Works 186号 特集 あなたの会社の人的資本経営大丈夫ですか?
みずほフィナンシャルグループ/風土改革の鍵は「コミュニケーション、コミュニケーション、コミュニケーション」
みずほフィナンシャルグループは、社員からボトムアップの提案が生まれる仕掛けを作ることで、主体的に行動する組織文化を醸成しようとしている。執行役でチーフ・カルチャー・オフィサー(CCuO)の秋田夏実氏に、取り組みの理由や経緯を聞いた。
多くの日本企業に共通の課題となっているのが、主体的に考え行動できる人材を採用・育成することだ。しかし、アメリカの調査会社ギャラップ社による社員エンゲージメントの国際比較(2024年6月発表)で、日本は「熱意あふれる社員」の割合がわずか6%と、調査した139カ国中最下位クラスとなっている。「これほどまでに社員の意欲が低くては『人的資本経営』など実現しようがありません。顧客満足を高め企業として成長するためには、社員のワクワクする気持ちに火をつけ、生き生き働いてもらうことこそ重要だと考えるようになりました」と、秋田氏は語る。
秋田氏が同社に参画する前から「組織風土を変えなければ」という危機意識は社内に高まっていた。実際、秋田氏が同社に入社した際に「外から来た人の声を聞き、変革の力にしたい、という社内の期待が感じられた」という。
同社が風土改革にあたって重視したのが、社員に議論に加わってもらうことだ。2022年4月には、国内外150人の社員が手挙げ方式で参加するワーキンググループ(WG)を発足させた。WGメンバーは経営陣と6カ月間、社員の主体的行動を促す方策やコミュニケーション改革などを議論し、提言をまとめた。文化醸成の旗振り役であるCCuOや、改革の諸施策を進める部署であるコーポレートカルチャー室を設けたのも、社員からの提案だという。
同じ時期、企業理念の再定義にも取り組んだ。経営陣が草案を示して社員に意見を募ると、3200件ものコメントが寄せられた。「経営陣と社員が1年がかりでやり取りを重ねて基本理念・パーパス・バリューから成る新たな企業理念を策定しました。当初、バリューは別の言葉が有力だったのですが、社員の意見によって『変化の穂先であれ』が採用されたのです」
エンゲージメントの目標値を 中期経営計画に盛り込む
秋田氏は「ソフトである組織文化とハードである人事制度が相乗効果を発揮して初めて、変化を起こせる」とも話す。
「人事の役割も従来の管理的な姿から、社員一人ひとりの活躍を支援する方向へシフトする必要があります。それによって社員がやりがいや成長実感を高めれば、当社で働く意義を感じてもらえるし、会社と人が選び選ばれる関係も作れます」
新たに、グループ5社共通の人事の枠組み「かなで」も導入した。グループ間をまたいだ異動をより柔軟にして公募も拡充したほか、2024年7月からは年齢などにかかわらず、役割に応じて給与が決まる「役割給」も導入した。
2023年5月に発表した中期経営計画では、エンゲージメントスコアとインクルージョンスコアを、2025年度にはいずれも65%に引き上げるという目標値を示した。連結ROE、連結業務純益という2つの重要な財務指標と並んで、これら非財務の指標が経営計画に盛り込まれるのは異例といえる。
「発表時の目標値はエンゲージメントスコアが51%、インクルージョンスコアが55%で、達成するにはかなりチャレンジングな数値だったのですが、会社としての本気度を示し退路を断つ意味でコミットメントに掲げました」
全国100拠点で対話集会 素の社員と意見交換
改革に必要なのは「コミュニケーション、コミュニケーション、コミュニケーション」だと秋田氏は話す。このためグループCEOの木原正裕氏ら経営トップは2023年から、全国を回って社員との対話集会を開き、訪問した拠点は既に100カ所に達した。多くの社員と話すため、1拠点で8~10人との集会を1日8回繰り返したこともある。
「多くの拠点を訪ねるうちに社員も慣れて、素のままの顔を見せてくれるようになりました。予定調和ではない会話を交わす場づくりを重視しています」
たとえばある拠点では、社員から「執務スペースが狭くて窮屈だ」という声が上がった。このときは、隣室が空いているのを知った木原氏が「壁を取り払えばいいのでは」と提案し、拡張工事が実施された。これによって社員から「使いやすくなった」と喜ばれたという。
集会では「うちの拠点で社員が産休に入ったとき、隣の拠点から応援に来てもらうなど、拠点同士で一時的な人手不足をカバーし合う」といった好事例を聞くこともある。秋田氏や経営陣は、こうした事例を本社に持ち帰り、全国に発信している。
ただ対話の際には、経営陣が社員の話を聞き、要望や意見を的確に受け止める必要がある。このため2年ほど前から、役員を対象に「傾聴」のトレーニングも実施している。
「役職や年齢が上がると、聞くより話す機会のほうが多くなるので、自分では聞いているつもりでも『聞き下手』になってしまいがち。否定や判断をせず話を聞くことや、効果的な質問を投げかけて話を引き出す技術を学んでもらっています」
2022年11月に立ち上げた社内SNS「VivaEngage」も、2024年6月末で約2万4000人が利用し、260ものコミュニティが自発的に立ち上がっている。毎月発表する投稿数や「いいね」数のランキングには、新入社員や地方拠点のベテラン社員などがランクインし、幅広い社員が発信していることがうかがえる。
社員2人が一緒に社員証をタッチすることで、飲み物が無料になる自販機なども導入した。いずれも社員の「ワクワク」した気持ちを掻き立て、アイデアを表に出したりほかの社員とつながったりすることを促す仕掛けだ。
秋田氏は取り組みを積極的に発信する「社外へのコミュニケーション」も重視している。「社外の評価を社内にフィードバックすることが、社員の誇りや自信を育て、挑戦の機運を醸成することにもつながります」
一連の取り組みの結果、2022年から2023年までの1年間で、エンゲージメントスコアは59%へ、インクルージョンスコアも60%に上昇した。さらに「変革の実感」については52%から67%へと大きく伸びた。今後も「スピード感を持って走りつつ、また社員の意見を聞いて改めるべきところは改めながら取り組みを進める」という。
これらのスコアについて秋田氏は、「カルチャーが着実に変化したことを、後から確認できる遅行指数のようなもの」だと考えている。「社員の誰もが自律的に行動できる組織に変わり、企業として成長しなければ、お客さまの挑戦を支えることも難しい。人的資本を拡大させることは、当社が社会価値を創出するために不可欠の基盤なのです」
Text = 有馬知子 Photo = 今村拓馬
秋田夏実氏
みずほフィナンシャルグループ 執行役
グループCCuO 兼グループCBO