があります。さらに自分自身、話を聴いてもらうこともないまま「部下の話を聞きましょう」と言われたところでピンとこない。この連鎖をほどくことが第一歩ではないでしょうか。

岡本:「発信力を高めたい」と言ってスピーチやプレゼンを学ぼうとする経営者は増えていますが、「聴く力」に着目している経営者はわずかです。そのため、中間管理職も聴くことや聴く力を高めることに意識が向きにくいのかもしれません。

篠田:多くの企業が現在、均質性を競争優位としてきた従来のモデルから、多様性から生まれるアイデアや変化を価値の源泉とするモデルへと変革を迫られています。これに伴い、必要とされる組織のありようも、コミュニケーションスタイルも根底から変わりつつありますが、それに気づいている経営者はまだ少数ではないでしょうか。多様性を力に換えるには、自分を理解し、相手を理解したうえでお互いの違いを理解することが必要であり、それは「聴く」ことなしに成立し得ません。

部下の話を「聴く」ことに心理的抵抗感が生まれる理由

岡本:コミュニケーションには3つのEが必要です。1つ目が共感(Empathy)。共感力を持ち、相手が必要としていることを想像してメッセージを発信しなければ届きません。 2つ目は感情(Emotion)。人が動くのはロジックではなく感情です。3つ目は力(Energy)。トランプ前大統領が支持されるのは、人の心を揺さぶる力があるからです。紙に書かれた原稿を読み上げて、さあ全力でやりましょうと言っても人は動きません。「混迷する日本経済」「イノベーションの時代」などと抽象的な言葉を並べたところで相手には届かない。それより経営者自身の体験を話すほうが、思いや感情が伝わることもあります。

篠田:そもそも感情を伝える重要性が認知されていませんよね。それどころか職場で感情を出すものではないという雰囲気さえある。

岡本:男性の方に話を聞くと、感情を表出させることに抵抗感を覚える方はとても多いんですよね。「男らしさ」「弱さを見せてはいけない」という縛りのなかで、今、リーダーシップに必要とされる「Vulnerability」(脆弱性)を出すことにためらいを覚えている。でも本来、共感こそコミュニケーションの根本であり、自分の弱さや心境の部分を露出し、お互いの感情に寄り添うことで関係を深める側面がある。そこを省いて言葉だけで伝えるのは難しい。

篠田:これまで「聴く」ことの重要性が顧みられなかった背景には、職場で感情を吐露するものではないという文化もあるのかもしれません。

岡本:ある会社で「聴く」研修の参加者を募ったら、手を挙げたのは全員女性だったそうです。性差というより「上意下達」の序列的な社会構造によるところも大きいのですが、男性主流の日本企業では「聴く」イコール「負け」になる。自分の話す時間が長いほど、競争社会における優位性の誇示につながると考えられたのでしょう。

篠田:自分の幼少時代を振り返っても、大人から「話を聞きなさい」と言われるときは、ただ聞くだけでなく、指示に従うことを期待されていたように思います。「聴く」イコール「従う」なのだと暗黙のうちに刷り込まれてきた。今部下の話を聴くとき、この刷り込みが無意識での抵抗感につながるのではないでしょうか。部下に悩みを打ち明けられたら解決しなければならない。要望には適切に対処しなければ信頼されない。そんな恐怖がどこかにある。でも必要なのは、従うことではなく受け取ることです。
1on1の目的は本来、相手を動かすことではなく、「聴く」を通じた受容や自身の気づきの促進です。グーグルのプロジェクト・アリストテレスという社内研究で、パフォーマンスの高いチームのコミュニケーションを観察したところ、2つの特徴が見られたそうです。1つは、各人の話す量が均等であること。5人いれば自分が話すのは2割で、残りは他者の話を聴く。2つ目は非言語コミュニケーション力で、表情や雰囲気などを感知している。その結果、心理的安全性が担保され、パフォーマンスや創造性が高まるそうです。これを念頭におくと、1on1の時間が業務連絡の延長になることを防げるかもしれません。

コミュニケーションは組み合わせ手持ちのカードを増やすには

篠田:コミュニケーションの問題は、管理職に帰責されがちです。でも、役職関係なく、コミュニケーションを共にする方々が一斉に学び、同じ土台に立つことが望ましいと思います。コミュニケーションは双方で作るもので、どちらか片方が訓練すればいいものではないですよね。自分だけ英語が上達したところで、相手が話せなければ意味がないのと同じです。

岡本:そう思います。コミュニケーションのシャンパンタワー効果と呼んでいますが、液体が上から下に流れるように、上司が対話の姿勢を持たなければ、部下はそれを真似て伝播していく。逆もまた然りです。

篠田:「聴く」技術を学ぶことも大切ですが、その入り口として、まず自身が「聴いてもらう」時間が増えるといいと考えています。ただ上司・部下間で「聴く」ことは、想像以上に難しい。「聴く」専門家である心理カウンセラーやコーチも、自分の家族や部下にサービスを提供することはありません。関係性が近いほど、フラットに聴くことができないからです。その場合、利害関係の薄い社外研修の場を活用することも一案です。

岡本:「話すのは苦手だが、聞くのは得意」という人がいます。見ると黙って無表情に聞いているだけだったりする。
「聞く」ときに2つ意識してみてほしいのですが、1つはトランポリンのような聞き方をすること。ただ聞くだけではなく、頷く、相槌を打つ、笑うなど、相手の言葉に反応することで、話が弾み、コミュニケーションが活性化します。もう1つは質問することです。「どこ」「どれ」「どうして」など、「ど」から始まる質問が有効です。コミュニケーションは一方通行ではなく共創するものです。聴く力を高めることが発信力にもつながり、結果として人生が変わります。

篠田:「聴く」とは、ひたすら傾聴することだと思うと苦しくなります。コミュニケーションの総量を100とすれば、現状は話す99対聞く1という割合を90対10にするだけで「聴く」が10倍になる。コミュニケーションはいろいろなやり方の組み合わせなので、それがトランプのカードだとしたら、その1枚に「聴く」を増やせると、適切なときにぱっと出せるからいいよね、という話なんだと思います。

岡本:日本では、コミュニケーション力は生得のものとされ、方法論を学ぶという意識が希薄です。学校教育で読み書きは習っても、話し方、聞き方、対話の仕方を学ぶ機会はありません。
アメリカでは、幼稚園からプレゼンを学びますし、大人になっても仕事帰りにセミナーやワークショップを手軽に受講できます。コミュニケーションにはルールがあり、きちんと学べば誰でも必ず上達します。不得意と感じている人ほど伸び代があります。
「聴く」から始まって、「伝える」が「伝わる」「つながる」になっていく。コミュニケーションは循環していくものなのです。

Text= 渡辺裕子 Photo= 今村拓馬

篠田真貴子氏

エール
取締役

社外人材によるオンライン1on1を通じて、企業の組織改革を支援している。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレ、ほぼ日取締役CFOを経て現職。慶應義塾大学経済学部卒業、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。『LISTEN―― 知性豊かで創造力がある人になれる』(日経BP)監訳。

岡本純子氏

コミュニケーション戦略研究家
グローコム代表取締役社長

経営者、官僚・政治家などトップエリートを対象としたプライベートコーチングで「伝説の家庭教師」と呼ばれる。早稲田大学政経学部卒業、英ケンブリッジ大学国際関係学修士。米MIT 比較メディア学元客員研究員。「世界最高の話し方の学校」主宰。