Works 187号 特集 組織と不正 その構造的要因を読み解く
野中郁次郎氏インタビュー 日本企業は『失敗の本質』に立ち返れ 不正頻発の根本に「3つの過剰」
ここ数年、誰もが知る著名企業で数々の不正問題が発生している。要因はどこにあるのか。世界的に著名な経営学者で、日本軍の失敗の要因を解明した名著『失敗の本質』の著者の1人でもある野中郁次郎氏に背景にある問題と解決策を聞いた。
この数年発覚している大企業、有名企業による組織的な不正の背景には、バブル崩壊後の30年余りの間で、日本企業が自信を失い、救世主のように欧米流の合理主義的経営手法を導入したことにあると考えています。売上や利益、株価はもちろん、ROE(自己資本利益率)など業績数字やその達成のためのKPI(重要業績評価指標)などをあまりに重視した結果、経営という世界の“数学化”が起こってしまったのです。
数字で記載された成果を上げるには、精緻な経営計画が必要になります。さらに、うまくいった要因、うまくいかなかった要因を分析し、予想外のことが起こらぬよう、法律の遵守も含め、上からしっかり統制しなければなりません。結果的に、これらが行きすぎて、オーバー・プランニング(計画過剰)、オーバー・アナリシス(分析過剰)、オーバー・コンプライアンス(統制過剰)に陥ったのです。
この3つの過剰は、現場を疲弊させ、人々の持つ創造力や野性を劣化させたのではないでしょうか。マイクロマネジメントになると従業員が指示待ちになり、創意工夫をせず、想定外の事態が起こっても機動的に対応しない。小さな違和感があっても声を上げない。数字の達成が目的となり、顧客のため、社会のため、という本来の目的が見失われ、ついには思考停止に陥っていったのではないかと思います。
われわれは、人間の本質を、未来の共通善の実現に向かって他者と真剣な対話を繰り広げながら、物事の意味と価値を創造する動的な主体であると捉えます。そのモチベーションの源泉は、外的なインセンティブや罰則ではなく、内から湧き上がる内発的動機づけにあるはずです。ところが3つの過剰はこうした人間観を否定し、人間の内なる自律性を阻害したばかりか、仕事の目的や意味を見失わせる事態に現場を導いたのではないでしょうか。
日本軍「失敗の本質」は過去の成功体験への過剰適応
われわれが40年前に上梓した『失敗の本質』は幸い何度も版を重ね、多くのリーダーの必読本になっているようです。この本では太平洋戦争における日本軍が敗れた6つの作戦を取り上げ、その要因を探りました。
結論は「過去の成功体験への過剰適応」というものでした。日本軍は日露戦争における、陸の「白兵銃剣主義」、海の「艦隊決戦主義」という成功パラダイムから抜け出せず、それを革新することができなかった。結果として、組織内外の変化に対応する自己変革(selftransformation)型組織になり得ず、逆に、巧みに自己変革を遂げた米軍、特に海兵隊の前に屈せざるを得なかったのです。
ほかにも本書では、戦略の曖昧さ、短期志向、組織の縦割り、異質性の排除、トライアル・アンド・エラーの軽視、空気の支配、不都合の隠蔽などを失敗要因として挙げています。まさに、不正問題も含む現代の大企業病と通底するものが、既に日本軍にはあったのです。
組織には慣性の法則が働き、変化は嫌われます。変えようとする力が強くなると抵抗勢力が生まれ、それが強くなると組織と人のダイナミズムが失われ、気がついたころには、手遅れになってしまう。俗にいう茹でガエル現象ですが、これが日本軍にも、今問題になっている企業にも見受けられます。
われわれが提唱する知識創造理論は、この日本軍の失敗を反省材料として紡ぎ出したものです。端的にいえば、目に見えない暗黙知と見える形式知を相互転換させながら、新たな知を組織的に創造し、自らも自己変革するプロセスを明らかにしました。それがうまく機能すると、どんな環境にあっても、メンバーが持つ無限の潜在能力を開放し、不断の自己革新が行われる、しなやかで強い組織ができあがります。
6つの能力から成る 実践知リーダーシップ
そうした組織を作り上げるには、実践知に溢れたリーダーシップが不可欠です。実践知とは古代ギリシャの哲学者、アリストテレスが唱えた概念で、フロネシスと名付けられ、日本語では賢慮、あるいは実践的知恵と訳されます。それは善いことの実現に向かい、物事の複雑な関係性や文脈に配慮しながら、適時かつ適切な判断と行動ができる、身体性を伴った実践的な知恵のことです。
実践知リーダーとは次の6つの能力を備えている人物です。
1つは「善い」目的を作る能力です。最近の言葉でいえば、パーパスと言ってもいいでしょう。
2つはありのままの現実を直観し、背後にある意味や文脈を見抜く能力です。現場から普遍的真理を洞察する力と言ってもいい。
3つは公式でも非公式でも、人々が集まり、対話する場をタイムリーに作り出す能力です。
4つには直観した本質をメタファー(隠喩)などを使いながら、巧みに物語る能力です。
5つは政治力を行使しながら、「物語り」を何がなんでも実現する能力です。この場合の「物語り」というのは戦略とも言い換えられます。いずれにせよ、戦略とは人々をわくわくさせる物語りでなければなりません。
最後6つは、実践知リーダーを育み、組織化する能力です。
日本軍のような大企業病に罹らず、たとえ不正問題が起こったとしても、すばやく解決でき、イノベーションを次々に生み出せる自己変革型組織を作るためには、経営や人事はこういった実践知リーダーの育成と配置に注力する必要があります。
不正の芽というのは現場で察知できるものです。たとえば上の3にあたる能力をリーダーが発揮して場をうまく作り、事象の背後にある意味や価値を集合的に洞察する、妥協や忖度のない対話を行う知的コンバットが社内で日常的に行われれば、不正の芽は早期に摘まれ、消え、むしろイノベーションの芽があちこちで生まれるでしょう。
カギを握るのは現場のミドルです。
3つの過剰経営は欧米型のトップダウンマネジメント下で行われてきました。これには、トップが大きな理想を掲げ、全体の方向性を出しやすいという長所がある半面、現場が指示待ちになるという短所があります。
一方のボトムアップマネジメントでは現場のモチベーションは向上し、メンバー一人ひとりの力を引き出すことができますが、大局観が失われる可能性があります。それらに対し、われわれが提唱してきたのが、ミドルがトップの理想とフロントが直面する現実という、相反する矛盾を解消し、矛盾を超える新しい知識創造を組織的に牽引するミドルアップダウンマネジメントです。実際、かつての日本企業の栄光を支えてきました。
私は、このようなマネジメントのあり方を、共通善に向かって、「あれかこれか」ではなく、動く現実のただなかで「あれもこれも」と綜合し、「より善い」を無限追求する「二項動態経営」と呼んでいます。不正問題を根本的に解決するには、二項動態経営の基盤となるミドルアップダウンマネジメントの再評価とプロジェクトマネジャーを含めたミドルの復権、そして健全な知的コンバットの場づくりを視野に入れるべきでしょう。
Text=荻野進介 Photo=勝尾 仁
野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
Nonaka Ikujiro 1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院博士課程修了。知識創造理論の提唱者でありナレッジマネジメントの世界的権威。2008年米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された。『失敗の本質』『知識創造企業』など著書多数。