Works 187号 特集 組織と不正 その構造的要因を読み解く

不正・不祥事の説明責任をどう果たすか 社会の倫理を見極め透明性を高めよ

2025年01月16日

不正や不祥事が発覚した後の情報発信において、組織が気をつけるべきポイントは何か。2010年前後のトヨタ自動車による大規模リコールの際に広報部担当部長を務め、現在はスウェーデンのコンサルティング・ファーム、クレアブ(日本)代表取締役社長として広報やグローバルリスク戦略を支援する土井正己氏に聞いた。


トヨタ豊田章男元社長の米議会公聴会の様子トヨタはアメリカで起きた大規模リコール問題で、当時の豊田章男社長が米議会の公聴会に出席し、品質管理についての考え方を説明した。
Photo=EPA=時事

不正や不祥事の発覚後の情報発信において、多くの組織が記者会見で失敗しています。その典型的な例は、日本大学が2018年に開いたアメリカンフットボール部の悪質タックル問題を巡る会見です。当時、監督を務めていた人物は「タックルは私からの指示ではない」「(タックルをした選手の)プレーを見ていなかった」などと述べ、あたかも「自分たちは悪くない」と釈明しているように感じられる発言に終始しました。

私から見ると、こうした発言は「組織の論理」をベースにしたもので、「社会の論理」を理解していません。会見する側が、会見で社会に何を伝えるべきなのかがわかっておらず、組織の信頼回復に向けた戦略を立てられていないために、このような失敗がしばしば起きるのです。

社会の論理を見極めたうえで 謝罪と主張の切り分けが重要

私は以前、トヨタ自動車に30年間在籍し、2008年から2014年に広報部担当部長を務めました。2009年、アメリカでトヨタの車に乗っていた家族4人が衝突事故で亡くなり、トヨタが大規模リコールを実施した後にも「アクセルを踏んでいないのに急加速する」という、後になってみれば事実ではないニュースが流れ、トヨタが多くのメディアから批判されるというスキャンダルがありました。

その激動期に私が得た教訓は、情報発信においては透明性を確保し、謝罪するべきところは謝罪する、しかしその一方で、会社として主張するべきポイントは切り分けることが重要だということです。

当時、会社では朝から晩まで会議ばかり。顧客や取引先、従業員など国内外のさまざまなステークホルダーにどう説明したらいいか、そのすり合わせで多忙を極めていました。そういうときには、「法的に問題がないかどうか」といった会社の論理で話すことが多くなりがちです。報道をチェックする時間はなく、社会でどう受け止められているかが見えなくなっていました。

そこで、私は週末にまとめて報道をチェックし社会の論理を見極めようとしました。そのうえで、社会に向けて「謝罪するべき点」と、会社として「主張するべき点」をどのように切り分けるか、豊田章男社長(当時)と相談を重ねました。トヨタの広報部は当時社長の直轄部署で、トップと話しやすい環境があったのです。

豊田氏は2010年にアメリカで開かれた公聴会で、事故で亡くなった家族の名前を挙げ、「ご冥福をあらためてお祈りします。このような悲劇を二度と起こさないために私は全力を尽くします」と述べました。たとえトヨタとしては国の基準に従って車を造ったと考えていたとしても、現実として死亡事故が起きて大規模リコールに至り、トヨタが造った車に不安を感じている顧客がいる以上、謝罪するべきところは謝罪するとの判断でした。

原因究明と再発防止策はセット 歴史に傷をつけない形で終結を

ただ当然のことながら、企業や組織の対応は謝罪で終わるわけではなく、原因究明と再発防止策の作成までをセットで進めていかなければなりません。

トヨタでは、リコールが大量に発生したことに関しては謝罪をし、原因を徹底究明して再発防止策を公開しました。そうしたなかで、「アクセルを踏んでいないのに急加速する」「リコール対象車の不具合は、電子制御システムが原因ではないか」との報道が続出し、賠償請求訴訟も起こりました。

「謝罪するべきところは謝罪する」と言いましたが、私たちにとってあり得ないことについて、謝罪はできません。会見では「勝手に車が走り出すことは起きません」と伝えるとともに、アメリカの主要メディアのジャーナリストを日本に招き、フェールセーフ(部品の故障や破損、操作ミス、誤作動などが発生した際に、なるべく安全な状態に移行するような仕組み)の思想を伝えました。実際に試験場を見てもらうことで、ジャーナリストには納得してもらえ、複数のジャーナリストはアメリカに帰国後、「問題はトヨタではなく、ドライバーの踏み間違いによる加速」と書き出しました。

ごまかさず、隠さず、透明性を高めて発信していくことが、危機に陥ったときほど大事になってきます。

最終的には2011年、アメリカ運輸局が専門知識を持つNASAのエンジニアとともに調査した結果として「トヨタの車両に電子的な欠陥を発見しなかった」とする報告書を発表。このころまでには、トヨタとしても車の開発期間を長くして世界各地で試験するなどの再発防止策も作成しており、事態は一段落しました。この報告書が出たときにエンジン部の社員が泣いているのを見て、私もぐっとくるものがありました。事態がヒートアップした後に、歴史に傷をつけない形でクローズするまでが仕事だと感じたものです。

広報部は、さまざまなステークホルダーと日ごろのコミュニケーションを取るのに加えて、不正や不祥事が明らかになった際のリスクマネジメントも担います。その意味では、2024年のトヨタの「型式不正」を巡る会見での対応は、少し課題を感じました。

豊田章男会長は当初、会見に出る予定はなかったものの、「トップが謝罪しないと」という思いで会見に参加することになったと伝え聞いています。そのこと自体は評価に値しますが、説明内容には、いささか疑問を感じました。豊田氏はトヨタ自動車会長であるとともに、日本自動車工業会(自工会)の前会長でもあります。もし現在の制度に何か問題があるのなら、前会長として各方面に橋を架けて監督官庁に提言していくことができる立場にあり、今後の対応に期待したいところです。

不正や不祥事の発覚後の対応には、経営者自身の資質が問われます。ビジネススクールでは財務や経営、企画、法務を学ぶ機会はありますが、広報分野は体系化されていないことが多いので、学びにくいという側面はあります。

ですが、組織として危機に陥ったときこそトップの伝え方が重要なのです。今後は、トップが一度は広報担当役員を務めるキャリアパスを作ったり、平時からメディアトレーニングやリスクマネジメントに関する研修を受けたりするなど、経営者教育が必須になるでしょう。

Text=川口敦子 Photo=土井氏提供

土井正己氏

クレアブ代表取締役社長
KREAB WORLDWIDE 上級副社長

トヨタ自動車に30年間在籍し、欧州駐在を経てグローバルコミュニケーション室長、広報部担当部長などを歴任。広報、宣伝、モーターショー、CSR、渉外を一体化したインテグレイテッド・コミュニケーションの体制の構築に尽力した。2016年より現職。企業ブランディングや危機管理が専門。