着実に歩みを進めれば、公務はここまで改革できる――四條畷市役所・溝口直幸氏
働き方改革にいち早く取り組み、民間人材を積極的に登用する採用戦略など、先進的な自治体として知られる大阪府・四條畷(しじょうなわて)市。「日本一前向きな市役所」を掲げたさまざまな改革に注目が集まりがちだが、その特色は決して公務の本質から外れることなく、細部にわたり試行錯誤を繰り返す姿勢にこそある。市のこれまでの取り組みと、新たに策定した人事戦略基本方針の要諦を人事課長の溝口氏に聞いた。
四條畷市役所総務部人事課長 溝口直幸氏
働き方改革の目的は市民サービスの向上。市民の理解を得ることからスタート
四條畷市では2023年に、人材育成の基本的な考え方や職員に求められる役割・能力、人事施策などを体系的に整理した人事戦略基本方針を策定した。そのスタートは、2017年から着手した働き方改革にさかのぼり、溝口氏はその目的を「市民サービスを向上させるため」と解説する。
「従来、市の公務員に求められたのは、国や都道府県の施策に基づく業務を確実に遂行することでした。しかし市民の要望が多様化する現代では、自治体ごとにさまざまな独自の施策を打ち出さなければ、行き届いた市民サービスを提供できません。一方で生産年齢人口の減少により、職員を増やすのは難しく、限られた職員一人ひとりの生産性を高める必要があります」(溝口氏)。そこで、四條畷市が取り組んだことは、業務を効率化することだけでなく、業務の効率化で削減した労働時間を新たなサービスやさらなる業務改善にチャレンジする時間に向けることだ。こうしたことができる能動的な組織に変えるために、職員の働き方を一から見直した。
しかし、2017年当時は、国レベルで働き方改革が唱えられ始めた時期で、まだ全国的にも浸透しておらず、市議会や市民の皆さんに働き方改革で職員に予算を付けることを理解してもらうのは難しいとの懸念があったという。
そこで、四條畷市が最初に行ったのが、市民を巻き込んだ働き方改革のセミナーである。市議会議員や民間事業者はもちろん、一般市民からも参加者を募り、働き方改革に詳しい有識者による講演をはじめ、市長と有識者の対談を行った。「市民目線を意識してわかりやすく伝えたことで、終わった後は市民の方からも、『なぜ働き方改革が必要なのかよくわかった』『市民サービスの向上に直結する取り組みだと理解した』といった声が寄せられたと聞いています」と溝口氏は振り返る。「決して財政が豊かとは言えない当市で、市民から予算措置の理解を得ることはきわめて重要でした」
そのうえで着手したのは、管理職を対象とした研修と、働き方改革のモデル課による試行錯誤である。とりわけ当時、溝口氏が課長だった「子ども政策課」では、「カエル会議(働き方をテーマとした課内会議)」の定期開催や、申告した時間帯は窓口業務や電話応対を一切せず事務に専念する「集中タイム」の導入など、さまざまなアイデアを企画・実践して成果を上げた。この一連の取り組みは、行政・自治体として初めて「Work Story Award 2019(※)」を受賞している。
KPIはエンゲージメント。組織や人のウイークポイントをファクトベースで議論
四條畷市では働き方改革の成果とは、職員の意識が前向きに変化し、誰もが働きやすい職場になったと実感することだとしている。子ども政策課では新規事業が増えたにもかかわらず、前年より残業時間を減らすことができたが、「それは結果に過ぎません。残業時間や有休取得率を数値目標にしてしまうと、達成しなければと躍起になるあまり、サービス残業や不本意な休暇取得を行ってしまうなど働き方改革の本質を見失ってしまう恐れがあります」と溝口氏は付け加える。
しかし、改革を行う以上、成果の指標(KPI)は必要である。そこで、「働きやすい」という感情を測るため、四條畷市では民間企業で広まるエンゲージメント(社員の貢献意欲や組織とのつながりを指す)の考え方に着目し、職員の共感度合いを定量化して把握する組織改善のクラウドサービスを導入した。このシステムを活用することで、エンゲージメントサーベイの結果から、部署や役職、年次など別に、横断的に組織の強みや弱みなどの傾向を分析することが可能となった。全庁的にはいかにスコアを上げていくかに取り組むとともに、部署別では最小の課単位ごとに、弱みに挙がった項目の解消を目指している。
システム導入の決め手は、ファクトベースで打ち手の立案ができる点が大きいという。「人事の問題は数値化が難しく、あいまいな問いかけや、感覚的・感情的な議論になりがちでした。現在は『この課のこのスコアが低い』『この項目が弱みとされている』などと具体的な議論ができます」(溝口氏)
エンゲージメントサーベイに基づいた改善の取り組みは、民間企業に倣い上位役職者から始めた。「これが効果的で、今までは部長級であっても、部を超えて全体に関わる議論を行う場はなかなかありませんでした。導入にあたって前副市長が設けた経営ボードのような運営者会議を活用したことで、部長級のコミュニケーションの質も量もかなり向上しました」と溝口氏。運営者会議では人事課から部長級以上の職員に、定期的にシステムを説明して理解を深めるとともに、サーベイ結果を共有、議論している。人事課から改善策を指示することもできるが、「そうすると『やらされ感』が強くなり反発も予想されるので、意見を交わすプロセスを重視しました」と溝口氏。こうした取り組みにより、まず部長級のエンゲージメントスコアが上昇した。
