Works 187号 特集 組織と不正 その構造的要因を読み解く
従業員の1割強が不正に関与・目撃 長時間労働職場ほどリスクは大
人はなぜ不正に手を染めるのか。働く個人を対象に、不正の具体的な内容や要因、それらに対する有効な対策についての調査を行ったパーソル総合研究所研究員の中俣良太氏に聞いた。
パーソル総合研究所は2023年1~ 2月、「企業の不正・不祥事に関する定量調査」を実施した。全国の就業者(20~69歳の男女4万6465サンプル)を対象にしたスクリーニング調査を経て、5年以内に不正に関与したり目撃したりした群(3000サンプル)と、関与も目撃もしなかった群(1000サンプル)を比較する本調査を行った。
スクリーニング調査によると、不正に関与したり、見聞きしたりしたことがある人は、就業者全体のうち計13. 5%(下図)。中俣氏は「不正はニュースなどで時折報じられるので、それなりに身近なテーマではあるかと思っていましたが、1割強という数字は、事前の予想以上に多い印象を受けました」と話す。
業種別では「電気・ガス・熱供給・水道業」が20.6%と最多で、「複合サービス事業(郵便局、協同組合など)」(16.8%)、「宿泊業、飲食サービス業」(15.4%)が続いた。
不正に関与・目撃した人々にその内容を聞いたところ(下図)、「サービス残業が日常的に発生している」が63.8%で最多。そのほか、「基準を超えた長時間労働が長い間、継続している」が54.4%、「特定の従業員に対する組織的な嫌がらせやハラスメントが生じる」が48.1%など、「労務管理上の問題」を挙げる人が多かった。
続いて「個人の不正行動」である「会社のお金や備品を盗む」が38.6%。「法令や社内で求められる資格を得ないまま業務を行っている」(22.9%)、「不正について所管官庁への報告を控えたり、虚偽の報告を行う」(21.4%)などの「手続き違反」や、「実際には売上がないにもかかわらず、架空の売上を計上する」(21.2%)といった「不正な利益追求」、「個人情報や機密情報が流出する」(25.5%)などの「不適切表現・流出」で、2割台の項目が多かった。
具体的には何が起こっているのか。自由回答欄には、「日常的なサービス労働が当たり前になっている。実際にはシフト上の時間数より多く働いているのに、その分はただ働きである」(50代女性、宿泊業、飲食サービス業、自身が不正に関与)、「ポスティングの業務で前の担当が物理的に投函出来ない集合住宅で架空の投函記録を作成していた」( 50代男性、その他業種、不正を目撃)、「社外に出してはいけないデータが流出したがもみ消した」( 40代男性、製造業、不正を目撃)などの声が見られた。
属人思考や成果主義、不明確な目標設定が要因
調査では、「不正してもある程度は大丈夫だろう」という個人の不正許容度と、「組織は不正に対して黙認するだろう」という組織の不正黙認度を聞いている。「双方が、不正発生に対して影響を与えていると考えています」(中俣氏)。
個人の不正許容度と組織の不正黙認度を促すのは、どんな組織の特性や個人の状況があるのだろうか。両者で関連が強かった要因は、「属人思考」「不明確な目標設定」「成果主義・競争的風土」だ。特に組織の不正黙認度と関連が強いのは、「権威主義・責任回避」、個人の不正許容度と関連が強いのは「自由闊達・開放的」「スピード感・迅速さ」だった。
これらを総合して、中俣氏らは、不正を招くタイプを「窮地追い込まれ型」「不正軽視型」「権威からの押しつぶされ型」の3つに分類した。
1つ目は「窮地追い込まれ型」。たとえば経営陣があまりにも高い収益目標を設定し、その達成を現場に強く迫ると、社員は「チームのために不正せざるを得ない」と感じがちになる。2つ目の「不正軽視型」は、迅速な意思決定が求められて不正に走ってしまうケースが該当する。たとえ組織の業績が好調でも、社員が競争に追い立てられ「仕事を回すためにはルールを守っていられない」と感じてしまうのだ。3つ目の「権威からの押しつぶされ型」は、権威主義・責任回避的な組織風土や、「誰が言ったか」が重視される属人思考の風土が背景にある組織に出現しがちだ。上司に忖度しがちになり、結果として不正を行うリスクが高まるという。
