Works 186号 特集 あなたの会社の人的資本経営大丈夫ですか?
リクルートワークス研究所多国間調査「人を大事にする日本型雇用は過去のものだった」
現在の日本企業の制度や仕組みは、個人の人的資本の蓄積・拡大に資するものになっているのだろうか。リクルートワークス研究所が30代・40代で企業などに雇用されている人に向けて行った多国間調査「Global Career Survey2024」では、新卒一括採用、企業主導の人事異動、OJTによる育成、終身雇用など「日本型雇用の特徴」といわれてきたことの実態を明らかにした。ドイツ・アメリカ・スウェーデンの正社員(フルタイム・無期雇用者)と比べると、「人を大事にする」といわれてきた日本的経営が既に過去のものになっていることがわかった。
【調査概要】
調査目的:個人の就業状態から各国の雇用システムを把握する
調査対象国:日本(一都三県)、ドイツ(全国)、フランス(パリ)、イギリス(ロンドン)、アメリカ(ニューヨーク・カリフォルニア)、中国(北京・上海)、スウェーデン(全国)*本記事では4カ国を抽出
割付方法:男女別 30代 40代 の4グループに150(日本だけ700)ずつの均等割付
有効回答数:日本3683、ドイツ583、アメリカ580、スウェーデン558
調査期間:2024年2月26日~3月11日(スウェーデンは3月12日まで)
調査手法:インターネットモニター調査
新卒入社:卒業後すぐ、正社員としてスタートラインに立つ
新卒一括採用が特徴といわれる日本型雇用。大学卒業者のほぼ全員がキャリアのスタート地点に一斉に立てる仕組みとして評価されてきた。実際、「初めて就職した時期」を問う設問で大学を卒業後すぐに就職する人が78.9%と、ドイツ・アメリカ・スウェーデン(以下、他国)の3~4割と比較して日本は圧倒的に多い。
また、グラフにはないが、卒業後すぐに就職した人の初職が正社員である割合も日本が93.2%と突出している。アメリカで88.3%、ドイツで83.1%、スウェーデンで79.2%と9割を上回る国はない。「仕事未経験の人材をはじめから正社員として迎える慣行は日本の雇用の特徴だと、確かにいえそうです」と、同調査のプロジェクトリーダーを務めるリクルートワークス研究所主幹研究員、萩原牧子は話す。
「他国でも卒業後6カ月以内という早期に就職している人が多いことがわかりました。ただし、就職時期は大学卒業前から卒業後まで分散しています。個人からすれば、大学卒業前からさまざまなことを試して、自分の適性を見極め、能力を獲得しながら社会に出ることができる仕組みとも捉えられます」
雇用格差:有期雇用という不利な働き方が固定化
新卒一括採用で正社員から始まる人が多い日本の雇用だが、そこから漏れる人が一定数いる。左の図は、正社員(無期雇用者)に分析対象を限定する前の、各国雇用者の就業形態を示したものだ。他国は無期雇用者が9割を超えるのに比して、日本は87.2%と相対的に少ない。また、男女差が際立つのも特徴だ。男性が93.9%であるのに対し女性は80.3%。非正規雇用に対する教育投資が限定的であることを鑑みると、人的資本投資の課題の1つにジェンダー格差があることも留めおきたい。
とはいえ、「女性だけの問題とも言い切れない」と、萩原は指摘する。別途、転職経験者に限った集計では、初職で有期雇用だった場合、転職後の現在も有期雇用である割合が日本では40.1%にのぼる。一方、ドイツは14.7%、アメリカが22.8%、スウェーデンが7.8%だ。「他国では、有期雇用の仕事はキャリアの一プロセスにすぎませんが、日本では非正規という不利な働き方として固定化する傾向が強いといえます」
教育投資:OJTによる育成が機能していない
真っ白な人材をOJTで育て上げることも、従来日本企業の強みといわれてきた。しかし、「2023年にOJTを受けた割合」を全体で見ると、日本は39.8%。7割を超える他国とは明らかに見劣りがする。
さらに、OJTの正確な定義、「一定の教育プログラムをもとに、上司や先輩から指導を受ける」に則って受けた割合は、日本では12.0%。他国と比べるとほぼ3分の1の割合だ。「日本のOJTの多くは、体系化されておらず現場任せ。上司や先輩の力量に依存する非常に不安定なものになっている可能性があります」
また、日本のOJTは「若手偏重」だ。図は割愛するが、30代前半でOJTを受けた割合は46.4%、30代後半で42.9%、40代前半で40.1%、40代後半では30.7%。この差異は他国では見られない。この調査対象は30代・40代のみだが、「リクルートワークス研究所が毎年実施している『全国就業実態パネル調査』の結果を見ても、20代がより高くなっている」(萩原)という。年を重ねるごとに、現場での教育機会が減っていく。働き続けることが有効な能力獲得の機会になっていないともいえそうだ。
給与制度:能力が給与に影響するという感覚が持てない
今回の調査では、日本型雇用の特徴だといわれてきた年功型賃金も、他国と比べて顕著な傾向が見られなかった。「年齢上昇と賃金上昇の相関は、日本だけの特徴ではないのです」
