Works 183号 特集 Z世代 私たちのキャリア観 自分らしさと不安のはざまで

「職場運営法改革」による「ゆるい職場」が加速させる「成長できない」という不安

2024年04月26日

新卒社員の3年未満離職率は3割程度と高止まりを続けている。
リクルートワークス研究所の古屋星斗は、「成長意欲の高い人材こそが早く見切りをつける」と警鐘を鳴らす。その背景にあるものは何か。

リクルートワークス研究所が2022年に大卒1〜3年目社員に行った調査では、「現在の職場をゆるいと感じるか」を聞いた設問で、「あてはまる」「どちらかといえばあてはまる」と答えた人が約3分の1に上りました。私はこの現象を、「ゆるい環境を好む」という若者の意識の変化ではなく、「職場がゆるい」という職場側の変化によるものだと考えています。

職場環境の変化を促したのは、私が「職場運営法改革」と呼ぶ労働法制の改革です。

1つ目が2015年の若者雇用促進法。若者を採用する企業に対し、残業時間や有給休暇取得日数、早期退職率などの情報開示を求めた法律です。この法律は経営や人事に職場環境を改善するインセンティブを与えたという意味で、非常にインパクトが大きかった。売り手市場が続き、採用力を強化したい企業の増加も改善を後押ししました。2つ目、3つ目が、よく知られる2019年の働き方改革法、2020年のパワハラ防止法です。

これらによって日本の職場は若手だけでなくすべての人にとって劇的に働きやすく変わりました。しかし、同時に若手の離職率が上がり、リテンションや人材育成が難しくなっているのです。

残業させることも難しく、上司は「パワハラ」になることを恐れて叱れない。そうした「ゆるい職場」で、若手は叱られたこともなく、成長できるかどうかに不安を感じています。従来は労働時間の増加と離職率の増加は正の関係にありましたが、近年は労働時間が少なくなっても離職率が下がらないという不可思議な現象が大企業を中心に生じています。成長欲求の高い人材は、「自分にとっていい成長環境かどうか」を基準に、1〜3年で早々に見切りをつけて退職します。一方で「ゆるさ」を歓迎する層もいて、「ライフワーク・ライスワーク・バランス」(自己実現のための仕事と食べるための仕事のバランス)を重視する人や、プライベートを楽しむ人など、同じ会社の同じ世代に、まったく異なる価値観の人々が混在しているのです。

また、先の調査で、社会人になる前に企業と共同で行うイベントの運営や長期のインターンシップ、起業や法人の設立など、「社会的経験」を積む若手は、上の世代と比べて確実に増えていることがわかりました。入社時点で既に、経験やそれに基づく価値観の多様化が進んでおり、「新入社員」として一律に扱うのではなく、個に向き合うことが必須になっています。

ところが労働時間の減少、コロナ禍でのリモートワークにより、コミュニケーションの量が減っています。「若者は飲み会を嫌がる」といったステレオタイプの“若者論”もいまだに鵜呑みにされています。

多様化する若手の価値観を知る術がなく、上司は若手にただ忖度する。そして企業は離職を止め、成長を促す打ち手を講じることができない。職場の環境変化に応じた新しい育成手法が多くの企業で確立できていないというのが現在地です。

Text=入倉由理子 

古屋星斗

リクルートワークス研究所 主任研究員

一橋大学大学院社会学研究科修了後、経済産業省入省。産業人材政策や政府成長戦略立案に携わり、2017年より現職。法政大学キャリアデザイン学部兼任教員。近著に『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)がある。

Photo=リクルートワークス研究所提供

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