Works 184号 特集 多様な働き方時代の人権

もはや賃金競争力もない日本 外国人に魅力的な職場にするには

2024年07月18日

「人身売買の温床」との批判が絶えなかった技能実習制度。これまで何が問題だったのか。
円安が加速し、賃金で外国人労働者を惹きつけられなくなった今、「選ばれる職場」とは?
長年、外国人労働者問題を取材し続けてきたジャーナリストが現場を歩いた。


人事部長とベトナム、ミャンマー出身の労働者との集合写真江端人事部長(右上)とベトナム、ミャンマー出身の労働者。
Photo=澤田晃宏

北関東にある人口約1300人の小さな町。与えられた社員寮は木造の古い家屋で、カビのにおいがした。古いエアコンは大きな音を立て、床が抜けそうな場所もあった。最寄りのスーパーマーケットまでは、自転車に乗って約30分。周囲は畑に囲まれ、人通りがまったくなかった。

「夜になると真っ暗でとても怖かった」

プラスチック成型の技能実習生として、2023年4月に入国したベトナム出身のフィン・ティ・トウエット・ミンさん(32)はそう振り返る。社員寮には鍵がなく、何度と鍵をつけてくれるよう「監理団体」にお願いしたが、応じてはくれなかった。

技能実習生は、国の許可を受けた監理団体を通じて受け入れる。監理団体は、受け入れ企業での実習が計画通りに行われているかどうかを監督し、何より実習生を保護する役割がある。その対価として受け入れ企業から監理費を徴収し、外国人技能実習機構の調査(2022年)によれば、平均額は1人当たり月額約3万円になる。

ミンさんは入国から半年で“失踪”した。SNSでベトナム人ブローカーと知り合い、東京・新大久保のアパートに引っ越した。仕事の紹介料として7万円を支払い、皿洗いの仕事に就いたが、給料が支払われることはなく、ブローカーとは連絡が取れなくなった。現在は支援団体のシェルターで生活をしている。

ミンさんの仕事は菓子を入れるプラスチックの円筒ケースを作る作業だった。酷い住環境でも、契約通りに給料が支払われれば失踪しなかったという。2023年10月の給与明細を見ると、出勤日数は8日。社会保険料と1万5000円の寮費、7891円の光熱費が差し引かれ、手取りは2万3241円だ。入国前に結んだ契約書上では手取りは12万円弱と書かれていたが、月に22日働いても10万円を少し上回る程度だった。

社員寮にはミンさんのほかに2人のベトナム人技能実習生がいたが、1人は帰国し、もう1人は労働環境の悪さに失踪した。

実質労働力だった技能実習
新制度では転職可能に

実習の様子志村フロイデグループの特養で働くベトナム人実習生。
Photo=澤田晃宏

技能実習制度を巡っては、さまざまな問題点が指摘されてきた。本来実習生を保護すべき監理団体がその責任を果たしていないという点もその1つだ。

エネルギーから食料品まで、輸入大国である日本は、労働力の輸入大国でもあり、その数は200万人を超える(2023年10月時点)。少子高齢化が世界で最も加速する日本では、労働力の不足を外国人労働者に頼っている。

技能実習生を受け入れるのは建設業や食品製造業、農業など90種の職業だが、これらは深刻な人手不足職場でもある。本来の目的は、技能や技術、知識を途上国の人材に移転し、途上国の経済発展を担う国際貢献のはずだったのに、実態としては慢性的な人手不足を埋める労働力となっている。こうした実態に、国際的には制度は「人身売買の温床」とも指摘されてきた。

こうした指摘を踏まえ、国は2024年3月、技能実習制度に代わる「育成就労」の新設を盛り込んだ技能実習適正化法と入管法の改正案を閣議決定した。新制度では現制度で認められていない自己都合の転職が可能になる。出入国関連法制に詳しい弁護士の山脇康嗣氏は、「これまでも、やむを得ない事情がある場合、同職種内の転籍が認められていましたが、転籍を支援する外国人技能実習機構に斡旋権限がなく、情報提供などの支援に限られていました。新制度により外国人育成就労機構に生まれ変わり、転職の斡旋権限が付与されることは保護の観点で大きな前進です」と話す。

ただでさえ、上がらない賃金、加速する円安によって日本は「稼げない国」になっている。たとえば、ベトナムドンは2022年3月頃は1円=190~200ベトナムドン程度だったが、2024年4月下旬には160ベトナムドン。賃金で競争力を失いつつある今、制度改正だけでなく、職場単位で労働環境を改善し、働きたいと思える職場を作らなくては、いずれ日本は働く場所として見向きもされなくなるだろう。

教育と生活支援でサポート
人手不足は日本だけではない

冒頭のようなケースばかりでなく、外国人労働者にとって働きやすく、働きがいのある環境を整備している職場もある。

授業の様子
勤務時間内に日本語授業。
Photo=志村フロイデグループ提供

病院や特別養護老人ホームなどを運営する、茨城県常陸大宮市の志村フロイデグループは、2019年7月に初めて外国人労働者を受け入れた。人事部長の江幡和子氏は「中長期的な人員体制を考えたとき、外国人労働者の受け入れは必須と考えました」と話す。

同法人では、教育チームと生活支援チームから成る外国人支援チームを創設。常勤の日本語教師を採用し、教育チームでは定期的に就業時間内に日本語教室を開催している。オリジナルの介護教育テキストも作成し、介護福祉士国家試験に向けた教育も行う。

2021年から同法人で働くベトナム出身のヴー・ゴック・タイさん(28)は、2023年12月に介護福祉士国家試験に合格した。合格すると、在留期間の更新制限がない在留資格「介護」に移行でき、家族(配偶者と子)の帯同も認められる。

「別の会社で働くベトナム人の仲間は、ここまで会社が教育をサポートしてくれることに驚いています。これからもずっと日本で働き続けたいです」(タイさん)

タイさんの仕事場での様子介護福祉士国家試験に合格したタイさん。
Photo=澤田晃宏

生活支援チームは、居住環境の整備をはじめ、職場外レクリエーションを用意。地域のお祭りやイベントのボランティアなどを通じた地域住民との交流、東京ディズニーランドやスキー旅行も実施している。

同法人は2024年1月、初めてミャンマーから人材を受け入れた。2019年に外国人労働者を初めて受け入れたベトナムの送り出し機関から「同じ待遇条件ではもう応募は来ない」とはっきり言われたという。

「人手不足は日本だけの問題ではありません。ドイツでもベトナムから介護人材を積極的に採用しています。SNSなどで情報があふれるなかで選ばれるには、日本に来てよかったと思われるよう、受け入れ機関、1社1社の努力が求められます」(江幡氏)

主要先進国で海外の出稼ぎ労働者の受け入れが拡大し、賃金では見劣りする国となるなか、外国人労働者の労務環境整備こそが人手不足社会を乗り切る鍵となっている。

プロフィール

澤田晃宏氏

ジャーナリスト(ともいき総合研究所)

週刊誌「AERA」記者などを経て、フリーランス記者。著書に『ルポ 技能実習生』(ちくま新書)など。