Works 185号 特集 ニッポンの“課長”の処方箋

新時代リーダーインタビュー ピアニスト反田恭平「上に立つより前に進むリーダーでありたい」

2024年09月19日

ショパン国際ピアノコンクールで2位に入賞した日本を代表するピアニスト、反田恭平氏は2021年に設立した株式会社「Japan National Orchestra(JNO)」代表取締役社長という顔も持つ。音楽家の生活を支え、演奏に集中できる環境を提供する狙いや、目指すリーダー像を語ってもらった。


僕はかなり前から「日本のクラシック業界、このままじゃ将来が危うい」という危機感を持っていました。海外の著名なオーケストラが毎年多数来日した時代は終わり、日本はほかのアジア諸国と比べて、公演先としての魅力が低下しています。円安のため出演料の割高感が強まって、スポンサーもつきづらくなり、文化事業に割かれる政府予算も十分ではありません。このためチケット代も上がり、よりクラシック離れにもつながっています。こうした音楽業界の現状を、悔しく思っていました。

そこに追い打ちをかけたのがコロナ禍です。公演中止が相次ぎ、演奏家は活動の機会を奪われました。僕はまず演奏できる場を作ろうと、緊急事態宣言が出される前に、音楽家の仲間に声をかけてコンサートの動画配信を始めました。チケット購入サイトを運営する「イープラス」の会長に直接会って協力を求め、演奏の際も海外のガイドラインを参照して、慎重に感染対策を講じました。

僕自身はこの取り組みが成功すれば業界に良い効果をもたらすと確信していたのですが、「ウイルスを拡散しかねない」などと、多くの批判を浴びてしまいました。後輩の音楽家までもがSNSにネガティブな投稿をするのを見て、「ウイルスより人間のほうが恐ろしい」と感じたものです。

演奏家は人柄重視
理想は「ワンピース」

それでも、生活が不安定になって苦しむ演奏家を、放っておけなかった。小さい頃から電車で立っている高齢者など困っている人を見過ごせない、世話好きの性分も少なからず影響したと思います。演奏家が生活の心配をせず、活動に集中できる基盤を作りたいと、2021年にDMG森精機の出資を得て、オーケストラとして日本初の株式会社であるJNOを設立したのです。

JNOは会社を奈良に登記し、メンバーは社員として守られています。寮や食事、演奏活動にかかる渡航費などコストの一部などを提供していますが、個々人はソリストとして活動していたり、国内外のオーケストラのトップ奏者であったりという顔を持ち、僕をはじめ海外を拠点にしているメンバーも多く、非常に忙しくしています。また、奈良には将来的には学びの場である「アカデミー」も設立したいと考えています。

オーケストラのメンバーを選ぶ際は、技術もさることながら人間性、協調性をより重視しています。企業でもオーケストラでも、仕事中にいさかいが起きるのはマイナスだし、仲間とあつれきが生じてストレスを抱えていたら、思うような結果が出ないことも同じ。リハーサルも本番も、その後の打ち上げも笑顔で過ごせる、漫画「ワンピース」のルフィと仲間たちのようなチームを目指しています。

メンバーはみな高い技術を持つプロですから、干渉しすぎずほどよい「ゆるさ」でつながることも大事です。僕は仲間を誘ってご馳走したり家に招いたりするのが好きですし、会食や移動中に、後輩などからキャリアについて相談を受けることもよくあります。それでも向こうから来ない限りは、踏み込みすぎないようにしています。一方で挨拶やちょっとした声かけは意識的にしています。

会社の代表としてもオーケストラを率いる立場としても、上に立つより前に進むリーダーでありたい。特にオーケストラは素晴らしいアーティストが揃っているだけに、メンバーと肩を並べるのではなく、一歩先を行く良い演奏をして、この指揮者・演奏者についていきたい、と思ってもらえるようになりたい。そこは音楽家としてのモチベーションにもつながっています。

僕はピカソの「優れた芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む」という言葉が好きで、「優秀」のレベルから先へ進むには、教わらないものを言動のなかから「盗む」ことが大事だと考えています。僕もさまざまな業種の人たちと出会って、いろんなものを盗んできたし、メンバーも僕から盗めるものがあればどんどん盗んでほしいと思います。

185toku_7_japan-national-orchestra奈良を拠点に、音楽家自らが活躍の場を創出するために設立されたジャパン・ナショナル・オーケストラ。現在、反田氏のほか、23名のソリストが在籍する。
Photo= Yuji Ueno

演奏を極めれば教える引き出しも増す

モーツァルトやベートーヴェンの時代から、音楽家はパトロンを得て自ら作曲も演奏も指揮もこなし、音楽を教えもしていました。僕も彼らのような総合的な音楽家を目指しつつ、主軸はあくまで演奏活動に置いています。演奏家として結果や経験を積み上げることでこそJNOにも優秀な演奏家が集まり、僕の教え方の引き出しも増えると思うのです。コンサートのオファーをつかむため、常に必死の努力を続けるソリストのハングリー精神を忘れてはいけないと、肝に銘じています。

僕自身は本来組織を束ねたり管理したりするより、しがらみなく自由に好きなことをやりたい人間です。ただ、今の状況を黙って見ているわけにはいかないのです。正直にいえば、音楽家支援に取り組むのがなぜ1人の演奏家にすぎない自分なのか、音楽業界が苦境に陥っているというのにどうしてほかの人や組織は何もしないのか、という気持ちはあります。僕1人には変えることなどできない、円安のような大きな経済社会の流れもあります。できれば演奏家の先輩たちやより多くの音楽関係者、そして政府や経済界にも、クラシック業界の問題に目を向けてほしいと思っています。

Text=有馬知子 Photo= 伊藤 圭(反田氏プロフィール)

反田恭平氏

ピアニスト、指揮者
ジャパン・ナショナル・オーケストラ
代表取締役社長

2012年、高校在学中に日本音楽コンクールで第1位に。2014年、チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院本学科に首席で入学、2017年よりポーランドのフレデリック・ショパン国立音楽大学に在籍し2021年に修了。2016年サントリーホールでデビューリサイタル。2018年、マネジメント会社NEXUSを設立。2021年、第18回ショパン国際ピアノコンクールで日本では半世紀ぶりの最高位第2位を受賞。同年、ジャパン・ナショナル・オーケストラを設立し、代表取締役社長に就任。