Works 184号 特集 多様な働き方時代の人権

性被害、パワハラ、労災・・芸能界の人権侵害に取り組む

2024年07月18日

旧ジャニーズ事務所の性被害問題や、宝塚歌劇団におけるパワハラ問題など、芸能界における人権侵害問題が次々と明らかになっている。
日本芸能従事者協会代表理事の森崎めぐみ氏に、業界の課題を聞いた。


俳優や音楽家、演芸家やあらゆるスタッフの芸能従事者を対象にした「日本芸能従事者協会」を立ち上げ、労災やハラスメントを防ぐ安全衛生活動を続けています。

芸能従事者は個人事業主がほとんどで、長く労災保険の対象外。仕事中の事故で怪我をして後遺症が残っても最低限の補償すら受けられませんでした。私もロケ撮影でアブに刺されて敗血症になったり、トイレを我慢して膀胱炎になったりしても、労災を申請できませんでした。私たちの働きかけが実り、個人事業主でも労災保険に加入できる「特別加入制度」の対象が拡大され、2021年4月には芸能従事者も対象になりました。全国芸能従事者労災保険センターが加入窓口を担い、協会では産業医や相談窓口を設置しています。

9割がハラスメントを見聞き

今、力を入れていることの1つがハラスメント対策です。芸能界のハラスメントは、「好きでやっているのだからそのぐらい我慢すべき」と見られがちで、被害が表面化しにくい。私たちの協会で実施しているインターネット上の誹謗中傷に関するアンケート(102人回答)では、7割以上が「誹謗中傷を受けた」と回答。そのうち「毎日受けている」と答えた方も11%以上、受けた後に「自殺を考えた」と答えた方が18%もいました。ハラスメントに関するアンケート(418人回答)では、93%が「パワハラを受けたり見聞きしたりした」と答えるなど深刻な状況があります。

アメリカでは俳優による労働組合の活動が活発で大規模なストライキが日本でも話題になりました。欧州や韓国でも、俳優側が声を上げることで権利を勝ち取ってきていますが、日本では、団体交渉やストがネガティブに受け止められていることも声を上げにくい一因になっています。フリーランスは声を上げることで仕事を失うリスクもあるため、個人が名前を出して戦うことには慎重にならざるを得ない側面もあります。

ただ、そもそも自分たちがヘルスリテラシーを持って働くことや、ワークライフバランスが整った働き方が素晴らしいという意識、どんな行為がハラスメントになるのかという知識が、俳優側にも発注者側にも薄く、全体的に人権意識が遅れていると感じます。

2023年10月に厚生労働省が発表した「過労死等防止対策白書」では、初めて芸術芸能分野の過重労働に関する調査が盛り込まれました。SNSによる誹謗中傷によって亡くなった芸能従事者のご遺族と私たちが、一緒に厚労省に調査研究を要望し、実現しました。

白書からは深刻なハラスメントの実態や収入の低さも見えてきます。未婚者は約4割で、5割以上の世帯が年収399万円以下。経済的にも厳しい状況に置かれていることがわかりました。

すぐには変えられない業界だと思います。労災が認められたときも、上の世代からは、国の力を借りたくないという思いからか「労災なんてなくてもいい」と嫌がられたこともあります。そもそも制度も何がハラスメントなのかも知らないという現状に対して、啓蒙活動を続けていくしかありません。

協会では今後、厚労省の健康管理のガイドラインに沿って芸能従事者向けのセミナーや、フリーランスへの委託者向けのハラスメント研修を実施するなど新たな取り組みを始めます。また出版社に対しては、グラビア撮影時にインティマシー・コーディネーター(センシティブなシーンの撮影時に演者と制作者の間に立ち調整・サポートする役割)をつけるよう働きかけもしていく予定です。

Text=横山耕太郎 Photo=森崎氏提供

森崎めぐみ氏

日本芸能従事者協会代表理事

1992年に俳優デビュー。TVドラマ、舞台、映画に多数出演。2021年から全国芸能従事者労災保険センター理事長、一般社団法人日本芸能従事者協会代表理事を務める。共立女子大学非常勤講師。2022年、公益財団法人パブリックリソース財団「女性リーダー」選出。