Works 188号 特集 インドの人材力

高まるインド高度人材へのニーズ 国内外での“グローバル経験”の豊富さが強み

2025年02月27日

ランスタッドはオランダを本社とし、39カ国に事業を展開する売り上げ世界最大の人材サービス会社だ。そのインド法人の創設は30年前に遡る。インドでの専門人材の確保に努めてきた同社でMD兼CEOを務めるビシュワナート・ピーエス氏に近年のインドの人材市場について聞く。


インドでは従来、IT業界のエンジニア人材、銀行や小売りなどのセールス人材のニーズが高かったが、近年は半導体や自動車を中心に製造業の人材の動きが活発化するなど、変化が顕著だとピーエス氏は話す。

「背景には、2014年以降、製造業への投資、スキル開発、イノベーションなどを加速させる国家プログラム『メイク・イン・インディア』の推進があります。また国際情勢を反映し、グローバル企業が中国からインドに製造拠点を移している、あるいは第2拠点としてインドを拡充する企業が増えていることも影響しているでしょう」

インドは平均年齢が29~30歳と若い労働力が豊富で、需要に対する供給も十分だ。

高度人材はどうか。「近年は、国内外の企業のグローバル・ケイパビリティ・センター(GCC)でのニーズが高まっています」

GCCとは、インドで2000年頃から発展したシェアード・サービス・センターが源流にある。HRや経理など企業のオペレーションを担ってきたが、より戦略的なものとして企業の専門機能をより効果的に、効率的に回す価値を提供するようになった。進化とともに名称もナレッジ・プロセス・アウトソーシング(KPO)、GCCと変化してきた。

「財務、HR、法務、エンジニアリング、ビジネスアナリシス、研究開発など高度な専門人材に期待し、GCCをインドに置く流れがあります」

こうした変化を背景に、ランスタッド・インドはこの1年、事業の変革を進めている。現在、オペレーショナルタレント、プロフェッショナルタレント、デジタルタレント、エンタープライズタレントの4領域に関する人材の事業を強化しているという。

インドのプラットフォーム風景若年の高度人材が多く輩出されるインド。少子高齢化が進む先進国にとっては魅力的だ。
Photo=EPA=時事

オペレーション人材の供給から 機能の再設計ができる人材の供給へ

高度人材が育つ背景として、ピーエス氏はインドの質の高い教育システムを挙げる。「テクノロジーの分野に関していえば、国立工科大学(NIT)、インド工科大学(IIT)をはじめとして、各州に毎年大勢のソフトウエアエンジニア、メカニカルエンジニアの能力を備えた人材を輩出する大学や専門学校が多く存在します」

かつてはインド国内の大学卒業後、渡米して修士やPh.D.を取得し、そのままアメリカで就職するエンジニアも目立ったが、その流れは今変わってきている。現在は国内に多くの機会があるため国内の大学院に進み、インドで活躍したいという人材も増えているという。

財務やHR、法務、マーケティングなどの専門職種も、大学卒業後に専門的な知識を獲得できる専門教育機関や、会計資格、MBAなどを取得できる大学院が存在する。

新卒ですぐに職務を遂行できない人材に対して、手厚いトレーニングを実施するインドの国内企業も少なくない。インドの人材市場は今、オペレーション人材から、専門知識や経験をもとに既存の機能やプロセスの再設計ができる人材の供給地へと脱皮している。かつてのインド人材の強みは能力の割に「安い」というコストメリットだったが、現在は、提供できる付加価値を判断基準として評価され、採用されているという。

増える経営人材ニーズ 求められるグローバルマインドセット

経営人材としてのニーズも確実に高まっている。「求められているのは、特定分野の高度な専門性に加え、リーダーシップ、多文化への適応能力、戦略思考、複雑な市場環境への深い理解、プロセスの包括的な管理、優れた実行力です」

その背景にあるのは、今でもまだ存在するコストメリットに加え、英語力や多言語多文化のなかで鍛えられた適応力だ。それが複雑な市場に対しての深い理解力につながり、その数が圧倒的な人口がゆえに豊富だということだ。

加えて非常に大きなポイントは、「国境を越えて仕事をし、成果を出すことに果敢に挑めるグローバルマインドセットが備わっている人材が多いこと」(ピーエス氏)だ。シェアード・サービス・センターやGCCの流れと相まって、約30年前からインドはビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)のパイオニア的な位置を維持してきた。「欧米企業のオフショアとしての役割を担った後、IT革命によって欧米企業のアウトソーシング拠点が増えたため、グローバル企業で仕事を経験するインド人も増加し、そこで徹底的に鍛えられたのです」

また、「インド人は海外で働くことを躊躇しない」(ピーエス氏)という。アメリカやヨーロッパだけでなく、APACでの経験を持つ人材も近年増えている。インド国内のみに身を置いていても、東南アジアやヨーロッパとの時差が比較的少なく、グローバルなネットワークを活用できるのもメリットだ。

こうしてグローバル企業で活躍できる人材が育ち、ITはもちろん製造業やリテールなどさまざまな業種において経営トップ、COO、戦略リードなどの経営ポジションでインド人が目立つようになったのだ。

仕事や働く場の意味を問う Z世代のリテンションが課題

課題の1つは、「伝統的なインド企業のヒエラルキーの階層が多い構造」(ピーエス氏)だ。少しずつ昇進させてモチベーションを維持しようとしているが、Z世代など若手人材にとってインドの人材市場はチャンスが多いだけに、意思決定できるポジションまで時間がかかるとなれば転職をためらうことはない。

同時に若手人材は仕事内容だけでなく、「その仕事は自分にとって意味があるのか」「その仕事を楽しんでいるのか」「上司は私の仕事を評価してくれているか」などを常に自問自答している。そこにいる意味が見出せなければ、リーダーとなっていくプロセスで辞めてしまうことも少なくない。

「ただ今では、IT企業を中心に組織をフラット化して実力のある人材をどんどん昇進させるほか、早い段階で専門人材としての道を歩むのか、経営人材になっていきたいのか選択させるなど、キャリア自律を重視し、柔軟性を持たせてリテンションを図ろうとしています」

Text=入倉由理子 Photo=ランスタッド提供

ビシュワナート・ピーエス氏

ランスタッド・インド
MD 兼 CEO

複数の業界でビジネスと財務の経験を持つ。2014年、ランスタッド・インドのシェアード・サービス・センターの責任者として入社し、2016年にCFOに昇進。2021年7月より現職。