Works 188号 特集 インドの人材力

インド出身校長が見る日本の教育の課題 多文化共生時代に向けた抜本的な改革を

2025年03月21日

世界で活躍する人材を育てるインドの教育。その強みはどこにあるのか。日本の教育はどう変わるべきなのか。インド出身で日本に帰化し、グローバルIT企業、銀行勤務や政治家を経て、2023年から茨城県の公立中高一貫校で民間人校長を務めるプラニク・ヨゲンドラ氏に聞く。


私は現在、茨城県内トップクラスの進学校である県立土浦第一高等学校・附属中学校で校長をしています。インド・ムンバイ郊外の農村で生まれた私が日本で校長職に就いた経緯からお話しします。

私は幼稚園でヒンディー語と英語、数学を学び、国立の小中高一貫校で基礎教育を受けました。大学では数学と物理学を専攻する傍ら、ITと日本語を学んだのですが、日本語の魅力にハマり、1997年国費留学生として初来日。その後インドと日本を行き来しながら、日系メーカーやグローバルIT企業、日本のメガバンクなどで働き、東日本大震災を機に日本に帰化しました。2019年から2年間は、東京都江戸川区議として、インド人コミュニティと地域との橋渡しに奔走しました。

私が日本の教育に関心を持ったのは、息子の経験がきっかけです。その公立中学では授業の中身が薄く、教科書の半分も終わらないまま次の学年に上がっていました。受験を考える生徒は塾に行くしかない状況に唖然としました。さらに、息子は教員から日本語がうまくないという理由でいじめを受け、中2でイギリスに行く決断をしたのです。

議員として学校現場を視察するなかで、日本の教育への疑問は一層膨らみました。このままでは世界で伍していける人材は育たないし、多文化共生も進まない。そう危惧していた矢先に、茨城県が民間人校長を公募していることを知りました。自分なりに貢献したいと考えて応募し、今は一歩一歩、改革を進めているところです。

多言語教育と早期専門教育をベースに 課外授業やスキル教育に力点

インドと日本の教育の大きな違いは2点あると思います。1つ目は幼少期からの多言語教育です。インドでは、ローカルで使われる言語とインド全土の公用語であるヒンディー語と英語の最低でも3つを学びます。言語の背景にある異なる文化・考え方に触れることで、思考力が鍛えられますし多様性の理解も深まります。インド人の自己肯定感が高いのは、多言語の環境で育つために誰とでも臆することなくコミュニケーションできるからだと思います。

2つ目はカリキュラムの進度の速さです。特に理系科目は早期に基礎を固めるので、中学からは実験に多くの時間が割けます。専門分野を決めるのも中学卒業時(日本の高1に相当)と早く、そこからは科目を3~4つに絞り込んで深く学ぶので、スペシャリストが育ちます。

日本の教育にも協調性を育むなど優れた面があります。土浦一高に赴任した際は、生徒がよく勉強し、部活動や学校行事にも熱心に取り組んでいることに感心しました。一方、将来のリーダー育成という点では、改善の余地があると感じました。

私は、グローバル競争の激化や労働力不足、外国人の増加という今の時代状況に合わせて、日本全体で教育カリキュラムを見直す必要があると考えています。従来のように場当たり的に「あれもこれも」と足していく発想ではダメです。エンドゴールを定め、逆算して不要なものは思い切って削り、必要なプログラムを加えるべきです。

インドは2020年に35年ぶりに学習指導要領を見直しました。従来のカリキュラムを大幅に削る代わりに、クリティカルシンキングや経験学習を手厚くし、スキル教育に力を入れるとしています。高校では文理分けを廃止し、自分の適性に合わせ3言語と3科目を選んで学べる仕組みにしました。

日本は人手ではなくスキル不足 グローバルに活躍する準備教育を

日本では人手不足が深刻だといわれますが、私に言わせれば日本は「スキル不足」です。微分積分を全員が学ぶのをやめて、もっと職場で使える会計知識やコミュニケーションを学べるようにできないでしょうか。

グローバルに活躍するための準備教育として、土浦一高ではリーダーシップやセルフマネジメントについて学ぶ課外授業を始めました。自己肯定感を高めるには、自分にどんな適性があり、何を学び何ができるようになったのかという「自己理解」が欠かせません。そのやり方も学べるようにします。そのほか、探求や課題分析の手法、英語での効果的なライティング・スピーキングなどのプログラム開発を進めています。

日本では今後、増加する外国人との共生も大きな課題です。私は、学費が高いインターナショナルスクールや私立ではなく、公立で国際学校を作るべきだと考えます。日本人と外国人が半数ずつの多言語環境で、実践的なカリキュラムに沿ってともに学ぶのです。そんなの無理という人もいるでしょう。でも私はあらゆる観点で、日本は今こそ学校の「当たり前」を見直すべきだと思います。

Text=石臥薫子 Photo=ヨゲンドラ氏提供

プラニク・ヨゲンドラ氏

茨城県立土浦第一高等学校・附属中学校 校長

インド・マハーラーシュトラ州出身。同国プネ大学(物理学・経済・日本語)卒業、同大学院修士(国際経済・労働経済)。1997年来日、2012年日本に帰化。グローバルIT企業日本支社長、みずほ銀行国際事務部調査役、楽天銀行企画本部副本部長、東京・江戸川区議を経て、2023年から現職。全日本インド人協会会長。