Works 188号 特集 インドの人材力

理系教育で養った分析能力をベースにリーダーシップをも備えた人材を育てるインド経営大学院

2025年03月13日

インド経営大学院(以下、IIM)は、インド全土に21の分校を持ち、MBAを取得できる修士課程を中心に経営リーダー育成に取り組む経営大学院のトップ校だ。集まる学生とは、カリキュラムとは、そして修了生たちのキャリアパスとは。IIMベンガルール校校長のリシケシャ・クリシュナン氏に聞く。


IIMには、2年間フルタイムの経営学修士課程、1年間のエグゼクティブMBAプログラム、定時制の経営学修士課程、経営学短期研修課程があり、1学年は約600人。毎年、合格率0.3%という熾烈な競争を勝ち抜いて入学してくる。
「ベンガルール校の学生は、経営学を学ぶ大学院にもかかわらず、約8割が理系出身です」と、クリシュナン氏は説明する。
理系人材が多い理由の1つには親の意向が大きい。中流家庭の親は非常に教育熱心で、多くの親はエンジニアか医師になることを勧めるため、医学かコンピュータサイエンスの学位を望むという。トップ大学を目指して4、5年かけて受験準備をし、多くが医学、機械工学、電気工学、コンピュータサイエンスなど理系コースに進む。そもそもインドに理系人材が多いのはこうした背景もある。
もう1つは、キャリア形成のために、理系人材が経営学を学ぶことの重要性が認識されているからだ。理系を修めた学生の多くは、数年間IT企業や製造業で働く。その後、より高額な報酬が約束されたトップ企業への転職を目指し、MBAを取得したいと考える。「エンジニアがより高収入を望むならば、マネジャーや経営リーダーの道に進むことが良策だと皆、知っているのです」
こうしたキャリアパスは、「現代的な経営人材育成として理にかなっている」とクリシュナン氏は考える。「今や、どんな業種であってもテクノロジーやデジタルの知識や活用方法を知らずに経営の意思決定はできません。経営リーダーには理系教育で養った優れた分析能力・数学能力と、リーダーシップやコミュニケーション能力の両面を備えることが必要になっているからです」

概念的学習と実践的学習の両輪 産業界との強力なつながりで支える

IIMでは、優れた経営の意思決定者を育てることを目的に、カリキュラムが作られている。

2年間のカリキュラムの場合、まずは戦略、マーケティング、ファイナンス、マネジメント、HR、意思決定学などの基本科目を学ぶ。意思決定学は確率統計や最適化の知識・手法を身につけるもので、大学で養ってきた分析スキルに磨きをかけていく。資本主義の役割を知り、企業の社会的役割、ステークホルダーに対する企業の責任、企業倫理など、経営者として求められるビジネスや社会の理解を深める授業もある。

これらを踏まえ、人々を動機づけ高い生産性を引き出し、カルチャーの違いを乗り越えて組織の成果を最大化していくリーダーシップも学ぶ。

「特徴は、すべて概念的学習と実践的学習を組み合わせていること。ケーススタディやシミュレーションを使用し、企業と協働してのプロジェクトやインターンシップもあります。理論や原則を学び、実際のビジネスの文脈で応用する機会を提供しています」

企業が果たす役割は大きい。プロジェクトの協働先やインターンシップ先をどう探しているのかと問うと、「IIMとの連携は新しい知を取り込む重要な機会と捉える企業が多く、それほど苦労しない」(クリシュナン氏)という。実際、IIMには企業向けのエグゼクティブトレーニングプログラムがあり、毎年トップ企業から5000人の次世代リーダーたちが学びにやってくる。「企業との良好なネットワークを形成しています。これは、ベンガルールが強力なビジネスハブであることも影響していると思います」

教授陣も、概念的学習と実践的学習の両輪をうまく回すために重要な役割を担っている。110人の正規教員のほかに60人の非常勤講師がいる。正規教員については優れた研究業績、優れた国内外の教育機関でPh.D.を持つ人々だ。「一方、非常勤の教授には、基本的に産業界で働いた経験を求めます。学術的なバックグラウンドと産業界での知見・経験の両方が学べる体制を整えています」

キャンパス内の風景
広大なキャンパスには、学生向けの寮や教授向け住宅、食堂やカフェ、小売店などもある。試験前には図書館が24時間オープンし、勉強に励む環境が整っている。

グローバル企業での経験を インド社会・企業の発展に生かす

では、修了後の学生たちはどのような道を歩んでいるのか。実際に企業の経営リーダーになっていく人はいるのか。

就職先として最も学生に好まれるのは、外資系のマネジメントコンサルティング会社、続いて銀行、プライベートエクイティファーム、投資銀行など金融業界だという。グローバル経験を積みたいと考える学生も多い。「海外で働く機会を直接得られる機会はリーマンショック以降減少しています。ただ、現在はインドに多くのグローバル企業がGCC(グローバル・ケイパビリティ・センター)を設置しており、そこで働くことがグローバル経験の代替となっています」

グローバル企業のGCCは、エンジニアリング業務や研究開発、バックオフィスのサポート業務などを担うが、今やインドのなかで大きなセクターにまで成長した。「インドの優秀な人材を獲得する戦略的手段として位置付けている企業も少なくありません。経験を積んだ人材が海外で働く切符を手に入れることもあります」

近年の変化は、インド社会やインド企業に貢献したいと考える修了生が増えてきたことだ。

タタ・グループのようなインドの大手企業では、リーダーシップアクセラレーションプログラムを持っている。「IIMの修了生など優秀な人材に早い段階で大きな責任を与え、経営リーダーになっていく道を提供しています」

一度グローバル企業やGCCで働き、その経験を生かしてインドのIT系スタートアップに転職する人や、自ら起業する人も出てきている。「マルチスズキのインドと日本で経験を積んだ人が、MBA取得後にインドのIT企業に転職し、日本法人の経営リーダーとして尽力しました。現在はそのインド企業の中国法人で、東アジア全体のビジネスをリードしています。インド企業を大きく成長させた好例です」

また、インドに張り巡らされた決済プラットフォームなどデジタル公共インフラの構築に携わった人々は、グローバル企業やGCCで働いていた人も多いという。

インド人の経営リーダーは、グローバル企業で数々の変化を起こしてきた。インドで働く選択をする人材が増えた今、大学や大学院で学んだ知識とグローバル企業で働いた経験を生かし、経営リーダーとしてインドに変化をもたらしていくかもしれない。

Text=入倉由理子 Photo=浜田敬子

リシケシャ・クリシュナン氏

インド経営大学院(IIM)
IIM ベンガルール校校長