Works 187号 特集 組織と不正 その構造的要因を読み解く
公益通報制度があっても「相談・通報せず」は4割 通報を機能させることは経営そのもの
組織に不正があると知ってしまったら、あなたならどうするだろうか。そして、内部告発をされた組織はどのように対応するべきだろうか。朝日新聞記者として内部告発を長く取材してきた上智大学教授の奥山俊宏氏に、具体的な事例とそこから読み取れる教訓について聞いた。
内部告発をされた組織のあり方として2024年、兵庫県知事の斎藤元彦氏の対応が注目を集めた。兵庫県議会が設置した百条委員会に参考人として招かれた奥山氏は、「知事らの対応は、公益通報者保護法に違反すると考えます」と断言する。
斎藤氏らは、匿名の内部告発者をメール調査で探し出し、当時の西播磨県民局長を特定し、停職3カ月の懲戒処分にした。この判断を巡り、主な法令違反は2点あったと奥山氏は言う。
1つ目は、内部告発を知った初動の段階で、告発者が誰なのかを真っ先に調査したこと。法令では、公益通報者の探索を防ぐ体制の整備が県庁など大きな事業者には義務づけられている。2つ目は、告発者を3月に局長職から解任し、決まっていた退職を撤回し、5月に懲戒処分にしたことだ。告発者は7月に自殺した。法律では、公益通報をしたことを理由とした不利益な取り扱いは禁じられている。知事らの対応はこれらに違反すると奥山氏は指摘する。
「いったん冷静になって法的な検討を待つべきでした。軽々に『真実相当性なし』『公益通報に該当せず』と判断するのは誤りのもとです。民間の大手企業のガバナンスについてはこの25年、改革に次ぐ改革が繰り返されましたが、それに比べ、省庁や自治体はガバナンス改革と無縁でした。それもあってか自分たちが公益通報者保護の担い手だという自覚が薄いのです」
法整備により内部告発で 不正が表沙汰になる事例が相次ぐ
日本では2000年代に入ってアメリカやイギリスの法律を参考に、告発者を法的に保護するための法律を制定しようという機運が高まり、2006年に公益通報者保護法が施行された。
内部告発によって不正が表沙汰になる事例も相次いでいる。奥山氏は著書『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実』で、オリンパスやイオン、レオパレス21などさまざまな組織の事例を紹介。特にオリンパスは、勤続30年の元社長から入社2年目の若手社員まで、さまざまな階層の従業員が内部告発し、「具体的な事例のいわば宝庫」だという。
2011年、大規模な不正経理疑惑を問題視したところ逆に取締役会によって社長を解任されたイギリス人役員が、イギリスの経済紙や各国の捜査当局に内部告発したところから問題が本格的に報道されるようになった。同社の株価は急落し、元会長らが逮捕された。
また同社では、コンプライアンス室が社内の窓口に通報した社員の身元を上司に伝え、直後、その社員が未経験の職種に異動させられ、訴訟に至った事例もある。東京高裁は社員側の全面勝訴とし、「人事権の濫用」を認めるとともに、「コンプライアンス室の対応は守秘義務に違反したもの」と判断した。奥山氏は「オリンパスには内部告発者を隅に追いやろうとする企業風土があるのではないか」と指摘する。
建前では「ありがとう」でも 裏切り者扱いされる恐怖心も
公益通報者保護法は2022年に抜本的に改正され、組織は通報に適切に対応するための体制の整備を求められるようになった。奥山氏は「体制整備の義務づけは日本オリジナルの仕組みで、改正法のその部分は『まったく新しいルール』だといってよい」と評価する。
ただ、実際に働く人々の間で内部通報をしやすい雰囲気が醸成されているかどうかは別問題だ。消費者庁が2024年2月に発表した、「内部通報制度に関する意識調査(就労者1万人アンケート調査)」の結果によると、勤務先で重大な法令違反を知った場合、「たぶん相談・通報しない」との回答は30.2%、「絶対相談・通報しない」は10.9%で、計約4割が勤務先や外部への通報に否定的な姿勢を示した。
実際に勤務先や外部に「相談・通報したことがある」と回答した476人にその後の心情について聞くと、「相談・通報して良かったと思う」との回答は69.5%だった一方で、「相談・通報して後悔している」が17.2%、「相談・通報して良かったこともあれば、後悔したこともある」が13.2%と、揺れ動く心情も垣間見える。「後悔」の理由としては、「不正に関する調査や是正が行われなかったから」「勤め先から人事異動・評価・待遇面などで不利益な取扱いを受けたから」との回答が多かった。
奥山氏はこの結果について、「組織が建前として通報者に対して『ありがとう』という姿勢だとしても、働く人々の本音としては、裏切り者扱いされるかもしれないという恐怖心をぬぐいきれないのではないでしょうか。特に組織の大元の機微に関わること、ビジネスモデルそのものの根幹に関する告発だと、経営側もモードが変わって柔軟性を失いがちになるケースがある」と話す。
福島第一原発事故を起こした東京電力では事故3年弱前に土木専門の技術者らが、想定すべき津波の高さを、敷地の高さを上回る10メートル超に引き上げるべきだと考え、社内でそう提案した。だが土木技術者らは、上司である原子力設備管理部長らと直接会って議論する機会を得ることすら苦労する状況だった。土木グループマネージャーは部下の技術者らに、喫煙室でタバコを吸いながら部長らと交流するよう勧めたり、会議で新しい物事を提案する際には必ず事前に根回しする必要性を部下に諭したりしている。
「これでは、正式なルートを介した認識共有や検討、議論が遅れ、組織内部での責任の所在があいまいになります。こうした風土の企業では、内部告発した人間をも異端視しがちとなるのでしょう」という奥山氏は、こう続けた。
「組織の内外の異論に耳を澄ませてそれを生かす必要性は、リスクや不正といったマイナスの情報だけではなく、業務プロセス改善や斬新な技術開発といったプラスの情報の場合にも当てはまることです。このような情報の伝達と共有、経営判断への取り込みの過程は、組織の構成員が経営にエンゲージすることそのものということができます。逆にいえば、そのようなプロセスを目詰まりさせず、実効的に機能できるようにすることは、経営そのものです」
Text=川口敦子 Photo=奥山氏提供
奥山俊宏氏
上智大学文学部新聞学科 教授
東京大学工学部卒業後、朝日新聞社に入社。著書『秘密解除 ロッキード事件 田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店)で第21 回司馬遼太郎賞を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道で日本記者クラブ賞を受賞。2022年より現職。