「いずれのタイプでも、根底には過重労働や長時間労働があります。2000年代に入ってからはさらに人手不足の実感が高まり続けており、現場には余裕がなくなってきています。にもかかわらず、過去の成功体験にとらわれる企業の多くでは以前と同じ成果水準が求められています」
実際、残業時間が80時間以上の場合の不正の関与・目撃率は、10時間未満と比べて3倍近くの38.2%で最も高く、残業時間が長くなるほど不正の関与・目撃率が高まる傾向が浮き彫りになった。 個人の性格・特性と不正発生には強い関係性は見られなかった。確かに個人の不正許容度が高いと不正発生率は高まるが、組織の不正黙認度が高いことのほうが不正発生率を高めることに、より大きな影響を与えている。
「不正は、基本的には人の行為によって生じるものではありますが、特異なパーソナリティーを持つ個人によって引き起こされるというよりも、あくまで組織の問題です」
個人の不正許容度と組織の不正黙認度を業種別にマップ化したところ(右図)、「運輸業、郵便業」「医療、福祉」は、個人と組織のいずれもスコアが高く、不正発生のリスクが高い業種だと考えられた。一方で、「情報通信業」「学術研究、専門・技術サービス業」のリスクは相対的に低かった。
不正対策は「形式だけ」 組織への不信感浮き彫りに
次に、不正防止のための対策について聞いた。その結果、「実施されている」と回答した人は36.6%に留まる。さらにその施策に対して、「不正対策は、形式的に行われているだけ」との回答が43.7%を占める。対策への認識は、「会社は現場の実態をよく理解していないと感じた」(51.3%)という現場感の欠如、「責任者への処罰・制裁が少ない」(48.4%)といった対処の不徹底が多く挙がった。
一方で、不正発覚後に会社や組織が透明性の高い調査を行い、就業者の意見にきちんと耳を傾けることで、理解や納得が引き出せるとの希望も示された。不正に関与したり目撃したりした就業者に、会社対応後の意識について聞いたところ、3~4割が「会社や組織の現状が悪いところも含めて理解できた」「責任を取るべき人が(責任を)取ったと感じた」「仕事や会社について同僚がどう感じているかを知ることができた」と回答していた。「 会社の悪い部分が明るみに出て心が晴れたという『膿だし感』や、会社の対応について納得できたという『腹落ち感』を得られると不正の解決度は上がり、しっかり自分の気持ちを話せたという『吐き出し感』を得られると会社への不信感は下がったのです」
個人の内容理解に加え 情緒的共感が研修の要
具体的には、組織がどのような不正防止研修を実施すると、不正のリスクは低減するのか。中俣氏は「研修内容を理解するのに加えて、その内容について情緒的に共感することで、不正リスクは低減します。ところが、研修実施済み企業の回答者に聞いたところ、内容を理解し、かつ情緒的共感を覚えたとの回答は3割程度に留まりました。情緒的共感を上げることが、不正防止研修の要になります」と強調する。
情緒的共感の向上に有効なのは、不正に関する判例や事例の紹介・解説、多様性に関する説明、参加者同士の議論・ワークショップだったことも調査で判明。なかでも参加者同士の議論・ワークショップの実施率は相対的に低かったが、こうした従業員側の意見の吸い上げが、風通しのよい組織づくりのためには重要になってくるという。
調査では、不正に関与したり目撃したりした人の「幸福度」「組織コミットメント」「継続就業意向」のいずれもが、不正に関与・目撃していない人と比べて著しく低かった。さらに休日の過ごし方においても、「心理的距離」(仕事のことを考えないこと)と「リラックス」の項目は低かった。中俣氏は「長時間労働で余裕がなくなり、『逼迫して不正せざるを得ない』という個人の気持ちが表れた結果だと思います。私にとって意外だったのは、不正に関与せずとも目撃してしまった人で、関与した人と同じぐらいのネガティブな結果が得られたことです。不正が個人に与える影響がシンプルに出たのではないでしょうか」と話す。
一方で、不正発覚後に企業が対応していた場合の幸福度は、企業が対応しなかった場合と比べて高くなっていた。個人の働き甲斐や幸福度は、企業や組織の対応次第で変わってくることが、この調査から見えてくるといえよう。
Text=川口敦子 Photo =パーソル総合研究所提供
中俣良太氏
パーソル総合研究所
シンクタンク本部
研究員