臨界点が迫る公務サービス(1)―危機に瀕する職業としての地方公務員―
地方公務員というと窓口で証明書などを交付しているイメージが強いが、それは業務のごく一部に過ぎず、普段の生活からは見えないところで私たちの生活基盤を支えるさまざまな公務サービスを展開している。しかし、地方公務員を巡る現状と高齢化による「令和の転換点」が公務サービスに及ぼす影響を考慮したとき、これまでと同水準の公務サービスを提供し続けることは困難になるのではないだろうか。
少ない公務員数で担ってきた行政
私たちの生活を支える47都道府県と1718市町村の公務員は、約280万人いる。このうち、教育部門、警察部門、消防部門は国の法令等によって職員の配置基準が定められており、福祉関係では、職員の配置基準が定められている場合が多い。また、公営企業等会計部門は、病院や上下水道などの 独立採算による企業経営の観点から定員を管理している部門である。このため、地方公共団体が主体的に職員配置を決められる余地が比較的大きい一般行政部門は全体の19.9%に過ぎない(図表1)。
図表1 部門別地方公共団体職員数(2023年4月1日現在)
公務員数を多いと見るか少ないと見るかは論者によって異なるが、日本では経済発展の早い段階から行政改革を実行して公務員数の増加を抑え、必要な人員を増やしてこなかった(前田,2014)。それにもかかわらず私たちが滞りなく生活できているのは、行政に期待される役割を民間企業や業界団体、ときには町内会などのさまざまな組織が担ってきたことにある(村松,1994)(※1)。公務サービスを担う公務員が少ないという弱点は、さまざまな組織がサービスの一部を担うことによってカバーしてきた。しかし、これまでの公務サービスを担うこうした仕組みは今後も持続可能なのだろうか。まずは、地方公務員の担い手の問題に注目する。
選ばれなくなる地方公務員
高齢人口比率増をトリガーとして労働需要超過が慢性化する「令和の転換点」を迎えるこれからの社会において、労働者は希少な存在となることから、労働者は賃金や勤務環境などを比較して、自分にとってより良い条件で働ける仕事を選択するようになると考えられる。公務員の担い手を確保し続けるためには、労働者がその仕事を選択したいと思える条件を提示する必要がある。しかし、一般に公開されているデータからは、職業としての公務員が選ばれなくなりつつある状況がわかる。
高校生や大学生の職業選択において、職業としての公務員の人気は低下傾向にある。実際に、過去10年間で地方公共団体の採用試験の受験者数と競争率は低下傾向にある(図表2)。受験者数が減少している背景には、民間企業の採用意欲が高いことや公務員採用試験を忌避していることなどが考えられる。
図表2 過去10年間の地方公共団体の採用試験受験者数、競争率の推移
「令和の転換点」は職業選択の動機にも影響すると考えられ、労働力の希少性が高まる世界では、労働者が求める安定の意味が変わる。かつて、公務員は安定的な職業として根強い人気があった。しかし、職業そのものの安定性を求めることよりも、スキルを獲得して自分が職業を選べる状態をつくることの方が、自身の状況に合わせた生活満足度の向上が期待できる。自身のキャリアを考えたとき、合格できるかわからない採用試験にエネルギーを割くよりも、選択肢が多い就職活動にエネルギーを注ぐ方が合理的だと考える人は、ますます増えるだろう。
早期退職する地方公務員
さらに、深刻なことに、地方公務員の一般行政職の普通退職者数(※2)は、近年上昇傾向にあり、特に40歳未満において顕著に増加している状況にある(図表3)。一般に公表されているデータからは、40歳未満の者が退職している理由は読み取れないが、地方公共団体には、若手・中堅職員が辞職を決意する何かがあることは間違いない。
図表3 地方公務員(一般行政職)の普通退職者数
40歳未満の普通退職者数が増加している要因の一つとして、勤務環境の問題が考えられる。総務省「地方公共団体の勤務条件等に関する調査」によれば時間外勤務時間が月45時間を超える職員の割合は、近年、緩やかではあるが上昇傾向にある(図表4)。
