Works 183号 特集 Z世代 私たちのキャリア観 自分らしさと不安のはざまで

無言で会社を去る若者の隠れた失望に気づいて──NO YOUTH NO JAPAN 代表理事 能條桃子

2024年04月26日

デンマーク留学をきっかけに政治活動への関心を強め、2019年に若者の政治参加を促す団体「NO YOUTH NO JAPAN(以下、NYNJ)」を設立した能條桃子さん。
社会を変えたいと行動を起こす若い世代にはどんな特徴があるのか。
自己責任論が強まる社会で生き急ぐ若者世代の気持ちを代弁する。

能條さんは留学中、政治活動に参加するデンマークの同世代を見て、「自分が動いても社会は変わらない。既存のシステムのなかで賢く振る舞おう」というそれまでの考えが「めっちゃダサかった」と気づく。「日本も『誰かがいい感じでやってくれるだろう』ではなく、行動する人を増やしたい」と、NYNJを立ち上げた。

以来、選挙のたびに若者世代に投票を呼びかけ、2022年には、女性の政治家を増やし、政治分野のジェンダーギャップ解消を目指すもう1つの活動「FIFTYS PROJECT」も始めた。若者の意見を代弁する若い政治家を増やすため、原告となり被選挙権の引き下げを求める集団訴訟も提起している。

同年、日本総合研究所と共同で、30歳未満の人々の社会・政治に関する問題意識を調査。動物にたとえると、政治・社会への関心が低く現状に満足した「らっカンガルー」が全体の40%強と最も多く、社会変革を目指す「かえなキャット」は、15%に留まった。

「日本の大学時代の友人たちは、圧倒的に『らっカンガルー』。正社員として社内でも大事にされ、黙っていても給料は上がる。『ふかふか』で居心地がいい環境にいます」

「かえなキャット」タイプには「自分が恵まれた階層にいることに気づいている人が多い」と分析する。能條さん自身は地元の公立中で、さまざまな家庭環境の友人たちと接し、「社会的に弱い立場の人ばかりが損をするのはおかしい」という思いを抱いた。同じような経験を経て、活動を始めた友人は多いという。

多くの日本企業が求めるのは、変わり続ける事業環境のなかで、課題意識を持ち新しいものを生 み出す「かえなキャット」たちだ。しかしこの層に属するNYNJの元メンバーのなかには、ビジネスを通じた課題解決を志して就職するものの、数年で組織に失望し、「スキルを身につけたら辞める」と割り切ってしまう人もいる。

「日々の業務は社会課題とまったく関係ないように見えるうえ、社内のジェンダー不均衡などの矛盾にもモヤモヤし、働く目的を見失ってしまうのです」

優秀な若者使いこなせていない「すぐ辞める」原因を知って

「私たちの世代は、不満を抱いても反抗しない傾向が強い」と能條さんは言う。現状を変えたいと上司にやんわり訴えても、一度退けられたら何も言わず会社を去ってしまう。上司は辞めた原因を理解できず、ただ「Z世代はすぐ辞める」と思うだけだ。「優秀な人は多いのに、企業が使えていなさすぎると感じます。若手を平等に扱うことばかり重視せず、優れた提案をした人には活躍の場を与え、SNSの活用など若手が得意な領域は、意思決定も含め全面的に任せるといったことも必要ではないでしょうか」

パワハラを過剰に恐れ、必要なスキルを教えず放置することも、若手の意欲を削ぐ。スキルを伝える際にただ「こうしろ」と命じるのではなく、「なぜこの仕事に必要なのか」から説明することが必要なのに、説明の足りない組織を生きてきたミドルシニアは、ついこのプロセスを飛ばしがちだ。「理由も説明されず異動や転勤を命じられ、『会社に、大事にされた』経験が少ない中高年世代に、部下を『大事にする』方法はわからないかもしれません。しかし、それでは成長意欲の高い若手は辞めてしまう。考えを言語化し伝えることが不可欠だと思います」

活動を評価するデンマーク「考える」余白が必要

能條桃子さん

日本社会には「行動する若者」を必ずしも評価しないシステムや風潮があると、能條さんは感じてもいる。2015年ごろ安全保障法制への抗議運動を率いた若者の政治団体SEALDsも「参加すると就職に響く」などと言われた。

一方、デンマークでは政府が助成制度などを設 けて、若者の活動をバックアップする。企業も学生たちが政治・社会活動を通じて培った人脈やロビイングのスキルを高く評価していた。友人たちが「企業は私たちを欲しがる」と話すのを聞き、彼我の差を感じたという。

現地では、大学入学前に1年ギャップイヤーを過ごしたり、何年も留年して社会運動に参加したり と「学生がのびのびしていた」。大学の学費は無償で、すべての大学生に数万円の手当が支給される。社会に出てからも、働く時間が短いため政治活動やコミュニティ活動など、仕事以外の「ライフ」を持つことが一般的だ。

「経済的、時間的な余裕があるからこそ、社会課題を考える心のゆとりも持てます。日本ではリソースに恵まれない若者は、生活するだけで精一杯。弱者に対しても『努力が足りない』と自己責任論を内面化しがちで、社会変革に思いが至らないのです」

日本では学費と生活費を稼ぐためにアルバイトに追われる大学生も増えている。社会人にも「30代に達するまでに、つぶしの利くスキルを身につけなければ」「産めるうちに出産しなければ」と、駆り立てられるように人生を「生き急ぐ」人が少なくない。「コロナ禍では、日本にも例外的にデンマーク的な余白が生まれ、NYNJの活動もこの時期に始まったからこそ、急速に発展できました。日本ももっと『考えること』に時間を使えるような『余白』があったほうが、社会として健全でいられると思います」

能條さん自身は大学院を修了した後も就職せず、社会運動を続けると決めた。しかつめらしいイメージの強い活動を「楽しそう」なものに変え、より多くの若者を巻き込みたいと考えている。「社会を変えられると信じ、本気でそれに取り組む大人は魅力的だし、私もそんな先輩たちの後に続き、自分の能力を発揮していきたいと思います」

Text=有馬知子 Photo=伊藤 圭

能條桃子さん

NO YOUTH NO JAPAN 代表理事

慶應義塾大学経済学部在学中の2019年、デンマーク留学をきっかけに「NYNJ」を設立。SNSのフォロワー数は開始2週間で1万5000人に達し、現在は10万人に上る。2022年には女性立候補者を支援する「FIFTYS PROJECT」も立ち上げた。2023年、慶應義塾大学大学院(経済学)修了。

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