Works 185号 特集 ニッポンの“課長”の処方箋
管理職の多様性を高めるためには、スキルベースの分業を
グローバル企業で注目されるスキルベース組織。これは日本でも浸透するのか、そのとき管理職の役割は変わるのか。EY Japanの人事組織コンサルティングサービス事業責任者を務める鵜澤慎一郎氏に聞く。
管理職の役割については、さまざまなマネジメント理論で語られていますが、集約すると、人の管理と仕事の管理という2軸に整理できるでしょう。人と仕事をマネージするのが管理職の本質的な役割であり、これは現在も変わらないと思います。
ただ、近年の大きな変化は、デジタルへの対処能力が必要になっていることです。いまや多くの企業で、目の前にいない部下を管理することが日常的になっています。リモートでの働き方が広がり、対面でのコミュニケーションが減っているうえ、グローバル企業では、地域をまたいで海外にいる部下をマネジメントするケースも増えてきました。また、ChatGPTやCopilotの登場で、AIを部下として使う時代になりつつある。これからはデジタルの使い方次第で生産性が大きく変わってきます。現代の管理職には、デジタルコミュニケーションをつかさどる力とDXを推進する力が必須になっているのです。
しかし、今の日本企業では、そのような教育はほとんど行われていないように思います。管理職に対する研修が少なく、あったとしても伝統的な人と仕事の管理の仕方を教えている程度で、結局、それぞれが自己流で経験を積んでいることが少なくありません。同じ管理職経験を持つ人でも、採用のインタビューで詳しく話を聞いてみると、プロジェクトを率いて変革を起こした人と、課長という役割を果たしていただけの人とでは、スキルの差が大きいことを実感します。
そう考えると、管理職になりたくない若手が増えているのも、一定の合理性があるように思います。リモートの普及やクロスボーダーの増加で、ピープルマネジメントの難度は格段に高まった。タスクマネジメントについても、どちらかというと社内の調整スキルで乗り切ることが多く、汎用的なプロジェクトマネジメントスキルを身につける機会が少ない。負担が増えても、市場価値は高まらず、かつ残業代が減ってトータル年収もさほど変わらないなら、管理職を目指さない選択をするのも理解できます。
スキルをマッチングしてジョブを遂行する
管理職のなり手が少ないのは、決して日本に限った話ではありません。アメリカでは最初にジョブを定義し、求められるスキルや経験などをジョブディスクリプションに細かく提示して採用しますが、何カ月もポジションが埋まらないことも珍しくありません。仕事の難度が上がっているうえに、深刻な人手不足が重なり、なかなか適任者が見つからないのです。
スキルベース組織が注目されるようになったのは、このためです。ジョブを定義しても、それを遂行するスキルを兼ね備えた人材を確保できないというギャップがあらゆる業務に広がり、ジョブ型の限界がささやかれるようになりました。そこで、1人に任せるのが難しいなら分業しようという発想が生まれてきた。仕事をモジュール化し、複数の人のスキルをうまく組み合わせてジョブを遂行しようというのが、スキルベースの考え方です。
このような説明をすると、「昔ながらの職能制度と同じようなもの」と誤解されることがしばしばあります。ジョブ(職務)ではなくスキル(職能)を起点にするという意味では共通点もありますが、日本でいう職能はスキルというよりポテンシャルに近い気がします。ポテンシャルの高い人を選べば、OJTを通じて必要なスキルは身につくだろうという期待が前提にある。たとえば、後任の役職者をどう選ぶのかという話をすると、「能力のある人なら何でもできるから」と答える会社もいまだにあります。
人事部が持っている情報も、学歴や過去の人事評価、語学力や保有資格にとどまり、具体的な職務経験やスキルレベルまで把握できていません。現場の上司に書いてもらうのも現実的には難しく、個人のスキルや経験を導出できないところが、多くの日本企業が抱える課題でしょう。
実際にスキルベースのジョブマッチングを運用する際には、その前提となるスキルの定義や分類を自前で行うのは複雑すぎるので、外部のソリューションを活用するのが有効です。しかしそれ以前に、どのようなスキルや経験を導出すべきかわからないという企業も多く、私は「試しにプロジェクトベースで仕事をアサインしてみたらどうですか」と提案しています。そうすると、「クロスボーダー案件で海外との交渉経験がある人」「5人くらいのチームのリーダー経験がある人」など、現場の状況に詳しいプロジェクトマネジャーが求めるスキルの要件を挙げてくるはずです。
スキルだけで判断すればフェアな評価につながる
業務の複雑化や人手不足の流れが、今後も続くだろうと考えると、日本企業も、スキルベース組織に向かう可能性は高いのではないかと思います。これだけ業務が高度化・複雑化してくると、ポテンシャルでどうにかなるものではなく、やはり経験に裏打ちされたスキルや専門性が必要です。
採用の場面でも、大学名や出身企業名・規模などの肩書きは関係なく、その人がどのような経験を通じて、どういうスキルを身につけてきたのか、バックグラウンドを丁寧に確認していくことになるでしょう。
また、純粋にスキルだけを見るということは、公正な評価につながります。学歴や職歴などの過去を変えることはできませんが、学び直してスキルを磨けば、誰もが市場価値を高めることができる。スキルだけで判断すれば、年齢や性別など属性にかかわらず、多様な人たちが活躍するようになります。
管理職のなり手が少なくても、スキルベースで分業すれば、自ら先陣を切って動けるタスクマネジメントが得意な人と、きめ細かいピープルマネジメントが得意な人とが補い合って、役割を果たすことができるでしょう。そうなれば、若手やワーキングマザーなど、これまでは管理職を担う機会が少なかった人たちが登用されるチャンスも広がっていくはずです。
Text= 瀬戸友子 Photo=EY Japan提供
鵜澤慎一郎氏
EY Asia-Pacific 兼 EY Japan
ピープル・コンサルティングリーダー パートナー
京都大学経営管理大学院特命教授、ビジネス・ブレークスルー大学大学院客員教授。大規模・複雑・グローバルな組織人事変革を数多く経験。2017年4月より現職。