Works 184号 特集 多様な働き方時代の人権

声を上げ始めた非正規公務員。不安定雇用に給与格差

2024年07月18日

公務員の5人に1人が、非正規の働き手であることをご存じだろうか。
長く公務の現場で働いている人が、恣意的な雇い止めにあう制度はおかしいと、当事者らは「非正規公務員」という仕組みそのものを見直すよう声を上げている。


総務省の調査によると、非正規公務員の人数は2022年4月1日時点で約74万3000人。正規の地方公務員の職員数は約280万人で、公務に就く職員の2割が非正規という計算だ。非正規の9割以上が、2020年に制度が開始された「会計年度任用職員」の立場で働いている。

会計年度任用職員制度は当初、フルタイム非正規公務員の待遇を正規に近づけ、格差を解消する狙いで制定された。実際、2023年には任用職員の手当を改善する法改正も行われた。

しかし原則1年以内の短期雇用で、長く働いていても毎年更新が必要なうえ、働きぶりに問題がなくとも3~5年ごとに「公募」が実施され、選考を受け直さなければならない不安定な雇用環境に置かれている。さらに制度導入を機に、フルタイムの勤務時間を15分短縮してパートに切り替える自治体が急増するなど、当事者にとって制度「改悪」になった面が大きい。

2021年3月、非正規公務員の当事者・経験者たちが作った団体が「はむねっと」だ。共同代表の瀬山紀子氏は19年間、行政施設に勤務し、行政が低賃金・不安定な女性たちによって支えられている現状を見てきた。

はむねっとの2022年のアンケートによると、年収が250万円以上の当事者はわずか2割にとどまり、4割は150万円未満だった。また2023年のアンケートでは、非正規を離職した60人のうち約半数が「仕事を続けたかったが雇い止めとなった」と回答した。

「当事者の8割は女性であるため、経済的な自立は必要ないとして低待遇でも仕方ない、と問題が見過ごされてきた。非正規の女性の低賃金や不安定雇用は、社会問題とすら認識されず、ごく日常的に存在してきました。でもそれはおかしいと言っていいんだと、当事者がつながり、問題を提起したいと考えたのです」(瀬山氏)

非正規公務員は人にあらず?
人件費でなく事業費扱い

団体メンバーの古川晶子氏は、2019年から自治体の男女共同参画推進センターで働いていたが「業務内容を見直す」として予定外の時期に公募が実施され、不採用となった。「ほかにも業務内容が変更された非正規職員がいましたが、公募ではなく、面談で業務継続の意思確認が行われました。このように既存職員の雇用継続をまず考えるのが筋のはずだと思うのですが、私にはまったく打診がありませんでした」(古川氏)

専門職として、正職員の企画案に意見したことが煙たがられたのではないか、という思いも拭えないという。行政では仕事をローテーションする正職員より、専門職の非正規のほうが知識とノウハウがあることも多い。しかし雇い止めが怖くて意見したり、声を上げたりできない、といった意見は、はむねっとのアンケートにも多数寄せられている。

瀬山氏は「非正規公務員は理由をブラックボックスにしたまま雇い止めできる、雇う側にとって非常に都合のよい制度です。格差やハラスメント、処遇の低さなど課題は多くありますが、雇用の継続が保障されないことが最大の問題だといえます」と指摘する。

非正規公務員は民間の労働法制が適用されず、雇用期間が通算5年を超える働き手が無期雇用への転換を申し込める労働契約法の「無期転換ルール」も適用されない。当事者からは「13年間も経験を積み資格も必死に取得したのに不採用になり、経験も資格もない人が採用された」との訴えも上がっている。

多くの自治体で、非正規公務員への賃金は「人件費」ではなく「事業費」として計上されている。ある当事者はアンケートにこんな意見を書いた。「会計年度任用職員は『人の形をした何か』くらいにしか思われていない」。

はむねっとアンケート2023ー会計年度任用職員を辞めた理由出典:「はむねっとアンケート2023〜会計年度任用職員制度3年目に何が起きたのか!」(2023年公務非正規女性全国ネットワーク)

毎年非正規が大量失職
仲間を増やし待遇改善

渡邉博美氏は2010年から、ハローワークの非常勤職員として勤務している。10年間で非正規の比率は急速に高まり、正規職員と変わらない業務を担うように。「低賃金や通勤手当のなさ、雇用不安など誰もが思うことを言葉にできない雰囲気でした」

ハローワークの窓口には、職を失った元非正規公務員が失業手当の給付手続きなどに訪れる。来庁者のなかには「こういう制度だから仕方ない」と諦めムードで話す人もいたという。

渡邉氏は事態を変えるため、非常勤の仲間とともに労働行政に関わる職員の労働組合に加入し、処遇改善を要求するようになった。同時に、当事者だけでなく社会の人に広く非正規公務員の立場を知らせなければと考え、はむねっとの活動にも参加している。

「失職する非正規公務員は毎年、大量に生まれており、制度が改まらない限りこの事態は続きます。当事者が社会に対して声を上げるようになってきたのは一歩前進。もっと仲間を増やし、安心して働ける環境を作りたいと思います」(渡邉氏)

全職員異動し大混乱
しわ寄せは市民に及ぶ

はむねっとなどの活動によって、非正規公務員の苦境が世の中に知られるようになる一方で、民間企業では賃上げや待遇改善の動きが広がっている。このため「ここ何年か、公募に新しく応募する人はほとんどいない」(アンケートより)など、なり手不足も深刻化している。

非正規公務員の支える職場は、ハローワークや支援の必要な人を支える相談員、さらに教員など、社会的に重要な役割を担っている。図書館の司書が公募で全員交代させられた結果、窓口が大混乱に陥ったという声も、はむねっとには寄せられている。しわ寄せの被害者は、利用者である市民にほかならない。

「職は継続するのに、単年度任用という働き方を会計年度任用職員制度として法整備し、公務が率先して推し進めることは、本来あってはならない」と、瀬山氏は批判する。しかし組合活動は個々の働き手の待遇改善には貢献し得るが、制度そのものを変えるには限界がある。「公務員は原則として無期で採用し、短時間職員や専門職員のような仕組みを設けるなど、制度を抜本的に見直す必要があると思います」と、瀬山氏は語った。

Text=有馬知子 Photo=はむねっと提供

瀬山紀子氏

公務非正規女性
全国ネットワーク(はむねっと)共同代表

2001年から2020年3月まで、首都圏の複数の男女共同参画センターに勤務。2021年、はむねっとの立ち上げに関わる。現在は埼玉大学ダイバーシティ推進センター准教授。

古川晶子氏

公務非正規女性
全国ネットワーク(はむねっと)

2019年から地方自治体の男女共同参画推進センターで主催講座やイベントの企画、図書資料などの情報収集、市民団体の活動支援、関係機関との調整などを担当。2024年3月で雇い止め。

渡邉博美氏

公務非正規女性
全国ネットワーク(はむねっと)

関東圏内の公共職業安定所にて、非常勤職員として任用され14年目。単年度更新の3年ごとの公開公募を経て、求職者専門相談員として主に相談業務に携わる。