興味深いのは、「仕事を遂行する能力が今の会社での給与額に影響しているか」という問いに対する回答だ。「影響する・計」の割合は73.7%と日本が最も低く、他国は8割を超える。また、「わからない・答えられない」が12.1%と、日本が突出して高い。
日本企業では従来、職能給をとってきた。職能給がベースになっているとすれば、能力の向上と給与アップは強く結びついているはずだが、そうなっていない、あるいはそれが働く人に伝わっていない。「職務内容とそれに必要な能力が具体的でないため、『わからない・答えられない』が多くなったと考えられそうです」
「給与アップ=意欲アップ」とは必ずしもいえない。しかし、能力向上と給与アップの関係性が見えないことが、能力獲得への意欲を低める一因となっている可能性もありそうだ。
女性の年収:甚大な男女の年収格差
男女の年収格差では、他国と比較して日本の格差の大きさが目立つ(右図)。日本の女性の年収が低い理由を、非正規雇用の割合の高さに求めることが多い。しかし、このデータは正社員のみで比較しており、非正規は入っていないのだ。
年収が低い背景の1つに、女性に対する昇進の機会の少なさがありそうだ。分析対象者の役職のデータでは(図省略)、日本の課長クラスは男性8.9%、女性3.6%、部長クラスは男性1.2%、女性0.4%と大きく開きがある。女性のほうが年収が高いスウェーデンでは、課長クラスの男性25.5%、女性21.5%、年収がほぼ同レベルのアメリカでは、課長クラスの男性39.9%、女性32.9%と、その割合に大きな差がない。
他国との差を真摯に受け止め、女性への適正な機会提供、教育投資を日本でも実行していく必要がある。
人事異動:人事異動で育たない能力、キャリアオーナーシップ
人事異動による能力獲得機会の豊富さはどうか。調査では、職種間異動の可能性と実際の経験について聞いている。
まず、職種間異動の可能性については(図左側)、日本では「企業主導」(「業務命令」27.3%、「会社から打診・本人同意」34.9%)の職種間移動の可能性が高い水準にある。同時に「本人希望」の可能性の提示も43.7%あり、近年のキャリアオーナーシップを重視する傾向と一致している。他国も同様に(たとえ「ジョブ型」が主流といわれている国であっても)職種間異動の可能性はそれなりにある。違いは、「業務命令」による職種間異動が少ないことだ。しかし、すべてが本人希望を起点にというわけではなく、「会社からの打診・本人同意」も5割前後いる。「興味深いのは、職種間異動を実際に経験した人は日本が最も少ないことです(図右側)。ジョブローテーションによるジェネラリスト育成は日本型雇用の特徴の1つとされてきましたが、実態は異なるのです」
役員への昇進:「なり方」が不透明で学びにつながらない
役員への昇進では、日本は「内部から登用される方が多い」が38.5%と最も高い。ただし他国も最も低いスウェーデンが25.7%、ドイツ・アメリカは3割を超え、「内部からも外部からもあるが割合はわからない」と合わせると内部登用が少ないわけではない。
特筆すべき日本の特徴は、「どのように起用されているのかわからない・経歴はわからない」と回答している人の多さだ(38.2%)。「先の職種間異動と同様に、昇進もブラックボックス化されている傾向が見て取れます。どのように経験を重ね、能力を高めれば上に上がっていけるのかが不透明というこの状況が、キャリアや能力獲得にオーナーシップを持ちにくくさせているのかもしれません」
終身雇用:継続的な雇用に対して疑心暗鬼
現在の会社での勤続年数は、日本が比較的長い。30代で平均102.8カ月、40代で171.8カ月と、他国の平均をそれぞれ上回る。たとえばドイツでは30代で82.5カ月、40代で139.2カ月だ。長期雇用・終身雇用を是としてきた日本企業のありようは顕在だ。
しかし、引退までの継続雇用の可能性を聞くと、80%以上の「とても高い」と60%程度の「比較的高い」の合計は、74.5%と最も低く、かつ、「判断できない・わからない」と回答している人が最も多い(14.7%)。雇用に対する漠然とした不安を感じる姿が浮き彫りになっている。
どのような能力を獲得したら賃金が上がるのか、役員になれるのかわからない。会社主導の異動の可能性を提示されている。継続的な雇用も危うい――。これが、ここまでのデータから見えてきた、日本企業で働く人々が置かれた状況だ。常に自身のキャリアに対する不安と会社への不信に苛まれている。「部分的に優れた国のやり方を取り入れても、状況の改善にはつながらないかもしれません。透明性を高め、働く人々との信頼関係を構築することが急務だといえるでしょう」
Text=入倉由理子 Photo =リクルートワークス研究所提供
萩原 牧子
大阪大学大学院博士課程(国際公共政策博士)修了。株式会社リクルートに入社後、企業の人材採用・育成、組織活性の営業に従事。2006年にリクルートワークス研究所に参画。首都圏で働くひとを対象にした「ワーキングパーソン調査」の設計や、全国の約5万人を対象にした「全国就業実態パネル調査」の立ち上げを経て、2019年から調査設計・解析センター長を務める。個人の就業選択や多様な働き方について、データに基づいた研究、政策提言を行う。公共経済学・労働経済学専攻。専門社会調査士。