
インフラの現状とそれを支える人材の危機
インフラの老朽化
埼玉県八潮市で発生した道路の陥没事故をきっかけに、インフラの老朽化への関心が高まっている。このような関心の高まりは今日に始まった話ではない。2012年に発生した笹子トンネル天井板崩落事故は、インフラの老朽化に対する世間の関心を高めて、翌年には国土交通省が「インフラ長寿命化基本計画(行動計画)」を策定し、現在は2021年6月に策定された第2次計画が実行されている。それでも、インフラの老朽化への対応は、まだ道半ばと言わざるを得ない。
2022年度において、道路の陥没は10,548件発生し、そのうち地中に埋設された上下水道やガス、通信などの道路占有物件が要因とされる陥没は全国で16.9%(1,787件)を占めていた。これを都市部に限ってみると、実に31.9%(869件)が道路占有物件による陥没となっている(図表1)。地中の埋設物が要因となる道路陥没は、決して他人事ではない。
図表1 道路の陥没発生件数とその要因出典:国土交通省「道路の陥没発生件数とその要因(2022年度)」より筆者加工
注1:国土交通省の直轄国道と都道府県及び市町村が管理する道路
注2:国土交通省の直轄国道のうち人口集中地区を通る道路と政令市及び特別区が管理する道路
インフラの老朽化は立地環境や維持管理の状況などによって変わるが、建設後50年以上を経過するインフラの割合は増加すると見込まれている(図表2)。このため、老朽化するインフラをどのように維持・管理していくかという問題は、これからも向き合い続けなければならない問題である。
図表2 建設後50年以上経過するインフラの割合(2023年3月時点)出典:国土交通省「インフラメンテナンス情報」から筆者作成
インフラ維持・管理の困難化
インフラの管理は、国や地方公共団体などの行政機関が担っており、道路や下水道の多くは市区町村が担っている。これらの機関に勤務する公務員が検査などを行うこともあるが、民間事業者への委託などが進んでおり、実際の工事は民間事業者が担うことがほとんどである。このため、インフラの維持・管理に民間事業者の協力は欠かせない。そこで、民間事業者におけるインフラの維持・管理の担い手となる建設業就業者数を見ると、総数では減少傾向が続いており、年齢構成は60歳以上の就業者が占める割合が上昇傾向にある(図表3)。
図表3 年齢階級別、建設業就業者数の推移出典:総務省「労働力調査」から筆者作成
建設業の就業者数が減少していることの影響は、工事を発注することの困難さにも表れている。行政機関等の入札における不調・不落の発生率は、直近数年では微減傾向にあるものの、中長期的に見れば微増傾向にある(図表4)。
図表4 入札における不調・不落の発生率の推移出典:総務省・財務省・国土交通省「入札契約の適正化の取組状況に関する調査結果について」から筆者作成
注:「特殊法人等」とは、高速道路株式会社など、法律に基づいて設立され、企業的経営になじむ業務の性質を有する事業を行う法人
今後、老朽化するインフラの増加に伴って必要な検査や工事は増加する一方で、工事を担う建設業の就業者は減少して高齢化が進んでいる。インフラの維持・管理に関する需要と供給にはミスマッチがある。行政機関が発注する工事は、受注されることがさらに難しくなることが想定される。
限られる土木費と技術系職員
インフラの維持・管理をめぐる厳しい状況に加えて、行政機関が使える予算や人員なども十分ではない。まず、市町村の土木費の推移を見ると、長期的には減少傾向にあり、近年は6兆円超でほぼ変わっていない。一方で、総額に占める土木費の割合は減少傾向にあり、自治体の予算が土木以外の分野で使われていることを示唆している(図表5)。
図表5 市町村における土木費の推移出典:総務省「地方財政統計年報」から筆者作成
次に、市区町村の職員数に着目する。市区町村の一般行政部門には、庁内の事務全般を担う事務系職員と技術的な背景をもって業務にあたる技術系職員がいる。昨年、リクルートワークス研究所が実施した「基礎自治体職員業務実態調査」を用いて、事務系職員と技術系職員の仕事をタスクモデル(Autor, Levy, & Murnane, 2003)に基づいて分類すると、技術系職員は、事務系職員と比べても非定型業務(ノンルーチン業務)の割合が高くなっている(図表6)(※1)。特に、抽象的な課題の解決が求められる非定型分析業務については、事務系職員よりも8.0pt高くなっており、技術系職員が技術的な背景を活かした専門的な業務に就いていることを示唆している。
