Works 188号 特集 インドの人材力

新しい乳がん診断テクノロジーで インド発のイノベーションを

2025年03月07日

Niramai Health Analytics(以下、Niramai)は、受診する人の負荷が小さく高い精度の乳がん診断支援AI技術を開発した、インド発のベンチャー企業だ。アメリカの特許も取得し、既に世界20カ国で約25万人が受診している。そのCEOギータ・マンジュナート氏の創業ストーリーの原点には、自身の経験とインドが持つ社会課題がある。



ギータ・マンジュナート氏の写真
Niramai Health Analytics
創設者、CEO、CTO
ギータ・マンジュナート氏

私たちが開発したのは、サーモカメラで撮影した乳房の画像を独自のAIアルゴリズムで解析することにより乳がんを検知・診断するシステムです。

インドでは世界と同様に、乳がんは女性における主要な死因の1つです。一方、すべてのがんのなかで最も治療可能ながんでもあります。乳がんは、ステージ0~1で発見できれば10年生存率は90~95%を超えますが、ステージ2以降で発見されると生存率が著しく低下します。早期発見ができないために多くの人が亡くなっているのです。

早期発見ができていない理由はいくつかありますが、そのうちの1つは、定期的なX線の検査であるマンモグラフィを受けていないことです。乳房を潰して撮影するため強い痛みを伴うので、多くの女性が検診をためらうのです。

また、インドでは検診が45歳以上に限定されるため、若い女性のがんが見逃されがちです。費用やインフラの不足により、検診にアクセスできる女性が非常に少ないのも大きな課題です。

もう1つは検査技術の問題です。アジア、特に日本、シンガポール、中国、インドなどの女性たちの乳房は組織の密度が高く、マンモグラフィでは検知しづらいのです。こうした密度の高い組織の乳房を持つ人は世界平均では3割ですが、日本では40代で約7割、50代で約5割に上ります。マンモグラフィで使用されるX線は硬い部分が白く見えるので、脂肪の多い乳房ではがんを検知しやすいのですが、組織の密度が高い乳房では全体が白く写り、がんの検出が非常に難しくなるのです。

小さな村や島でも検診を可能に オフィスで働く女性もサポート

Niramaiのテクノロジーと事業は、これらの課題を解決しています。まず、胸部の40万ポイントの皮膚の温度変化を私たちが開発したデバイスで測定します。がん細胞は制御されていない不規則な増殖、つまり急速で複雑に増殖し、活発に活動します。代謝が多く発生しエネルギーが消費されるため、熱が生成されて細胞分裂が続き、温度変化が表れるのです。

もちろん温度上昇だけで診断するわけではありません。細胞分裂には“食物”が必要です。細胞分裂すれば血流が集中して血管が拡張し、新しい血管が形成され通常とは異なる血管構造が生まれます。こうした変化をAIを使って分析し、がんかどうかを判断します。

検査機器は乳房に接触させる必要すらないので、マンモグラフィのように痛みもない。組織の密度の高低にも影響されず、凝集性の高い乳房であっても異常を検出できます。

検査を多くの人に受けてもらうためには測定の簡易さが重要です。私たちの機器はビデオカメラのように小さく軽いので、どこにでも持ち込め、安価です。上着を脱ぎ、冷気を当てて異なる角度の写真を5枚撮るだけ。10分で検査終了です。

これまでに20カ国、約25万人の女性が検査を受け、多くのがんを検出しました。インドやアフリカの小村、小さな島など設備や資金のないところでも検査できます。こうした地域の課題は、まず10の村に医師が1人ぐらいしかいないこと。装置が大きく高価なマンモグラフィなどの機器の持ち込みも難しい。さらにがんについての知識・認識も低い。情報を得ようとしても識字率が低く、インターネットがあっても利用方法を知りません。村で行われている触診でしこりが発見される段階では、ステージ3くらいになってしまっています。

私たちは村や島の、がんの知識のない女性たちの家を訪ねて説明することから始め、学校などの施設に小さな仕切りをしたプライベートな空間を作って検診をしています。後部を検査用に改造したバン内部で行うこともあります。

