Works 184号 特集 多様な働き方時代の人権

企業の人権の議論はDE&IのEから始まる。投資家が指摘する日本企業の後進性

2024年07月04日

重要な投資基準として、国内外の投資家の間では「ビジネスと人権」への関心が高まっている。
企業の対応は追いついているのか。
いち早くESG投資を進めてきたりそなアセットマネジメントの松原稔氏に聞く。


近年経営課題として、人権への対応を重視する企業が増えてきていると感じます。人権はESGにおけるS(社会)の課題といわれますが、企業の取り組みにおいては、社会の問題(外部性、規範性)であると同時に、企業の問題(内部性)でもあり、その両面からアプローチする必要があります。

外部性の課題としては、児童労働や強制労働、先住民族・地域住民の権利、知る権利などが挙げられます。従来は主に政府が担ってきた人権を守るという責任を企業にも求められるようになったのは、企業の持つパワーが昔より格段に大きくなり、それだけ社会における企業の役割が重要になってきているからです。

アフガニスタンの炭鉱で働く子どもたちの様子途上国ではまだ子どもが「労働力」として酷使されている。その間、子どもたちは学校にも行けず教育を受けることができない。写真はアフガニスタンの炭鉱で働く子どもたち。

「人権を尊重する企業の責任」が国際規範として明示された現在、企業はその義務にしっかりとコミットしていかなくてはなりません。私はよく「人権対応は、企業がグローバルで仕事をしていくうえでのパスポート」という言い方をします。国際規範における人権というものを正しく理解して初めて、世界と共通の土俵に立って公正な競争ができるようになるからです。

往々にして「人権」の捉え方が、日本と世界とで大きく異なります。人権という概念が輸入された日本では、道徳的な見地から「守らなければいけないもの」という意識は強いのですが、「なぜ守るべきなのか」というところにまで十分に思いが至っていない印象があります。これに対して海外、特に市民革命を経てきた欧米諸国では、人権とは、さまざまな犠牲を重ねた末にようやく手に入れた権利です。歴史のなかで獲得した大切な権利だから、人権が尊重され、保護され、救済されるのは当たり前だという意識が深く根付いています。

人権の議論はDE&IのEから始まる

一方、内部性の人権課題でポイントとなるのは、一言でいうと、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)。そのなかでも最も重視しているのがE、つまり「Equity(公正)」です。ところが、このEを「Equality(平等)」と捉えている企業はいまだに多いように思います。

たとえば、一律に機会の平等を与えれば公正なのか、結果の平等を自己責任に帰してよいのかという議論があります。実は公正を求めれば求めるほど、個を見ていく必要があるので、なかなか汎化して語りにくい。自分たちは何を公正とするのか、平等と公正の違いをどう捉えるのか、それぞれの企業で考えていかなくてはなりません。

特に内部性の人権の議論では、企業の責任範囲をどう捉えるか、バウンダリー(境界線)の問題がからんできます。グローバルを含めたグループ会社もそうですし、非正規や障害者を別会社で雇用しているケースもあります。資本関係のない取引先やサプライヤーも対象になりますから、なぜその会社を含めるのか、あるいは含めないのか、しっかりと議論して、まずは自社が守るべき範囲を特定していくことが必要です。誰に対してどのような施策を打っていくのか、手段について議論するのはその後のステップです。

現状では、このような突っ込んだ議論ができている日本企業は、まだまだそれほど多くないように感じています。こうした本質的な議論ができるようになると、企業としても1つステージが上がり、E(公正)から始まってD(多様性)が高まり、I(包摂)が進んでいくという望ましい形に近づいていくと期待しています。

公正な経営の実現に
投資家も責任を持つ

しかし、どんな組織にもアンコンシャスバイアスやグループシンクなど公正を阻む要素があり、一つひとつステージを上げていくことは、そう簡単ではないのも事実です。

たとえば、人権デューデリジェンスの対話では「デューデリジェンスの結果、何も見つかりませんでした」と報告する企業が少なくありません。しかし、人と人との関係性のなかで「何もなかった」はまず考えにくい。我々からすると、「人権侵害がなかった」などという報告は発見事項を開示しないのか、調査が不十分なのかの疑いを持たざるを得ません。人権デューデリジェンスは、ないことを証明するのが目的ではなく、どんな問題を発見し、それを次にどう生かしていくのかが重要です。人権には差別や課題があることを前提に、自分たちに足らざるものを知り、改善に向けて取り組んでいく過程こそが大切だと考えています。

そして、こうした企業の取り組みを支援していくのが、我々、長期投資家の役割だと捉えています。かつては労働組合が経営に対する一定の牽制として機能していましたが、組合の果たす役割を補完するものとして期待されているのが長期投資家です。上場企業の統治指針であるコーポレートガバナンス・コードや、「責任ある機関投資家」の諸原則をまとめたスチュワードシップ・コードが制定されたのも、投資家への期待の表れだと感じています。

2024年6月、国際労働機関(ILO)駐日事務所とともに作成した「機関投資家向け啓発資料」がリリースされます。投資行動に人権尊重の視点を反映し、企業と社会の豊かな成長につなげることを目的に、ビジネスと人権とは何か、なぜ人権尊重が投資の世界で求められているのかを踏まえ、実際に投資行動に移す手法を紹介しています。投資家ももっと、人権について理解を深めていかなければなりません。

同時に、企業との対話は欠かせませんが、公正とは何か、人権侵害からどう守るかに正解はありませんので、企業の議論がまずありきだと考えており、自社の答えを自社で見つけることが大切だと思っています。人材のリスクよりも先に機会に目を向けて、人的資本のポテンシャルを引き上げる議論が先行することもありますが、それもその企業ならではの過程ではないでしょうか。機会とリスクは裏表の関係にあります。どのような道筋を選ぼうとも、最終的にバランスよく機会とリスクの両面に対応してほしいと願っています。

Text=瀬戸友子
Photo=りそなアセットマネジメント提供(プロフィール)、AFP=時事(本文内)

松原稔氏

りそなアセットマネジメント
チーフ・サステナビリティ・オフィサー
常務執行役員 責任投資部担当

1991 年大和銀行(現りそな銀行)に入社後、一貫して運用業務部門で運用管理、企画、責任投資を担当。2020 年1月りそなアセットマネジメント責任投資部長に就任し、2023 年8月より現職。