Works 187号 特集 組織と不正 その構造的要因を読み解く

不正防止に果たす社外取締役の役割 カギは独立性と課題への理解

2025年01月16日

不正や不祥事を防ぐために、コーポレートガバナンスはどうあるべきか。東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)の調査統括や、複数の企業の社外取締役として企業不祥事からの立て直しに尽力した宇田左近氏に聞く。


不正が起きてしまう原因は、個別のケースによりさまざまです。もちろん不正を犯した本人に責任があるのは当然としても、突き詰めれば、根源的な問題は経営トップにあると私は考えます。問題があっても見過ごしてしまうような責任回避の風土や、上司の命令に逆らえない上意下達の組織を作ってしまったのは、まぎれもなく経営の責任です。

かつて私が在籍した外資系コンサルティング会社では、行動規範として“Obligation to dissent”、すなわち「異論を唱える義務」が掲げられていました。「権利」ではなく「義務」であることが、非常に重要なポイントです。風通しがよく自由にものが言える権利があることと、異なる意見や自分の考えを必ず表明しなければならない義務が課されていることとは、まったく意味合いが異なります。

コンサルティングという仕事は、経験則だけでは通用しない、複雑で不確実な課題に直面します。上司だから答えを知っているわけではなく、上意下達では問題は解決しません。多様な人たちが自分の意見を表明し、多様な知見を生かしてこそ、答えを見つけることができる。つまり、年齢や役職、ジェンダーなどにかかわらず、異論を唱えることが一人ひとりの義務として課されるのは、組織が価値を出すために必要だからです。

そういう組織を作れなかった経営トップが、不正が起きると、「原因究明と再発防止が私の役割だ」などと言って居直ることがあります。辞任すべきかどうかはさておき、私はそのようなトップの姿を見るたびに、そもそも原因が自分にあるという視点が欠けているのではないかと強く感じます。

組織が健全に機能するには、経営トップに異論を唱え、問題があれば警鐘を鳴らす仕組みが欠かせません。その重要な役割を担うのが、社外取締役です。社内の現場改善や内部統制だけでは限界があるところを、社外取締役がより独立した立場から経営の執行をチェックすることで、企業のガバナンスを効かせるわけです。いわば異論を唱える義務を負っている立場ですが、残念ながらうまく機能している企業ばかりではありません。

東京電力福島原子力発電所(福島第1原発事故の写真)取締役会の重要な役割は、執行の責任に対するチェック機能だ。国会事故調で見えたことの1つは、「東電は原発が止まるリスクは考えていたが、事故のリスクは考えていなかった。取締役会が機能していなかった」(宇田氏)ことだという。
Photo=時事

不祥事からの再生を図る企業に 社外取締役として深くコミット

ガバナンスは、形式から入ってはうまくいきません。会社をよくするために何が必要かを追求していった先に、ガバナンス改革があるのです。私が2011年から11年間社外取締役を務めた荏原製作所は、その好例ではないかと思います。ポンプなど産業用設備などを製造する老舗メーカーですが、2000年代に複数の談合事件への関与や副社長による不正支出などが相次いで発覚。2007年に社長が交代し、ガバナンス改革とともに経営の立て直しが図られることになりました。

その過程で社外取締役として参加し、執行と目的を共有して改革を進めるなかで、荏原製作所は、業務執行と経営監督が分離した指名委員会等設置会社に移行しています。指名委員会等設置会社では、指名委員会、監査委員会、報酬委員会を設置し、委員の過半数を社外取締役とすることが定められており、これらを機能させるために、社外取締役の重複をできるだけ抑えた結果、取締役会は代表取締役社長1人と非執行社内取締役2人、社外取締役7人という構成になりました。これも社外取締役を何人にするかという形式から入るのではなく、どうすれば適正なチェック機能が働くか、そのためにどういう人が必要かを議論していった結果です。執行側は社長のみ、残りは社外取締役という極めてシンプルな形に落ち着きました。