図表4 地方公共団体における時間外勤務時間が月45時間超の職員割合
公務員は元々少ない人数で公務サービスを提供してきたが、若手・中堅職員が離職すると、公務サービスの担い手がさらに少なくなり現場の負担は増える。働き方改革や賃金などの待遇改善が進む民間企業と比較したときに、公務員よりも民間企業で働くことの方が魅力的に見えてしまう状況があることは否定できない。
公務サービスを巡る危機
地方公務員を巡る現状から示唆されることは、既に、地方公共団体が抱えている業務量と職員数のバランスが崩れ始めている可能性である。さらに、地域でも進む高齢化は、公務サービスの需要にも影響を与えると考えられる。足元で土台が揺らぎつつある地方公共団体において「令和の転換点」が差し迫ったとき、これまでと同水準の公務サービスを提供し続けることは果たして可能なのだろうか。
公務サービスの担い手確保が厳しくなるということは 、以下のような状況が私たちの生活において現実のものとなることを意味する。
<公務員が少なくなることによる影響>
- 住宅を新築しようと「建築確認申請」をしたが、確認を受けるための順番待ちで着工を延期せざるを得なくなり、中間検査でも順番待ちが生じてしまう。
- 激しい腹痛で救急車の出動をお願いしたが、出動要請が重なっていたため、救急車の到着に時間がかかってしまう。
<公務サービスの担い手が少なくなることによる影響>
- バス事業者が路線バス運行から撤退したため、自治体の委託事業でコミュニティバスを運行していたが、入札最低価格の低さや運転手不足の影響で委託先すら見つけることができなくなってしまう。
- 大雨による土砂崩れで市街地に通じる道路が使えなくなったが、より優先順位の高い工事から順番に行われているため、しばらくの間、迂回路を使わざるを得なくなってしまう。
実は、公務サービスの持続可能性については、今年6月に政府が公表した「経済財政運営と改革の基本方針2024」(骨太方針2024)でも、「老朽化により更新時期を迎えるインフラ・公共施設が一斉に増加するとともに、人口減少の更なる進展に伴って、担い手不足や一人当たりでみた公共サービス維持のコスト増が顕在化し、個々の自治体だけでは持続可能性を確保できない地域も出現する可能性がある」と危機感をあらわにしている。
「令和の転換点」が公務サービスに及ぼす影響は稿を改めて検討するが、今日の公務に生じている状況を見ると、何も手を打たなければ、公務サービスの持続可能性は厳しい状況にある。
(※1)村松(1994)は、行政以外のさまざまな組織が行政的な役割を担うことを「最大動員システム」と表現している。行政以外の組織が行政的な役割を担う例として、真渕(2020)は地域の福祉活動を担ってきた社会福祉協議会や自動車運転免許の技術講習を担う指定自動車教習所などを取り上げている。また、町内会では、防犯や見守り活動、市報の配布などを担っている場合がある。
(※2)「普通退職者数」とは、地方公務員全体の離職者数から定年退職者、早期退職者、勧奨退職者、分限・懲戒、失職、死亡退職を除いた数である。
参考資料
前田健太郎(2014)『市民を雇わない国家-日本が公務員の少ない国へと至った道』東京大学出版会
村松 岐夫(1994)『日本の行政-活動型官僚制の変貌』中公新書
真渕 勝(2020)『行政学 新版』有斐閣
橋本 賢二
2007年人事院採用。国家公務員採用試験や人事院勧告に関する施策などの担当を経て、2015年から2018年まで経済産業省にて人生100年時代の社会人基礎力の作成、キャリア教育や働き方改革の推進などに関する施策などを担当。2018年から人事院にて国家公務員全体の採用に関する施策の企画・実施を担当。2022年11月より現職。
2022年3月法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。修士(キャリアデザイン学)