Works 184号 特集 多様な働き方時代の人権

パートを正社員化し、全ポストを公募するイケア・ジャパンの人権への取り組み

2024年07月24日

イケア・ジャパンは、短時間正社員制度を導入して、全コワーカー(学生・短期雇用者を除く)を正社員とし、同一労働同一賃金を実現するなど、従業員に対して平等な処遇と成長機会を提供する施策を推し進めてきた。
取り組みを通じて、社員の間にも互いの意思や価値観を尊重する風土が根付いたという。


イケア・ジャパンでは現在、全国の13店舗で約3600人の従業員が働く。人事を統括するPeople & Culture Managerの朝山玉枝氏は、「イケアがなぜ、人権を尊重するかと問われても、それはイケアに当たり前のように埋め込まれているとしか答えようがありません」と話す。「組織での人権重視を体現するのは、ED&I(イクオリティ、ダイバーシティ&インクルージョン)な状態。それを作り出すことによって初めて従業員同士が信頼し合い、互いの価値観を尊重できるようになるのです」

企業主導の異動はなく、すべてのポストが「Open IKEA」という社内公募で決まる仕組みを通じて平等にキャリアアップの機会を提供する。さらに2014年には、学生と2カ月以下の短期雇用者を除く全従業員を、無期雇用の正社員に転換。就業時間の長さによる待遇・報酬の格差をなくす「同一労働同一賃金」も導入した。学びの機会も個人の成長や目指すキャリアに合わせてプランニングする。

「会社が社員に対してED&Iを重視する態度を示すことで、従業員も会社が『有言実行』だという信頼感を持つようになり、自分も他人に対して平等に接するようになります」 ED&Iを重視する姿勢の根幹にあるのは、すべての意思決定の指針となる8つの「バリュー」だ。バリューは「連帯感」「手本となる行動でリードする(リーダーシップ)」などが掲げられており、その内容を説明する「人への信頼」「個人の力を信じる」といった言葉も、日常業務のあらゆる場面で頻繁に使われている。

「ミーティングでも上司との面談でも『バリューのここが達成できていない』といったやり取りが交わされます。また、日々の業務のなかで毎日バリューの片鱗を浴びることで、頭だけでなく心にも浸透していくのです」

フィードバックは率直に
安心感が活発な議論を生む

バリューという全職場共通の言語と価値観を持つことで、自然と家族的なつながりも生まれる。ただお互いを信頼するぶんフィードバックも率直になるため、侃々諤々の議論が起きたり、バリューに合わない行動をきちんと注意したりもする。「たとえば人を貶めたり、意地悪をしたり。そんな人が職場にいたら、私は黙ってはいません。『手本となる行動でリードする』といったバリューを毀損する行動に対しては、厳しい態度で臨みます」

一方で、たとえ誰かが失敗しても、周囲は「将来への学びになる」と、ポジティブに捉えるのだという。「課題を指摘する際も、相手を責めるのではなく『改善のため一緒にアイデアを出し合おう』という姿勢で向き合います。だからこそ、安心して働けるのだと思います」

採用でも学歴や性別、年齢などは一切問わず、「バリューに合うかどうか」が基準となる。朝山氏自身、19年前に採用面接を受けたとき、バリューを書いた冊子を参照しながら、バリューに沿った質問を受けた。バリュー重視の姿勢は、綿々と同社に受け継がれているのだ。

また、社内公募で人材を選定するときも、応募者の能力・スキルなどを記載した「コンピテンス・プロファイル」に加え、バリューの1つである「リーダーシップ」が重視される。「イケアは管理職だけでなくコワーカー(一般従業員)にも、主体的かつ手本となるような行動をするリーダーシップを求めます。特にマネジャーはビジネスの成果と、リーダーシップを発揮し部下の目指すキャリアをサポートするピープルマネジメントが、半々の割合で評価されます」

働き方は自分で作る
柔軟に個人のニーズに対応

2014年にパートタイマーを「短時間正社員」に転換したのは、「コワーカーに自分たちも活躍できるという自信を持ってもらい、成長意欲を高めることで事業規模の拡大を加速させたい」との考えからだった。

しかし扶養の範囲内で働く主婦パートとその夫たちは、世帯収入が目減りすることに反発した。このため何度も説明会を開き、多様な人材に活躍してもらうため、平等な機会を提供するという会社の方向性を訴えた。
「無期化による雇用の安定や、社会保険の加入による老後の安心感といったメリットも挙げ、目先の所得ではなく将来のキャリアに目を向けてほしいと説得しました」

当時は「理解してくれた人のほうが少数派だったかもしれない」(朝山氏)というが、5年ほど経ち、主婦パートだった女性がチームリーダーやマネジャーに昇格し始めたことで「ジェンダー平等が当たり前」という意識が定着した。コロナ禍前には既に、マネジャーのジェンダー比率も完全に男女平等になった。

一方で、日本は他国のイケアに比べ、公募の応募者が少ないなどの課題も残されている。社員の大半は中途採用で、企業主導の人事制度しか経験したことがないため、公募というシステムに戸惑ってしまうのだ。何かにつけ高い完成度を求める日本企業で育ち、「もし務まらなかったらどうしよう」などと失敗を恐れる気持ちも他国に比べて強いという。「最初から100点満点の人はいません。私たちは70%、80%しかできなかったとしても前へ進むことが大事だと考えています。失敗しながら学べばいいのです」

ただ、最初は応募をためらっていた人も、職場で少しずつ鍛えられていく。イケアでは誰もが「大人」として尊重されると同時に「周囲の助けを待たず、自ら意思表明し行動する」という、大人にふさわしい行動も要求される。自発的に動く習慣がつくことで、公募を使った自律的なキャリアビルドにもなじんでいく。ほかの外資系企業は、マネジャーを外部から採用することも多いが、イケアでは9割以上が社内の昇格者だ。

朝山氏はまた「コロナ禍を機に、日本社会でも『働き方は自分で作る』という考え方が強まった」とも指摘する。
「これからの働き手は、企業に従属するという意識がますます薄れ、会社と対等な関係を築くことが大切になるでしょう。私たちも、さらに柔軟にビジネスのニーズと個人のニーズに対応できるwin-winな仕組みを整え、誰もが自分の大切な道を自分らしく歩けるようにしたいと考えています」

Text=有馬知子 Photo=今村拓馬

朝山玉枝氏

イケア・ジャパン
People & Culture Manager