Works 188号 特集 インドの人材力

インドの在宅介護問題に取り組むスタートアップ。IIT卒業生人脈生かし多数採用

2025年03月07日

インドの大都市で介護者・医療従事者と利用者をつなぐマッチングプラットフォームサービスを展開し、インドの社会課題の解決に取り組むAEGIS CARE ADVISORS PRIVATE LIMITED(以下、Care24)。インド工科大学(IIT)の卒業者でもある創業者のヴィピン・パタック氏をはじめ、今、多くの同大卒業生がスタートアップを選択する理由とは。


Care24では、ムンバイ、デリーなどの大都市圏を中心に、介護者や医療従事者と利用者をつなぎ、自宅での医療や介護を可能にするマッチングプラットフォームを展開しています。利用者の多くは重症患者や認知症患者、緩和ケアを受けるがん患者など。病院からできるだけ早く自宅に戻ることを望む患者に対して、病院と同様のケアを受けられるように「病院の機能を自宅に作る」支援をしています。

具体的には、介護者、看護師、理学療法士が移動や入浴、排泄などを介助します。人工呼吸器や経管栄養など、高度な医療機器の在宅管理や、医師が往診する在宅医療も行っています。

現在、こうした包括的な在宅ケアの利用者は毎日2000人程度。ムンバイだけで約1000人が利用しています。このほか、デング熱やマラリアなどの感染症が発生している場合は、疑いのある患者の自宅に医師を派遣し、感染拡大を防ぐための病院前診断も担っています。

AIで移動の効率を上げる 在宅介護・医療版Uber

こうした在宅医療や介護のサービスは他社でも手掛けていますが、私たちの事業の違いはテクノロジーベースのプラットフォームであることです。

ムンバイのような大都市では、深刻な交通渋滞のため移動に大変時間がかかります。Care24では利用者のニーズに合わせて、一定の区域内の介護者や医師のなかから、たとえば心臓病のケア、手術後のケアなど専門的な知識や経験を持った人を、AIで最適にマッチングし派遣します。移動の効率を上げることで必要とされるサービスをスピーディに提供できる、いわば在宅介護・医療のUberのようなものです。

移動の効率化は同時に、Care24で働く常用雇用者とギグワーカー両方にとっての働きやすさにもつながっています。

働く人の60%は女性なので、彼女らが働く環境の整備にも妥協せず取り組んでいます。まず、ジェンダー格差に苦しむ女性たちが自立・自活できる仕事を提供すること。もう1つは、まだ女性にとって安全とはいえないインド社会で、彼女たちが安全に働ける環境を実現することです。女性が安心して働ける利用者だと確認したうえで、契約を進めています。

現在、注力しているのはグローバル展開です。ベトナムやケニアなどにプラットフォームと介護者・医療従事者へのトレーニングを提供しています。私たち自身が介護や医療などフロントエンドのサービスを手掛けるわけではなく、現地の医療保険制度や文化をよく知る企業とパートナー契約を結んでいます。2022年には、日本の在宅医療に特化したヒューマンライフ・マネジメントがCare24の株主となり、日本やアジア諸国などへの展開を進めています。

トレーニングの様子在宅介護や医療に必要なトレーニングも充実している。
Photo=Care24提供

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在宅ケアの利用者は毎日約2000人。女性にも安全な職場となるように配慮している。
Photo=Care24提供

核家族化が進むインド 離れて住む子どもの不安を解消したい

このビジネスの背景にあるのは、近年インドで顕在化してきた社会課題です。

かつては数世代が同居して支え合っていたインドでも核家族化が進み、働く女性も増えたため、入院先の病院から自宅に戻りたいと望んでも面倒を見てくれる人がいません。一方で子どもの立場から見ても、高齢で病気の親が離れて住んでいるのは気が気ではない。私自身、2000キロメートル離れて住む親を「元気にしているだろうか」と常に気にかけていましたが、どう支援すればいいかわからずにいました。探してもそれを解決するサービスやプラットフォームは存在しなかったし、聞けば友人も同じ問題を抱えていたのです。

私は、IITカンプール校の出身です。問題解決が大好きで、卒業後はコンサルタントの道を選びました。PwCやEYでテクノロジーコンサルタントとして、アジアを中心とするグローバルプロジェクトをリードしながら起業することを常に念頭に置いていました。タイミングやテーマを模索するなかで、介護・医療への問題意識と、共同創業者となる友人との出会いが起業のきっかけになりました。

IIT出身者の進む道として起業や スタートアップへの参加が主流に

Care24を運営する社員は現在40人ほど。カンプール校を含めIIT出身者が多くいます。

スタートアップには採用や育成の専門的スタッフが十分ではないため、リファラル採用に頼っています。結果IITの卒業生が多くなるわけですが、人脈に頼るほうが優れた適切な人材をスピーディに採用できるのも現実です。

IIT出身者はスタートアップにとって非常に優れている点がいくつかあります。まずIIT入学までに熾烈な競争にさらされ、入学後もアルバイトなどする暇もないほど勉強、勉強の過酷な日々を過ごします。それらを勝ち抜き、やり抜いた経験から、「自分はできる」という自信、未来をマネージできることへの自信が涵養されています。たとえ未知の領域や方法論が確立されていない複雑な仕事を与えたとしても、自ら道筋を立ててやり遂げる力が備わっています。

挑戦を好むという特徴もあると思います。経験のない新しいプロジェクトや新しい仕事に対しても躊躇せず、オープンマインドで臨むのです。

インドの社会、私たちを取り巻く事業環境は日々変化しています。そうした先の見えない複雑な世界で、揺るぎない自信を持ち、慣れ親しんだ仕事ややり方に固執するのではなく今日とは違うことでも果敢に挑戦していく人材こそ、スタートアップには必要です。

近年、IITの卒業生は、自ら起業したりスタートアップに参加したりする人が増えてきたように感じます。

私がIITを卒業した2006年頃は、同級生には大学院、IT企業に進む人が多く、その後にKPO(ナレッジ・プロセス・アウトソーシング、現GCC〈グローバル・ケイパビリティ・センター〉)や製造業、コンサルティング会社への就職が続きましたが、現在はそれが大きく変わってきたのです。

挑戦を好むIIT卒業生にとって、スタートアップは自分で何かを創造し、決定していく機会が豊富だと映るのでしょう。一方、大企業に就職すると、ジュニアレベルのうちには挑戦の機会は限定的で、裁量も小さい。人生で何かを成し遂げたいと考える彼ら・彼女らにとっては物足りないのです。

そして、インドや世界の社会課題を解決したいと考える人も多い。私もそうですが、問題を解決する最善の方法は、自分自身でイニシアチブを取って取り組むことだと皆、信じているのです。

Text=入倉由理子 Photo=浜田敬子

ヴィピン・パタック氏

Care24 Co-founder & CEO

2006年IITカンプール校卒業。フィンテック系企業のビジネスアナリスト、PwCのPrincipalConsultant、EY のPrincipal Consultantなどを経て、2014年ムンバイでCare24を起業。