Works 187号 特集 組織と不正 その構造的要因を読み解く
自動車会社の相次ぐ不正の背景には「短期思考」
日本の産業界を引っ張る自動車業界での不正発覚が相次いでいる。トヨタグループ企業であるダイハツ工業や日野自動車に始まり、その後発覚した型式認証不正はトヨタ自動車、本田技研工業(ホンダ)、マツダ、スズキ、ヤマハ発動機の5社に及んだ。なぜここまで「不正」は広がったのか。長く自動車業界を取材している経済ジャーナリストの井上久男氏に聞いた。
国土交通省はトヨタ自動車を含む国内自動車会社5社の行為を「不正」だと判断した理由として、大量生産のために必要な「型式指定」を得るために安全性能などを確認する過程で、道路運送車両法で定められた通りの認証試験を行っていなかったことを挙げました。
これに対する企業側の言い分は、「結果的に法令を破ったことは申し訳ないが、自社の試験によって品質は保たれている。そのため安全上の問題はない」というものでした。トヨタ自動車は、後面衝突試験を国が定めた基準とは異なる条件で実施したが、自社の基準はより厳しいものだったと主張。マツダは、手順書通りに試験をしたので不正という認識はなかったものの、その手順書が法令通りに作成されていなかったと説明しました。それでは、これらの行為は「不正ではない」のでしょうか。
私はこれまでの取材経験から、認証試験の制度は複雑なうえ、法令で求められる試験と自動車会社が開発プロセスのなかで確認している安全性などの試験は別のもので、認証試験のなかには時代遅れと見られる項目があることは理解しています。ただし日本が法治国家である以上、企業は法令に従うべきです。もし、法令が実態に合っていないのであれば、自動車業界が一丸となって実態に合う法令になるよう国土交通省に提言していくべきではないでしょうか。
大企業の要請で下請けの負担増 コスト削減が不正に走る温床に
自動車業界は自動車会社を頂点とし、さまざまな素材メーカーや部品メーカーが連なる巨大なサプライチェーンによって成り立っています。これまでその上流にある大企業が、下請け会社に無理な注文を繰り返してきました。
公正取引委員会は2024年7月、トヨタ自動車子会社「トヨタカスタマイジング&ディベロップメント」に対し、下請法違反行為があったとして、再発防止策をとるよう勧告しました。下請け事業者に自社の金型を無償で保管させたほか、製品を受け取った後、品質検査を行っていないにもかかわらずその製品に瑕疵があるとして下請けに引き取らせていたというのです。下請けに無理な注文をして、その注文を受け入れたら次も仕事を回すというような方法そのものが不正であるだけでなく、下請け側は負担が大きくなりすぎ、コスト削減のために不正に走る温床にもなりかねません。
また、ダイハツの不正に関する第三者委員会の調査報告書は、短期開発のため「過度にタイトで硬直的な開発スケジュール」が組まれ、衝突安全試験の担当者は「不合格は許されない」という「まさに一発勝負の」強烈なプレッシャーにさらされていたと指摘しました。安全性能担当部署の人員数は、2022年にはピークだった2010年比で3分の1に減少、アンケート調査でも「人員が圧倒的に不足している」との回答が寄せられました。
ダイハツは2016年にトヨタ自動車の完全子会社になっています。トヨタ自動車からダイハツには管理職を含めた人材が派遣されており、「もっとやれるだろう」という期待と同時に、さらなるコスト削減を求める雰囲気があったのではと推測しています。
将来を見据えた仕事の減少が 日本企業の力が落ちる原因に
ダイハツに限らず近年、多くの日本企業では、1年単位での業績アップが重視されるようになりました。加えて、経営学者も指摘しているように必要以上に品質を追い求める「過剰品質」、必要以上にコンプライアンスを配慮する「過剰コンプラ」そして「過剰な分析」の「3つの過剰」を志向する傾向が強まり、多くの従業員は目先の仕事に追われるようになりました。
一方で、自社が中長期的にどんな存在になっていきたいかや、そのためにどんな事業にチャレンジしていきたいかなど、将来を見据えた仕事や本来やるべき仕事の割合が減り、求められるのは短期的な収益アップやコスト削減ばかり。そんな会社の姿勢に、従業員は働くモチベーションを下げていく。これが、日本企業の力が落ちる原因の1つになっています。
短期の業績はよくても現場の管理能力が落ちている会社もあるでしょう。その最たるものが、死者を含む健康被害を引き起こした小林製薬です。人の口に入る機能性表示食品を取り扱っていたのにもかかわらず、工場で製造工程の管理ができていなかった。情報開示への意識も低く、すばやい対応や対外的な説明がうまくできませんでした。創業家の影響が強く、現場は意見が言えない雰囲気だったのではないでしょうか。
最近、アメリカ人投資家に取材した折に「日本の会社は『PDCA』の『P』を作ることに時間をかけすぎている」と聞きました。私もそう思います。多くの日本企業は過度に失敗することを恐れるために「失敗しないP」を作ることに時間をかけすぎです。まず実行し、うまくいかなかったときに細かく軌道修正するという柔軟性がなくなっています。
技術革新など時代の流れが速い今は、これまでの仕事のやり方や標準とされてきたもの自体を変えていかなければならないときです。だからこそ、これまでの進め方について異論を出す人材と、その異論を受け入れて判断するトップの役割が重要になってきます。
過去に私が朝日新聞記者としてトヨタ自動車を批判する記事を書いたとき、広報を通じて豊田章一郎氏(トヨタ自動車名誉会長、故人)から呼び出されたことがありました。びくびくしながら会いにいったところ、「不愉快だが、間違っていない部分もある。トヨタに謙虚さがなくなっていると思うこともあるので、これからも健全な批判を書いてくれ」と言われ、トップの器の大きさを感じたものです。
しかし残念ながら、トップに問題があるときには誰が正すべきでしょうか。私は、組織の内部と外部の両方からの目が大事だと考えます。従業員は内部通報制度をうまく使って情報を伝えてほしいし、株主は株主総会、社外取締役は取締役会でそれぞれ毅然として経営陣に意見してほしい。特に社外取締役は経営の監督に留まらず、必要な場合にはトップの交代を主導することまで求められているのですから、責任は重大です。会社を変えるために、積極的に摩擦を生む発言をしてほしいと期待しています。
Text=川口敦子 Photo=井上氏提供
井上久男氏
経済ジャーナリスト
九州大学卒業、大手電機メーカーを経て朝日新聞社へ入社。名古屋、東京、大阪の経済部で自動車や電機産業などを担当。2004年に独立。著書に『メイド イン ジャパン 驕りの代償』(NHK 出版)、『トヨタ 愚直なる人づくり』(ダイヤモンド社)ほか。