Works 187号 特集 組織と不正 その構造的要因を読み解く
AGCグループ/社内調査で不正の背景を解明 悪い情報ほど迅速な報告を徹底
AGCグループでは2017年、必要な検査を実施せず顧客に製品を納入していた問題が発覚した。背景に人手不足やコミュニケーション不全の問題があったとして、チーフコンプライアンスオフィサー(COO)を新設するなど再発防止に取り組んでいる。
問題が起きたのは、AGCの100%子会社「AGCテクノグラス」。2015年以降、一部の実験器具について、必要な検査をせずに大学や研究機関に納品していた。AGCグループが原因究明に当たった結果、3つの要因が浮上したという。
1つ目は、品質保証部門の人手不足だ。この問題は、検査に必要な試薬の入荷が滞った際に、同等の品質は維持できているとの判断から、顧客に発行された証明書には本来の試薬で検査が行われていると記載されたままだったことで起きた。「 品質のレベルは変わらなくとも、お客さまとの約束を守らなかったことは事実です。本来なら試薬の変更をお客さまに説明し、証明書の記載も変えるべきだった」と、環境安全品質本部の堀江巧氏は振り返る。さらに人手が足りなかったことで、顧客対応などが行われないまま2年以上が経過してしまった。
2つ目は「試薬がないからといって、生産を止めるわけにはいかない、という生産優先の風土」(堀江氏)があったことだという。
3つ目は、製造と品質保証部門、経営トップなどとの間で情報が共有されないというコミュニケーションの不全だ。製造部門から報告がなかったため、品質保証部門や経営トップは応急的な措置は終わって正常化していると思い込み、問題が放置されてしまった。
3重の防衛線で不正撲滅 通報者の心理的安全性を確保
同グループは問題を重要な事案と捉え、再発防止策としてチーフコンプライアンスオフィサー(CCO)を新設した。法務部長の松山雅幸氏は「以前からコンプライアンス委員会はありましたが、事業部門も含めグループ全体に指示する権限を持つ役職として、CCOが必要だと判断しました」と説明する。
また総務部の一部門だった環境安全品質室を独立させ、環境安全品質本部を作った。同品質部長の小西正哲氏は「品質に関するモニタリングを『ファーストディフェンスライン』である現場だけに任せず、本部がフォローアップすることでガバナンス機能を強化しました」と語る。
さらに監査部も通常の財務監査などに加え、正しい検査データが顧客に提供されているかなどの品質監査を実施するようになった。これによって現場と環境安全品質本部、監査部と、不正防止に3重の防衛線を設けたことになる。
問題発覚を機に「悪い情報ほど経営トップへ優先的に、かつ迅速に報告する」という「バッドニュースファースト・アンド・ファスト(BNF)」も明確に打ち出すようになった。経営トップも現場との対話の場を増やし、「コンプライアンスの問題は企業の存続に関わるので、品質に対する懸念や不適切な事例があれば、ささいなことでもすぐに報告してほしい」と繰り返し社員に呼びかけている。
報告する側だけでなく受け取る側の心得として「報告者を責めずに感謝の気持ちを表し、心理的安全性を確保する」ことなども規定に盛り込んだ。
アンケートで会社の姿勢示す 現場と管理職の乖離も明らかに
同グループは2018年、ほかにも不正が行われていないかを確認するため、国内のAGCグループ員を対象として品質に関する緊急アンケートを実施した。アンケートはその後も1年おきに行われており、2022年からは品質に関する項目だけでなく、職場のコミュニケーションやマネジメントに関する項目も追加した。
堀江氏は「アンケートを継続することは、不正があれば明らかにするという会社の姿勢を示し続けることになります。その結果、社員も疑問を抱いたときに、声を上げやすくなったと思います」と話す。
特に2020年に関しては「申し出てくれたら情状酌量する」ことを前提に、記名で実施した。その結果、数百件にのぼる申告があり、そのすべてを調査したという。調査を通じてわかったのが、上長と現場の意識に乖離が生じていることだった。
たとえば製造現場では多くの場合、顧客の要求に確実に応えられるよう、要求水準を上回る厳しい基準を設ける。管理職はそれを承知しているので、事情があって職場内の基準を一時的に下回っても、顧客の要求レベルをクリアしていれば容認する場合もある。しかし、このことが現場の従業員に「ルールが守られたり、守られなかったりする」という不安を抱かせ、申告につながっていた。「 申告があった職場には内容をフィードバックし、品質基準の目的や取引先の基準との違いを現場に説明するよう促すなどして、解決に取り組んでもらっています」(堀江氏)
グループ全体の内部統制底上げを図る
グローバルに展開する日本企業では、海外の遠隔地や商習慣が未成熟な新興国で、品質管理を含むコンプライアンスを機能させることも大きな課題となっている。
AGCでは2023年8月、グループ全体の内部統制について期間2年の特別強化プロジェクトを開始した。株式保有比率20%以上の約250社に対し、例外なくガバナンス体制、経理・購買などのシステム、業務分掌・ジョブローテーションを調査し、「AGCグループの一員として最低限の内部統制の仕組み」(松山氏)を整備するよう求めている。また、アジア各地で「コンプライアンス大会」を開き、現地各社のコンプライアンス教育への取り組みや不正防止に向けた草の根の取り組みを共有し、横展開もしている。「今後も引き続き、海外も含めたグループ全体の内部統制の底上げを図ります」と、松山氏は語った。
Text=有馬知子 Photo=AGC提供
小西正哲氏
AGCグループ
環境安全品質本部品質部 部長
堀江巧氏
AGCグループ
環境安全品質本部品質部
品質マネジメントチームリーダー
松山雅幸氏
AGCグループ
法務部 部長