Works 186号 特集 あなたの会社の人的資本経営大丈夫ですか?

人的資本経営への投資家の視点「日本の課題は多様性と流動性」

2024年11月11日

グローバルの資本市場で人的資本情報はどれだけ重視されているのか。サステナブルファイナンスを手掛けるSDGインパクトジャパン代表取締役の小木曽麻里氏に聞く。


人的資本情報の開示要求は、国際的に高まっています。ただし、ESGのうち環境(E)については、万国共通で使える基準が確立しているのに対して、人的資本(S)は、カルチャーやバックグラウンドの違いが非常に大きい。特に日本では、長期雇用を前提として、個人主体ではなく企業主導で人材育成が行われてきたことから、その企業でしか使えない企業特殊的人的資本が中心で、資格や特定のスキルなど、広く労働市場で通用する一般的人的資本が積み上がっていない、日本企業は人的資本においてハンディキャップを負っている、という指摘もあります。そのような日本固有の状況を踏まえて、経営戦略と人事戦略を連動して成果に結びつけていくストーリーを、日本企業がどれだけ説得力を持って投資家に語れるのか、私自身も注目してきました。そのなかで、特にギャップを感じるのは、「多様性」と「流動性」についてです。

賃金格差は能力の 発揮度合いを表す指標

海外では、人的資本開示のなかでも、多様性に関する情報が非常に重要視されています。人的資本が一義的には個人に属し、個人で管理していくものであるという欧米的な前提に立てば、個人個人が自分の求める能力を伸ばしたり、それぞれの創造性を発揮できる環境を整えることが企業のイノベーションに最も顕著につながります。つまり働き方や考え方などを含めたあらゆる多様性こそが企業価値の源泉であり、多様性を重視する企業のほうが優れた人材を集めやすい、という暗黙の了解があります。

一方、日本企業には、その意識が薄いように感じます。たとえば、「女性の登用比率を高めます」と表明しても、これらの取り組みは表面的な数字合わせに留まりがちで、真の意味で個人の能力発揮に結びついている、という説得力が感じられません。また、男女間賃金格差は女性の能力が正当に発揮されているかの指標とも捉えられますが、この指標の意味を理解し、改善に取り組んでいる企業は限られているように感じます。これについてはLGBTや外国人、障がいのある方などにもいえることです。格差や不平等は企業のカルチャーに大きな負の影響を及ぼし、企業価値を下げる要素と捉えられるリスクがあります。

日本のこれまでの人事制度は終身雇用と流動性の低さに特徴づけられ、企業が離職率の低さをアピールするケースも見られますが、海外の投資家からすると、これは必ずしもプラス要素として受け止められるとは限りません。離職率1割以下などといわれると、むしろ人材が固定化しているリスクを懸念されるでしょう。

しかし、日本企業はビジネスモデル全体が変化を求められるなかで、急激に変わろうとしています。今後は日本でも、若い世代を中心に、さらに流動性が高まっていくことは間違いありません。また、人手不足もより顕著になってきています。求められるスキルもどんどん入れ替わっていくなかで、入ってくる人に着目して、キャリア採用比率や出戻り採用(再雇用)比率などの指標を活用するのもよいでしょう。自社の事業環境を踏まえて、どのようなエクスパティーズを持つ人が入ってきたかをアピールするのも1つです。

重要なのは、経営の方針に則して、人材に対する企業としての考え方、特に今後の事業の成長戦略との整合性をしっかりと説明できるかどうかです。元来日本企業は人を大事にし、人の成長を企業の成長と考える文化があります。これは個人が成長するうえでのプラス要素です。その文化を尊重しつつ、成長戦略に沿って一層の人的資本開示を進め、投資家との対話を通じて理解を高めていけば、日本企業の伸びしろは大きいと感じます。

Text=瀬戸友子 Photo =小木曽氏提供

小木曽麻里氏

SDGインパクトジャパン
代表取締役

世界銀行資本市場部、世界銀行グループ多国間投資保証機関(MIGA)東京代表、ダルバーグジャパン代表、ファーストリテイリンググループのダイバーシティ担当部長および人権委員会事務局長を歴任。2021年より現職。