さらに、部長級で決めたことを課長級に伝える際には、1on1や部内会議といった場の設定はもとより、情報の伝え方も意識している。「人事課から配布する情報のポイントをまとめた文書は、必ず部長級が咀嚼して、自分の言葉で伝えるよう徹底しています。情報の伝わり方にこだわることで職員の仕事へのモチベーションが大きく変わります」と溝口氏。この繰り返しにより、課長級のエンゲージメントスコアも徐々に向上した。また課単位のエンゲージメントスコアが可視化されることで、「マネジメントができていない部分やフォローが足りない部分は、弱み項目として数字に表れるため、所属長が今まで以上に部下の様子を注視するようになりました」と効果を語る。
目下の課題は課長代理級以下、なかでも課長代理級、主任級(係長)のスコアが低いことである。このクラスでは、特に30代の若手を中心に「モチベーション」や「やりがい」などの数値が低いことが課題となっている。「サーベイ結果から情報共有に課題があったので、庁内の合意を経て毎月課長代理級を参画させる部内管理職会議を各部で立ち上げてもらいました。最近になりようやく成果が出たところです」と溝口氏。主任級に対しては、市長との座談会を開催して、忌憚なく意見を言える場を設けた。「エンゲージメントサーベイはまだですが、非常に良い感触が得られました。改革を進めるには、やはり見えてきた課題を迅速に解決するために、全庁で取り組むことが大切だと実感しました」(溝口氏)
誰もがわかる人事戦略基本方針を策定。考え抜いた人事ポリシーが共感を呼ぶ
四條畷市では、多様化・複雑化する市民ニーズに応えるために、多彩なバックグラウンドや経験を持つキャリア人材を積極的に採用している。優秀な人材を全国から広く採用するために、教養試験の廃止やWeb面接の実施といった先進的な取り組みを行っている。四條畷市では、それらの取り組みから得られた知見と、働き方改革の成果をあわせて、市の人材育成の考え方としてまとめている。それが冒頭で紹介した2023年策定の人事戦略基本方針である。「これまで場当たり的に行ってきたさまざまな施策を、体系的に一つの方針に集約したものです」と溝口氏は謙虚に語るが、わかりやすい平易な言葉で網羅的にまとめられている。
ビジョンは「市民中心のまちづくり」、組織運営理念は「日本一前向きな市役所」とシンプル。しかし、「日本一前向きな市役所」とはどのような状態なのか、定義や正解は示していない。「職員がそれぞれに語れることを目標に、誰もが理解できるように幹部から現場の職員まで多様な職員が議論に参加して、民間の事例も参考にしながら知恵を絞って作成しました」と溝口氏。特に人事ポリシーの作成には半年を費やしている。倫理・規律という職員の心構えを土台に、「挑戦・共感・連携」というキーワードで表現した人事ポリシーは、市の職員として必要な要素を網羅しながらも切れ味が良く短文で読みやすい(図表)。「特に悩んだのは『共感』という言葉です。公務員の仕事は当然つらいことも少なくないんです。だからこそ、何があっても市民のために尽くすという共感力の高い人であってほしいという思いから人事ポリシーの一つとしました」と溝口氏は振り返る。
図表 四條畷市人事戦略基本方針に示されている人事ポリシー
図表 四條畷市人事戦略基本方針に示されている人事ポリシー
新しい人事ポリシーは求職者にも評判が良く、「特に『挑戦・共感・連携』に共感して応募してくれる人が多く、人事ポリシーの効果を実感しています」と溝口氏。人事施策はすべて人事戦略基本方針に紐付いており、その成果がエンゲージメントの向上につながる。「組織改善には、全ての施策をどれだけ有機的に絡めるかが重要です。エンゲージメントを高めて生産性を上げ、組織力を強化して市民サービスを向上させていく。そのサイクルの積み上げが、『日本一前向きな市役所』を実現させると確信しています」(溝口氏)
先進的と受け止められることの多い四條畷市の取り組みも、内実をつぶさに見れば、試行錯誤の地道な繰り返しがある。市役所がやるべき仕事が何であり、どのような組織でありたいのかを職員を巻き込みながらファクトベースで徹底的に考えているからこそ、実態や課題に即した改善策を柔軟かつ迅速に職員の納得を得ながら打ち出すことができている。「働き方改革に特効薬はありません。実感が湧くまでにはかなりの時間を要します。終わりはありません」と溝口氏。職員の確保がますます厳しくなることが現実となるなかで、職員の生産性を高める取り組みは欠かせない。能動的な市民サービスを展開しようとすると、さらにハードルは上がる。だからこそ、職員一人ひとりの意識に訴える取り組みも重要となる。四條畷市の取り組みからは、固定観念にとらわれがちな印象がある公務においても、意外とできることは多いという事実に気が付かされる。ちなみに「Work Story Award 2019」で、同市は審査員特別賞を受賞したが、賞の名は「千里の道も一歩から賞」。まさにその言葉通りに、千里先を見据えながら着実な一歩を歩んでいる。
(※)一般社団法人at Will Workが主催するアワードプログラム。
聞き手:橋本賢二
執筆:稲田真木子