Works 188号 特集 インドの人材力
インド人材の獲得競争を生き抜くRakuten India/「主義」の浸透と成長支援で魅力伝える
ITエンジニアの獲得競争が熾烈なインド・ベンガルールにあって、楽天のインド法人Rakuten Indiaの存在感は際立っている。日本企業のグローバル事業としてインドの人材市場にどう向き合っているのか、Head of HRのアビジット・マヌール氏に聞く。
Rakuten Indiaは2016年に約100人という小規模で設立された。当初は日本のビジネスのオペレーションや小規模なプロジェクトの支援に限定されていたが、現在ではグローバルの楽天全体のプロダクト開発と技術のイノベーションセンターとして、1600人規模にまで成長した。
従業員のメインはエンジニアだ。「データサイエンティスト、データアナリスト、クラウドエンジニア、AI、製品開発など多様なタレントポートフォリオを持っています」とマヌール氏は説明する。
採用において重視するのは、「スキルと同時に楽天のグローバルなエコシステムで働きたいと考えるかどうか」だ。楽天のオフィスのいたるところに「楽天主義」が掲げられ、インドも含め海外拠点でも「主義」(SHUGI)として定着している。楽天主義は事業を通じて実現しようとする「大義名分」「品性高潔」「信念不抜」など5つの価値観を示す「ブランドコンセプト」と、それへの共感度を強め実現度を高めるための5つの「成功のコンセプト」から成る。「常に改善、常に前進」「仮説→実行→検証→仕組化」「スピード!!スピード!!スピード!!」などは、採用や能力開発、リーダーシップ開発の戦略の基盤だ。
「社員はECや旅行、フィンテックなど多岐にわたる事業に携わる可能性があるため、1つの事業への思い入れだけでなく、最新の技術を活用して社会に貢献したいという高いエネルギーと情熱を持った人を採用し、育てたいと考えているのです」
世界を結ぶことができる会議室。楽天創業以来28年間、毎週欠かさず日本時間の朝8時から実施されてきたASAKAI(朝会)は、インドでは4時間半後に配信される。
Photo=Rakuten India提供
採用や人材開発のベースは「楽天主義」へのカルチャーフィット
同社の採用はリファラルとキャンパスリクルーティング、インターンシップの3本柱だが、なかでもリファラルを重んじている。「カルチャーフィットを重視するため、社員が紹介してくれる人材は非常に高い確率で適合します」
キャンパスリクルーティングでは、カルナータカ州、特に州都ベンガルールのトップクラスの大学と多くのプロジェクトを通じて連携している。その1つが楽天主催のハッカソン「ラッカソン」で、学生たちの興味をひきつけることに寄与している。トップ大学を招待し、参加のために、夜間に6、7時間もかけて移動してくる学生もいる。「大学との連携を作る場であるのと同時に、お互いを理解する場として機能しています」
インターンシッププログラムには、インド工科大学(IIT)などトップ校の学生も多く参加する。約6カ月間、それぞれの学生のバックグラウンドやスキルに応じて適切なプロジェクトに配置し、学生にとっては初期トレーニングの重要な機会となっている。インターンシップ後、約7割が採用される。
「私たちのインターンシップの特徴は、ダミーではなく実際の仕事に取り組むことです。学生は、入社後の仕事をイメージでき、それぞれメンターのもとでチームとともに働くことで、自身が楽天のカルチャーに合うかどうかを試すことができます」
加えて、地方での特別なトレーニングプログラムも実施している。目的は「社会への恩返しとして、人々をエンパワーすること」だというが、隠れた才能の発見にもつながっている。「参加者のなかには英語を話すのが得意ではない人もいますが、英語で製品や働き方を教えるトレーニングプログラムを実施し、成長を支援します」
人材開発でもカルチャーフィットを重視する。入社後は「楽天主義」のトレーニングから始まる。18人の楽天主義認定トレーナーによる、3時間のワークショップで学ぶ。日常で楽天主義を実践するために「バディ」システムを取り、仕事だけでなく職場でのすべてをサポートしている。
同社が特に大切にしていることは、「Shugi」(楽天主義)、「Shikumika」(結果を仕事に埋め込むこと)、「Asakai」(グローバルで週1回開催される全社朝会)をあえて日本語のままグローバルの共通言語として使用し、浸透させることだ。
人事も支援を惜しまない。「私たちは自身をピープルパートナーと考えています。入社直後から毎月入社者と面談するなどうまく馴染むように努めます。Rakuten IndiaのCEOも入社者と会う時間を大切にするなど、オンボーディングは重要事項なのです」
子どものいる社員は、ベビーデイケア施設にあるモニターをウォッチしながら仕事ができる。
Photo=Rakuten India提供
成長を促す継続的な変化 継続的な学習を提供
人材の流動性が高いインドにおいて、社員をひきつけ続ける秘訣を聞いた。
1つは、学びの環境の提供だ。「私たちは常に新しい知識やスキルを学ぶ意欲を持つ人材を採用しており、だからこそその意欲を満足させる必要があります」
楽天には40を超える事業があり、領域を移るたびに新しい知識やスキルが要求される。RakutenIndiaには必要になったときにいつでも学習できる独自のプラットフォームだけでなく、本人の希望で領域や職種を超えて異動できる制度もある。18カ月ごとに全社員に自身の次のキャリアを選択するオプションを提示しているのだ。「楽天はグローバルに展開しているため、日本や他国で働くチャンスも得られます。異動は権利であり、上司が止めることはできません。毎年多くの従業員がこの異動を利用し、自身のさらなる成長に役立てています」
経営リーダーへの道も提示している。入社後5、6年で全社員に、専門家としての道を進みたいのか、経営リーダーになっていきたいのか、キャリアパスの選択肢を提示する。経営の方向に進む覚悟を持つ人に対しては、マネジャーの役割と責任、リーダーシップの考え方、戦略的思考などを学ぶ高度なトレーニングやメンタリングの機会、権限を持ってインターンやアルムナイを管理する機会などをマネジャーの一歩手前で提供する。「経営リーダーには、複雑性の高い市場での革新と、解決策を提示し異文化を超えて協業するマインドセットを常に期待しています。できるだけ早い段階からリーダーとしての経験を積むことが重要だと考えています」
成長意欲の高い人材を集め、成長を促す変化、継続的な学習を提供することが、インドにおいて楽天が成長するエンジンとなっている。
Text=入倉由理子 Photo=浜田敬子

アビジット・マヌール氏
Rakuten India
Head of HR