Works 188号 特集 インドの人材力
インドの強さは競争社会と多様性 能力が磨かれ議論による相互理解が進む
五常・アンド・カンパニー 代表執行役
慎 泰俊氏
アジアで低所得者へのマイクロファイナンスを展開する五常・アンド・カンパニーは、インドで現地企業と協働し、800の支店と約7000人の従業員を抱える。代表執行役の慎泰俊氏に、インド人材の優れた点や、優秀な人材を輩出する背景を語ってもらった。
マイクロファイナンスの世界最大のマーケットであるインドには、2018年頃から投資を始め、2020年からは経営方針としても集中的にコミットしています。また本社の社員40人のうち最も多いのもインド人で、4割強を占めます。業務のやり取りのほとんどが英語なので、英語の読解力とコミュニケーション能力の高いインドの人が自然に増えていきました。
インド人のメンバーを見ていると、チームで働くのも上手ですし統率力のある人が多い。マネジメントレベルにおけるプロフェッショナル人材の質は、日本人と比べると「圧勝」だと思います。MicrosoftやGoogle、IBMなど、米大企業のトップ層にインド系が多いのもうなずけます。
国際的にも優れた人材が多いのは、国自体が成長し続けているという環境による部分も大きいと思います。国家間で人間の能力に差はなくとも、伸びている国の人は多くの成長機会に恵まれるものです。さらにインドは人口も多く、激しい競争で勝ち抜くなかで能力はさらに磨かれていきます。
もう1つ、この国固有の背景として社会の多様性があります。20以上の憲法で公認されている言語があり、宗教や民族も非常に多様です。概していえば北部の人は気性が激しく、南部の人は穏やかな傾向が見られるなど、地域によって人の気風もだいぶ違います。多様な社会で生きるうちに自ずと、価値観や生き方の異なる人間と接するうえでの「プロトコル」を身につけてきたのだと感じます。同僚たちを見ていても「違う人間なのだから意見は対立して当然」と腹が据わっており、相互理解のため徹底的に論争することに慣れています。それがビジネス上でも非常に有利に働いていると思います。
インナーサークルで人材の「裏取り」ガバナンスの弱さを人脈で補う
外資系企業がインドで事業をする難しさは、上場企業であってもコーポレートガバナンスが未成熟な点にあります。インドはタタ・グループやアダニ・グループ、リライアンスなど大企業の多くが同族経営で、法的にも創業者一族に強い権限が与えられています。たとえ外資から投資を受けていても同族的なやり方を変えようとしないことも多く、欧米流のコーポレートガバナンスとはギャップが生じてしまいがちです。
一方で同族経営の企業では、社員総会にトップが出てくるとロックスターが登場したかのような大歓声で迎えられるなど、多様な人材を団結させるうえではプラスの側面もあることもわかります。外資が進出する際はこうした特殊性を考慮し、現地を熟知したパートナーと組むことが非常に重要です。
当社は採用に関しても、共同経営者であるサンジェイ・ガンディをはじめ、現地で知り合った信頼できる人たちの力を借りて、人のつながり経由で探すようにしています。当社の何人かはインドのビジネス界にある「インナーサークル」に入れるので、人材について「信用性に問題がありそうだ」「この人には仕事を任せられる」といった「裏取り」ができる。インナーサークルは深くて狭く、ヒンディー語ができなければ入るのは難しい。もちろん外国人の私が入ることはできません。
私は在日朝鮮人という日本社会のマイノリティとして生まれ育ち、さまざまなバックグラウンドの人々とやり取りすることが多かったので、相手が信頼に足る人物かどうかを「目利き」する力は、ある程度身につけてきたという自負があります。しかしそれでもインドでは「だまされない」確率がほかの人より何割か上がる程度。サンジェイのような人材と出会えたのは、運によるところが大きかったと思います。
五常・アンド・カンパニーは、インドのほかカンボジアやミャンマーなどで事業を展開。顧客の96%が女性で、86%が農村に暮らしているという。
Photo=五常・アンド・カンパニー提供
現地のパートナーに任せる 言語化能力磨くことも大事
こうしたディープな関係構築が求められるインドのビジネス界で、日本人が直接経営に乗り出しても、うまく人心を掌握できるイメージは持ちづらいです。相手の理解と共感を引き出すのに十分な語学力を持ち合わせているか、という問題もありますし、「あ・うん」の呼吸で話が通じる日本のホモソーシャルな職場で、言語化のスキルをあまり求められてこなかったことも、議論が重要なインドでは大きなハンディとなるでしょう。日本人のマネジメント層は、異なるバックグラウンドの人と働くことにも不慣れな人が多い印象で、能力的に優秀でも、インド人の部下を統率するという面では難しさがあると思います。
製造業ならマニュアルや機械化によって、コミュニケーション能力の不足をある程度補えるかもしれません。しかし私たちの手掛ける金融サービスのような事業は、人と人とのやり取りが成否を左右します。インドに限らず海外で成功している日系のサービス企業も、多くは現地法人の社員が裁量権を握り、経営をうまくリードしています。インドでも日本人トップを無理に据えるより、現地の人をパートナーに迎え、任せるべき部分は任せたほうがいいでしょう。
ただもちろん、日本人も「不得意だから」と、意見を言語化することを諦めるべきではありません。第一歩として、取締役会を英語にすることから始めてはどうでしょうか。経営層が英語を使うことで、レポートラインにいる部下も必要性を感じて学び始める、という流れを作るのです。組織のなかで英語でのやり取りが当たり前になれば、海外からも多様な人材が集まり、語学だけでなく職場全体の行動様式が、多様性を前提としたプロトコルへ変わっていくことも期待できます。
インドには課題もたくさんあります。根強い女性差別のため、同族企業以外の女性トップは少ないですし、スタートアップ経営者も男性ばかりです。出自による差別はだいぶなくなってきましたが、不可触民と呼ばれる人々に対する差別はいまだに根強く、彼・彼女らと恋愛結婚した人々がカップルごと殺されるという事件は後を絶ちません。
言語の多様さや、公教育が十分に行き届かないことがネックとなり、識字率も76%にとどまります。地方に行くと道路などのインフラも未整備です。逆にいえばこうした課題が解決に向かえば、国全体にさらなる「のびしろ」が出てくると思います。
Text=有馬知子 Photo=今村拓馬

慎 泰俊氏
五常・アンド・カンパニー
代表執行役
1981年東京生まれ。モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルでプライベート・エクイティ投資実務に携わった後、2014年に五常・アンド・カンパニーを創業。2007年には認定NPO法人Living in Peaceを共同設立(2017年に理事長退任)、2021年には日本児童相談業務評価機関を共同設立。