Works 186号 特集 あなたの会社の人的資本経営大丈夫ですか?
人的資本経営とデータ 活用の目的が不明瞭な日本企業
飛躍的な発展を遂げるデータサイエンスは、人的資本経営にどのような進歩をもたらすのか。研究者のバックグラウンドを持ち、ピープルアナリティクスの技術や科学的知見を用いて組織開発を支援する鹿内学氏に聞く。
人的資本経営の指標の1つとして従業員のエンゲージメントスコアを開示する企業も多く、そのための組織サーベイを実施する企業が増えています。
従来の組織サーベイはアンケート調査が中心でしたが、自己申告による回答は、必ずしも行動データと一致するものではありません。
「自分は話をよく聞くほうだ」と回答した人が、実際には自分ばかり話していたというように、認知と行動はしばしば乖離します。自己申告型のアンケート調査に加え、コミュニケーションデータや行動データを取得し分析することで、より精緻な検証結果を得られます。
会議や1on1で話されるコンテンツに加え、オフィス間の移動、個人間の接近情報やコミュニケーション量などのデータを計測・分析することで、組織におけるつながりをソーシャルグラフとして可視化できます。Slack上のテキストコミュニケーションの頻度や内容を解析し、組織内の信頼を計測する試みも進めています。
つながりや信頼という関係資本こそ組織文化であり、ここを明確にしないまま組織行動を変革しようとしてもうまくいかないことは、これまでの研究でも明らかです。
テクノロジーの進化によって、さまざまなデータ計測手法が生まれていますが、現在のところ、人事領域における活用は限定的です。理由の1つが、データ取得コストの高さ。センサーデバイスなどIoT技術はめざましい進化を遂げていますが、音声や位置移動のデータを取得するには、従業員の心理的なハードルをクリアする必要があります。
当社が管理するデータは、従業員からも同意を取得しており、また、取得後のデータ削除もできます。削除申請した従業員個人を、所属企業が特定できないスキームになっています。
目指す組織像が曖昧なままでは データ活用は進まない
データ活用の目的が不明瞭な状態では、投資対効果の検証も困難です。私たちのところにもさまざまな相談がありますが、そもそも目指したい組織のあり方がまだ曖昧な企業も少なくありません。このことが、人的資本開示が進まない理由と表裏だと考えています。
人的資本開示は、一義的には投資家とのコミュニケーションです。財務情報だけでなく、非財務情報を言語化することで、自社の企業価値を正しく伝えられます。しかし生み出す価値が企業によって異なる以上、非財務情報として開示すべき項目もまた千差万別です。
確立された手順をミスなく遂行するのか、トライアンドエラーを繰り返してイノベーションを生み出すことが自社の強みなのか。経営戦略として目指すゴールが明確であれば、そこから逆算して、どのような項目を非財務データとして計測し、可視化していくのかという戦術を策定できます。しかし現状では、なんとなく女性管理職比率やエンゲージメントスコアを開示している企業も多いのではないでしょうか。
経営戦略上のゴールに対して、データ分析と人事施策の実施による仮説検証のサイクルを回すことで、人事領域における科学的アプローチが初めて可能になります。
Text=渡辺裕子 Photo= 鹿内氏提供
鹿内 学氏
シンギュレイト
代表取締役
奈良先端科学技術大学院大学 博士(理学)。京都大学大学院医学研究科/情報学研究科 特定助教/特定研究員、国内人材企業等を経て、2016年に人材企業に在籍しながら、複業でシンギュレイトを立ち上げ。