企業で働く女性にも検診を行っています。彼女たちは仕事に加え、家事や育児もあり、とても多忙で自分自身をケアする余裕がありません。私たちはオフィスでも会議室を借り、ブースを設置、女性たちは仕事の合間に10分のコーヒーブレイクのような感覚で受けることができます。既にGoogle、ペプシコ、メルセデス・ベンツ、アメリカン・エキスプレスなどさまざまな企業で検査実績があります。

インドの村で検診を受ける女性達の風景
インドの村で検診を受ける女性たち。画像診断後、医師がおらず詳細な診断ができないため、保健衛生従事者が画像をチェックして赤であれば病院で直ちに検診、黄色は6カ月後に再検査、緑は異常なし、とわかりやすく伝える。
Photo=Niramai提供

ジェンダーは関係ない 1人のエンジニアであればいい


Niramai Health Analyticsの写真
最高温度は白、最低温度はブルーなどポイントごとに色によって温度をデバイスに表示。AI診断によってリスクを評価することで、女性に接触せずに診断できる点が画期的だと評価されている。
Photo=Niramai提供

私はIndian Institute of Science(IISc)でAIの博士号を取得し、ヒューレット・パッカードで主任研究員として17年間働きました。その後、ケロッグ経営大学院でMBAを取得し、ゼロックスのAI研究所長となりました。

そんなとき、親友のような存在のいとこが42歳で乳がんと診断され、1年を待たず亡くなりました。彼女も密度の高い組織の乳房で、マンモグラフィの検査では検知できなかったのです。別の親族をもがんで亡くし、この問題を絶対に解決すべきと思い、研究に取り組みました。

温度変化による画像診断を試みた人はそれまでにもいましたが、活用されなかった理由は人が画像を見ただけでは診断が困難だったからです。そこで、私の専門領域であるAIを使うことを考えました。半年準備をしてゼロックスを退職し、デバイスなどの開発のための資金調達もしました。

インドでは、ジェンダーによる格差が非常に大きいことが1つの社会課題で、私も一時は苦しみました。子ども時代から数学と科学が大好きで、問題を解くことに喜びを感じてきました。コンピュータサイエンスを専攻し、私は州の全工学分野で1位を獲得。女の子でも結婚という道でなく大好きな勉強を続けることができたのは、父が応援してくれたおかげです。

その後、Indian Academy of Science(IASc)の修士課程に進みました。当時、100人の男子のなかで女性は私たった1人。私は非常に内向的な性格だったので誰とも話すことができませんでした。でもあるとき、私のなかのジェンダーの意識を取り除くべきだと気づいたのです。ジェンダーは関係ない、1人のエンジニアであればいいと。その後、私は男子に囲まれていても手を挙げて質問するようになりました。すると、男子たちが「彼女には価値ある考えがある」と私に話しかけるようになったのです。

私は人の倍学び、働くことで平等を勝ち得ました。今ではジェンダー平等に関する環境は少し改善しているとは思いますが、それでも大切なことは女の子を持つ親は本人のやりたいことを尊重してあげること、そして協力的な夫を持つことです。私も夫の協力なしでは、とてもこれまで仕事を続けることはできなかったと思います。

アメリカでの経験もありましたが、私はインドでの起業を選びました。AIの専門知識やスキルや経験を使い、これまで数々の発明を生んできたアメリカやドイツのように、インドから世界に貢献できる新しい技術を生み出せることを示したかった。これまで世界の数々の賞を受け、そこにある程度到達できていることを誇りに思います。

Text=入倉由理子 Photo=浜田敬子

ギータ・マンジュナート氏

Niramai Health Analytics
創設者、CEO、CTO

IIScで博士号を取得し、シカゴのケロッグ経営大学院で経営学を学ぶ。XeroxIndiaのデータ分析研究ラボのディレクターなどを歴任し、2016年Niramaiを設立。2020年のForbes「自力で成功した女性トップ20」リストへの選出、BioSpectrum Indiaの2020年女性起業家賞など国内外で数々の賞を受賞。