図表6 事務系と技術系の業務のタスク分類出典:リクルートワークス研究所(2024)「基礎自治体職員業務実態調査」
さらに、タスク別に業務量の増加状況を質問すると、技術系職員は事務系職員以上に業務量が増加しているとの回答が多い(図表7)(※2)。特に、対人コミュニケーションが求められる非定型相互業務や抽象的な課題の解決が求められる非定型分析業務、柔軟な対応が必要になる非定型手仕事業務が増加しているとの回答が多くなっており、技術的な背景が必要となる業務の増加が窺われる。
図表7 事務系と技術系のタスク分類別、市区町村職員の業務量の変化(「増加している計(※3)」の回答割合」出典:リクルートワークス研究所(2024)「基礎自治体職員業務実態調査」
これらの業務量が増加している要因を事務系職員と技術系職員に分けて集計すると、技術系職員は事務系職員よりも、経年劣化による業務量の増加が著しく、所属部局以外や業界団体、民間企業が増加要因として高くなっている(図表8)。
図表8 事務系と技術系の業務量増加要因出典:リクルートワークス研究所(2024)「基礎自治体職員業務実態調査」
インフラの老朽化は「経年劣化」に該当すると考えられ、技術系職員の業務量を増加させる要因になっている。インフラの老朽化に対応するために、予算の獲得、工事計画の策定、工事の入札から執行までなどを担うために、所属部局以外や業界団体、民間企業との調整が多く生じていると考えられる。これらの業務を担うと考えられる建築技師と土木技師の職員数を集計すると、これらの技師が全くいない自治体が440団体(25.3%)もあり、5人以下の自治体が826団体(47.4%)と半数弱を占める(図表9)。
図表9 市区町村職員における建築・土木技師の職員数(2024年)出典:総務省「2024年地方公共団体定員管理調査」より筆者作成
人口規模の小さい市町村では役所の職員数自体が限られるため、特定の領域に強い専門職を採用することは難しい事情があるとも聞く。しかし、技術系職員が担っている業務を遂行するためには専門的な知識や経験が欠かせない。技術的な背景を持つ職員がいない状況やきわめて限られた技術系の職員数で、今後も進行するインフラの老朽化に対応することは可能なのだろうか。
(※1)①定型認識業務は、あらかじめ定められた基準の正確な達成が求められる事務的業務であり、事務、検査・監査、監視などが当てはまる。②定型手仕事業務は、あらかじめ定められた基準の正確な達成が求められる身体的業務であり、手作業や機器操作を伴う検査・監査、監視などが当てはまる。③非定型手仕事業務は、状況に応じて個別に柔軟な対応が求められる身体的業務であり、窓口対応、警備、運転、修理・修復などが当てはまる。④非定型分析業務は、抽象的な課題を解決する業務であり、研究、調査、設計などが当てはまる。⑤非定型相互業務は、対人コミュニケーションを通じて価値を提供する業務であり、管理、調整、折衝などがあてはまる。調査では「あなたが現在担当している業務において、過去1年間の以下の業務はどのくらいの比率でしたか。合計が100になるようにお答えください」と質問し、①から⑤の各タスクについて、説明と例を示した選択肢を用意して、それぞれの業務比率について回答を得ている。
(※2)「あなたが現在担当している業務は、2年前と比較して、以下の業務の量はどのように変化しましたか」と質問し、※1の①から⑤の各タスクについて「1.減少している(-20%以上)」「2.やや減少している」「3.変化していない」「4.やや増加している」「5.増加している(+20%以上)」「6.わからない/新設された業務である」の6件法で回答を得た。集計は「6. わからない/新設された業務である」を除いて行っている。
(※3)「4.やや増加している」「5.増加している(+20%以上)」と回答した割合を「増加している計」として集計している。
参考文献
Autor, D. Levy, F. and Murnane, R. J., 2003, The Skill Content of Recent Technological Change: An Empirical Exploration, Quarterly Journal of Economics, 118(4): 1279-1333.
執筆:橋本賢二