Works 188号 特集 インドの人材力

タタグループ傘下のTCSが世界展開する学びとキャリア、報酬を連動した人材育成システム

2025年03月13日

タタ・グループ傘下のIT企業であるタタ・コンサルタンシー・サービシズ(以下、TCS)は、社員に手厚い学びのプログラムを提供し、得られた成果をキャリアや報酬に紐づけるという一連のプロセスを「仕組み化」している。55カ国で事業を展開し、世界トップ企業を顧客に持つTCSの人材戦略とは。


TCSはインドの財閥企業タタ・グループのIT企業で、1968年に創業された。全世界の従業員数は約60万人に上り、顧客には欧米の大手金融機関や航空会社、自動車メーカーなどグローバルのトップ企業が名を連ねる。日本法人でDeputy CHROを務めるアルティ・バンダリ氏は「IT業界で50年以上事業を運営するなかで、人材の採用から社員の育成、評価に至る一連のプロセスを『仕組み化』してきました」と話す。
まず採用に先立ち、インド工科大学(IIT)をはじめとした難関大学と密接な関係を築き、優秀な学生との接点を設けている。ワークショップを開いたり、プロジェクト参加型の長期インターンシップを実施したりするほか、教員に対しても先端技術や将来的な開発の方向性などの情報を提供し、学生に最新の状況を伝えてもらう、といった取り組みだ。
大学側が学部にコースを新設する際も、関係性を生かして共同でカリキュラムの構築に取り組み、学びの内容を提案するなどして「在学中からより実践的な教育を提供することで、入社後に即戦力として活躍できる人材を育てようとしています」。
さらに2012年からは、全世界の大学生を対象に、「CodeVita」というコーディングのコンテストも開催しており、「今や学生の間では、TCSのトレードマークになっている」という。
特に2021年大会は、34カ国から約13万6000人が参加し、世界最大のプログラミングコンテストとしてギネスブックにも認定された。優勝者や優秀な成績を収めた学生には、賞金とともに、TCSへの入社やインターンシップの機会もオファーされる。「コンテストを通じて採用にゲーム的な要素を取り入れるなど、さまざまな方法を駆使して、テクノロジー分野のトップ人材を確保しようとしています」
実際の採用プロセスは年に1~2回、入り口となるテストを実施しており、一定の水準をクリアした学生が面接に進める。テストは自宅や最寄りのTCSの拠点などでも受けられ、インド全土から毎年十数万人が受験するという。
その後3回の面接があり、エンジニアに関しては1次でコーディングなどのスキルや分析力をスクリーニングする。2次はマネジメントが面接官となって、専門技術を習得しようという学びの姿勢、ポテンシャルがあるかどうかなどを評価し、3次で人事担当者がコミュニケーション能力や企業カルチャーとの適合性を見て、採否を決める。
ちなみにこの入り口のテストについては、内容をより標準的なものとした「ナショナルクオリファイアテスト」を作って、インドの国内企業に広く提供している。
「TCSと同じ採用の仕組みをより多くの企業にも広げることで、学生がオープンに挑戦できる場を整備し、インド全体の採用活動を『民主化』しようとしています」

全世界共通の育成システム 若手、中堅、中核の3段階

TCSの育成の仕組みは非常に手厚い。

「テクノロジーが事業の柱である以上、すべてのエンジニアが常に最新技術の動向をチェックし、変化に対応したスキルを持つ必要があります。このため有機的な人材開発を、ビジネスの根本に置いています」と、バンダリ氏は説明する。

内定取得者に対しては「TCS Xplore」というプログラムが提供され、120時間の導入教育や資格取得などを通じて、入社前から組織の価値観や企業文化を学んでもらう。

また2021年からは受講必須の研修に追加する形で、全世界の社員に共通の「ELEVATE(エレベート)」という学習プログラムも導入した(下図)。ELEVATEは3段階に分かれ、まず入社後2、3年の若手に対してはeラーニングを通じて、社員に共通して求められる業界知識や基礎技術、ビジネススキルを学んでもらう。さらに入社後数年経った中堅世代には、スペシャリストの育成を目的とした、より専門性の高い研修に進んでもらう。

