Works 187号 特集 組織と不正 その構造的要因を読み解く

村木厚子氏に聞く 検察の同質性の高さが不正の温床に

2025年01月16日

元厚生労働事務次官の村木厚子氏はかつて検察の無謀な思い込み捜査によって、無実にもかかわらず逮捕・起訴された。捜査の過程では、検察側の証拠の改ざんまで明らかになった。この事件を機に司法改革を求める声は高まったものの、警察や検察、大企業の不祥事は後を絶たない。組織が抱える構造的な問題は何か、村木氏に語ってもらった。


郵便不正事件では、証拠となるフロッピーディスクのデータを改ざんしたとして、事件の主任検察官と特捜部長らが逮捕され大スキャンダルになりました。いろんな人に「村木さん、もっと怒っていいんですよ」と言われましたが、私は1人の公務員として「ほかの役所でも起こり得ることでは」という不安を強く感じました。さらにその後、企業でも不祥事が相次ぎ、役所に留まらず日本の組織に、不正を生む共通の構造があるのではないかと思うようになりました。

検察は、真面目な人もそうでない人もいる普通の組織ですが、内部にどれだけ人格者がいても不正を止めることはできなかった。司法試験に合格した男性が多数を占め、同一の仕事に携わっているという同質性の高さによって、組織の価値観が市民感覚とずれてしまっていたからです。

それを痛感したのが取り調べ中、優秀だと思っていた検事が「執行猶予がつけば大した罪にはなりませんよ」と言ったときです。一般人にとっては「やったかやらないか」が最も大事なのに、執行猶予がつけば「クロ」でもいいという論理に強烈な違和感を覚えました。しかも次に担当になった検事からも、まったく同じことを言われて「まさに職業病だ」と思いました。

ボスが方向性を決めたら部下は従わなければいけない、という上下関係の厳しいカルチャーが、検察官一人ひとりの自律的な判断力を奪い、「犯罪捜査のプロ」である検察組織に間違いは許されないというプレッシャーも、不正を誘引しました。ミスを表に出さないことは検察の信頼を維持して治安を安定させる、いわば国のためなのだという自己弁護のような論理も働きました。

無罪確定後、厚労省に職場復帰して検事総長に面会すると、開口一番お礼を言われました。「組織に無理が掛かっているのはわかっていても、内部からは変えられなかった」と、変わるきっかけを作ったことに感謝されたのです。

検察庁の外観郵便不正事件の後も、大川原化工機に対する冤罪事件など、検察のあり方が問われる事件が相次いでいる。
Photo=時事通信フォト

専門性が高いほどミスを隠そうとする 叩く国民側にも責任

イギリスのジャーナリスト、マシュー・サイドは『失敗の科学』という本のなかで、不正の隠蔽が多い仕事として医師と検察を挙げています。高度な専門資格が必要で、周囲からの期待度が高い仕事ほど、無謬(むびゅう)性にとらわれてミスを隠そうとするのは日米共通のようです。特に日本では、検察・警察はミスを犯すと徹底的に叩かれます。間違いを許さない私たち一般市民の側にも、責任の一端はあると思います。

検察によるデータ改ざんの背景には、公務員ならではの要因もありました。まず公務員試験の受験資格に年齢制限があり、転職者が入りづらいために同質性が高まりやすいこと。人事制度に年功色が残り、定年まで勤める人も多いため、中高年層は保守化して声を上げようとしなくなります。流動性が低い分、当事者の帰属意識が強まり、自分と職場を同一視して組織防衛に走る傾向もあります。

評価制度も要因の1つです。検察官は、本来なら真実を明らかにすることが評価されるべきなのに、被告人を有罪にするという組織特有の軸へと置き換わっていました。

こうした要因は、老舗の大企業にもある程度、共通するかもしれません。ただ民間企業では不祥事が起きると多くの場合、外部の専門家による第三者委員会が、徹底的に原因を調査します。しかし検察はデータ改ざんが起きたときも、「身内」である最高検察庁が検証しただけでした。

検証報告書を読むと、明らかになった不正については書かれていますが、明るみに出ていないことには一切触れておらず、隠れた不正を暴こうとする姿勢は見られませんでした。取り調べで検察官は多くの嘘をつきましたし、私はそのやり取りを記録にも残しています。しかし検証の際、私は一度も事情を聞かれませんでした。組織に問題があり変える必要がある、という認識はあっても、ダメージを最小限に抑えようとしたため、膿をすべて出しきれなかったのです。

嘘をつけない環境を作る ユーモアも大事

検察は事件後、いくつかの組織改革を行いました。1つは倫理規定として「検察の理念」を作り、指導教育を実施するようになったこと。「理念」そのものは検察官として当然の内容であっても、「これらは絶対守らなくてはならず、守らない場合は処罰します」という組織の姿勢を内部に示すことに、大きな意味があります。

2つ目は一部の刑事事件について、取り調べの全過程の録音・録画が義務づけられたこと。これは非常に大事なので、すべての事件に導入すべきだと考えています。

航空機の事故が少ないのは、ブラックボックスに管制塔とコックピットの会話や計器類の数値などがすべて残され、ミスや嘘が必ず露見するからです。捜査に関しても同じように「物理的に嘘をつけない」環境を作る必要があります。

3つ目は、組織に女性を増やしたことです。同じカルチャーで育った男性検事が、市民と自分たちの価値観のずれに気づけなくても「異分子」である女性たちは「おかしくないですか?」と声を上げるでしょう。それが隠蔽や不正の歯止めになり得るし、組織に柔軟さや新しい発想が加わることも期待できます。

自分の組織の不祥事を防ぐため、一人ひとりのメンバーにもできることはあると思っています。個人の力に限界はありますが、せめてユーモアを忘れず、心理的な余裕を持つこと。ほかの人の意見を面白がったり、「ボケ」たり「突っ込み」を入れたりすることは、組織の論理とは別の視点で客観的に物事を見ることに通じるからです。ただ組織のプレッシャーが強いとメンバーは思考停止に陥り、指示通り働くだけにならざるを得ないので、まずは組織が、メンバーが心理的な余裕を持てる環境を作ることが前提です。

「いつでも辞められる」と思えることも大事かもしれません。私は厚労省で課長になったとき、役所の正義と自分の正義がぶつかる場合には自分は辞めなければいけない、そのためには公務員住宅を出なければと考えて、家の購入を検討し始めました。

組織と決別してでも自分の主義を通すのは、とても難しいことです。ただ、特に若い世代にとっては売り手市場で転職もしやすく、ある意味で正義を貫ける立場にいるといえるかもしれませんね。

Text=有馬知子 Photo=村木氏提供

村木厚子氏

労働省(現・厚生労働省)入省後、女性や障がい者政策などを担当。郵便不正事件で無実の勾留。2010年に無罪確定後復職し、2013年に厚生労働事務次官。2015年退官。生きづらさを抱えた若年女性を支援する「若草プロジェクト」代表呼びかけ人。著書に『日本型組織の病を考える』(角川新書)などがある。