ただし社外取締役を増やしても、ただのお飾りでは意味がない。社外取締役には、執行からの独立性と課題を理解する力が必須です。もし社長のお友達を連れてきたら、チェック機能が働かないでしょう。また、著名な法律家や学者を入れれば不正が防げるわけではなく、著名な経営者の助言を聞けば戦略がうまくいくわけでもありません。社外取締役は、その企業の課題がどこにあるかを見つける力を持ち、独立した立場から質問、あるいは物申すことが求められます。そのためには会社を知り、人を知り、課題を知ることが必要で、副業感覚でできる仕事ではないと思っています。

当時、荏原製作所では取締役会の前に必ず社外取締役会議を開きました。社外取締役会議には、各分野の執行責任者が出てきて説明をするのですが、毎回、社外取締役からかなり突っ込んだ質問を浴びせられるので、執行責任者は入念に準備して会議に臨みますし、経営の執行にも緊張感が高まります。

社外取締役にとっても、会社の課題がどこにあるのかを知る絶好の機会でした。取締役会では活発な議論が交わされ、さらには私が取締役会議長に就任し、アジェンダの設定にも加わるようになりました。アジェンダを間違えると、適切な意思決定をしたり、執行の暴走を防いだりといった取締役会の機能を果たせなくなるからです。

取締役会がきちんと機能しているか、外部機関を活用した実効性評価も毎年行いました。その結果は社内にすべて開示し、経営のなかでPDCAが進んでいる様子が従業員にも見えるようになりました。

取締役は出世の「上がり」ではない 価値創出のためのガバナンス改革

なかでも大きく変わったのは、トップの選び方です。企業として価値創造を続けていくには、これまでの実績で評価された「までのひと」ではなく、これからの時代のトップにふさわしい「からのひと」を選ぶことが大切です。もちろん社長のお気に入りだから次を託されるということもありません。

そこで指名委員会では、2期先の社長、つまり12年くらいの将来を見越して候補者のロングリストを作成し、育成計画を立てました。社外取締役会議をはじめ、将来の経営候補者と直接顔を合わせる機会をできるだけ増やして、指名委員会の委員あるいはそれ以外の社外取締役が一人ひとりの人柄を知る努力もしました。

そうしていくうちに、会社の文化も変わってきました。以前は「出世していつかは取締役に」と考える社員が少なからずいたものですが、取締役会は執行の上位機関ではなく、別の役割であることがわかってきた。執行役が取締役に指名されると、「これで自分の執行のキャリアが終わるのか」と嘆く人まで出てくるようになりました。多くの企業ではまだこの「いずれは取締役」文化が残っており、その結果取締役会のなかの社内の取締役の間のヒエラルキーも温存される傾向にあるようですが、本来の取締役会の役割に沿ってあらためて考えてみる必要があるでしょう。

ガバナンス改革に取り組んで以降、荏原製作所では大きな不祥事は起こっていません。この間、執行トップの経営のリーダーシップにより、大きな価値創造を実現したことも広く知られています。説明のつかない議案は取締役会を通らないので、執行側には緊張感が生まれます。ただしそれは上意下達の緊張感とは違い、価値を生み出すために正しいことをやっているか、誰もが常にチェックされているという健全な緊張関係です。

健全なる緊張関係は、大きな間違いを防止することにつながります。一朝一夕で効果の出るものではありませんが、ガバナンス改革を着実に進めていくことは、不正や不祥事を防ぎ、企業の継続的な価値創造のために極めて重要なことだと考えます。

Text=瀬戸友子 Photo=宇田氏提供

宇田左近氏

チェンジウェーブグループ
エグゼクティブ・アドバイザー

日本鋼管(現・JFEホールディングス)を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニー、日本郵政専務執行役、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会調査統括などを歴任。その後も数々の企業の社外取締役を務める。