これは極めたい専門領域(スペシャライゼーション)と、将来目指したい役割(ロール)とを組み合わせたトレーニングで、たとえば「データサイエンス」の知見を深め、顧客の課題解決策を設計する「テクニカルアーキテクト」を目指すなど、数千もの組み合わせが用意されているという。

トレーニングの選択に当たっては、上司が本人の適性などに応じて、「このジョブが向いているのではないか」といったアドバイスも行う。また今のキャリアが自分に合っていないと感じた人については、キャリアチェンジの仕組みも設けられている。

ELEVATEの最終段階にあるのが、管理職らにリーダーシップやクイックラーニング、問題解決能力などを習得させ、幹部人材へと育成するコースだ。このプログラムは海外のビジネススクールとも連携し、働きながら受講する方式で行われる。全世界の社員がオンライン上に集まり、4~6カ月かけて実際の案件のケーススタディを研究するといった内容だ。

幹部への昇進にはもちろん、ELEVATEだけでなく各職場でプロジェクトをまとめた実績なども求められる。特に近年は、リーダーが部下の理解や共感を得る「ピープルスキル」が必要とされるようになるなかで、さまざまな部署を経験し、メンバーの多様性を理解していることも重視しているという。

「トレーニングにもメンタリングのプログラムを導入し、若手の話をきちんと聴いてコーチングできるスキルを持った人材を育てようとしています」

ELEVATEの全体像ELEVATEの全体像出所:日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ

手厚い育成が定着に効果 グローバルに通用する制度へ

ELEVATEの特徴は、学びとキャリア、報酬をリンクさせていることだ。受講後にアセスメントで一定の評価を得ると、報酬面のインセンティブを受ける資格が生じ、さらに業務で成果を出すと人事評価に反映されて、より高い報酬を得られる。

また受講を通じて、特定領域のあらゆる技術を習得したとされる「フルスタックディベロッパー」に認定された開発者は、ハイタレント人材として人事に把握され、よりチャンスの多い仕事にアサインされる可能性が高まる。それによってよりよいキャリアステップにつながることもある。

ELEVATEの受講は本人の意思に任されているが、キャリアステップや報酬に紐づけられていることから、多くの社員が自発的に受講しているという。

インドのIT人材は、転職を通じてより高い報酬とキャリアを目指すケースも珍しくないが、TCSの離職率は業界でも最低水準を維持しているという。幹部クラスも生え抜きに近い人が多く、バンダリ氏自身も2007年、入門レベルの社員として入社して現在のポジションへと昇進した。

「学びのエコシステムが充実していることによって、より多くの社員が『この職場でならキャリアを高められる』という見通しを持てるようになり、離職を抑える効果もあると思います」

一方で、組織活性化には外部人材の視点も必要との考えから、戦略的に社外のCxO経験者などをリーダー候補として迎え入れるプログラムもある。候補者には海外法人などで業務を経験してもらい、企業風土を理解してもらうと同時に、リーダーとして育成するという。

インド最大のIT企業であるTCSは事業領域も幅広いため、キャリアチェンジを希望する社員は転職しなくとも、社内で新たな仕事を見つけやすい。また海外にも多数の支社があり、グローバルに活躍したいというニーズも満たすことができる。こうしたキャリア形成上の優位性に加え、国内の各都市に拠点を構えているため「実家の近くで働きたい」といったワークライフバランス関連の要望にも対応しやすい利点があるという。

TCSの社員番号は全世界共通で、勤務する国にかかわらず入社順に割り振られている。ELEVATEをはじめ、デジタルラーニングのシステムも全世界60万人を超える従業員すべてに提供され「すべてのコンテンツを誰でもいつでもどこからでも、どんなデバイスでも受講できる」ようになっている。こうした取り組みの根底には、「インドの企業」であると同時に「グローバル企業」だという強い自負がある。

「当社は各業界の世界トップ10企業と取引しており、インド本国だけで通用する仕組みでは、世界中にいる顧客の課題に十分な解決策を提供できません。人事制度や人材開発のシステムも、グローバルでなければいけないのです」

キャンパスの風景チェンナイやプネなどに広大な“キャンパス”を持つ。働きながら受けられるトレーニングも充実している。
Photo=日本TCS提供

Text=有馬知子 Photo=今村拓馬

アルティ・バンダリ氏

TCS
日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ
Deputy CHRO