臨界点が迫る公務サービス(2)―公務サービスの需要の変化とその打ち手―
本稿に先立つ「臨界点が迫る公務サービス(1)―危機に瀕する職業としての地方公務員―」では、これまでの公務サービスは、公務員が少ないという弱点を他の組織がカバーすることでなんとか提供してきた(村松,1994)一方で、職業としての地方公務員の担い手が確保できなくなりつつある状況を示した。これに追い打ちをかけるように、地方においても労働供給制約社会の課題がますます深刻化していく。このような状況を踏まえれば、これまでと同じ水準で公務サービスを提供し続けることには困難がある。本稿では、これらの状況に追い打ちをかける高齢化に伴う「令和の転換点」が公務サービスに及ぼす影響とその打ち手について検討する。
公務サービス需要の変化
高齢化の進行に伴って、公務サービスの需要は変化している。費目別に標準的な公務サービスを提供するために必要な需要額を人口やインフラの設置状況などに基づいて算定している地方交付税交付金の「基準財政需要額」に着目すると、2015年と比較して2023年は、都道府県と市町村の両方で民生費が大幅に増加していることがわかる(図表1)。増加の理由は、民生費の算定基礎に高齢者人口が含まれていることにある。民生費は主に福祉系の公務サービスを提供するための費目であり、高齢化に伴う公務サービスの需要の変化が最も表れやすい。
図表1 2015年から2023年にかけての基準財政需要額の変化(百万円)
需要の変化は職員の配置にも影響している。都道府県と市町村の職員数は、2015年から2023年にかけて、教育部門や農業部門で減少し、福祉を担当する民生部門や衛生部門、地域振興や観光施策などを担う商工部門で増加している(図表2)。この間、教育、警察、消防以外を担う一般行政部門の職員数は、都道府県と市町村の両方で若干増加している。各地方自治体が全体の職員数を増やしながら、減らせる部門の職員を公務サービスの需要が高まる部門に配置転換していると考えられる。
図表2 2015年から2023年にかけての部門別職員数の変化(人)
基準財政需要額の増加に対して部門別職員数の増加は限られている。標準的な公務サービスの提供という観点からは、公務サービス需要の変化に対して、職員配置は厳しい状況に置かれている。しかし、基準財政需要額は標準的な公務サービスを提供する場合に必要となる需要額を算定するものであり、この金額がそのまま業務量となるわけでなない。公務サービスの需要に応じた職員数を考えるためには、地方自治体が提供している具体的な公務サービスがどのような状況に置かれているのかも確認しなければならない。
個別化する公務サービス
事務の効率化が進めば、より少ない職員数で公務サービスを提供することが可能になる。しかし、業務の効率化には限界がありそうだ。
民生部門が担っている仕事でイメージしやすい業務に生活保護関連の業務がある。生活保護は世帯単位で行われ、相談・申請窓口となる福祉事務所は市が設置している(町村部では主に都道府県が設置)。そこで、2015年から2022年までの生活保護の受給状況を見ると、被保護世帯数は、2015年の160万2,551件から2022年は161万9,452件とほぼ横ばいの状況にある。しかし、被保護世帯のうち 世帯主が65歳以上の高齢者世帯に注目すると、2015年から2022年にかけて生活保護受給世帯件数は約10万件増加しており、他の世帯区分の減少傾向とは異なる動きをしている(図表3)。今後、高齢化によって高齢者世帯は増加し、それに伴って生活保護を受給する高齢者世帯も増加する可能性がある。
図表3 生活保護受給世帯数の推移(2015年から2022年)
受給世帯が増加すれば、それに伴う業務も増加することになる。生活保護の受給決定に際しては、家庭訪問や資産調査、扶養義務者による扶養の可否や社会保障給付、就労収入などの調査を行い、生活保護の受給中は収入状況を毎月申告してもらい、世帯の実態に応じてケースワーカーが年に数回の訪問調査を行っている。生活保護制度に関する業務は、個別対応が求められる事務が多く、ケースによっては介護や医療との連携も必要となる。民生部門の公務員は、個別性が強い対人サービスを伴う業務を担う第一線の公務員である。このため、所内手続きの効率化は進められても、相談者や申請者に関わる業務を効率化することには限界がある。
このほかにも、民生部門では児童や障害者の福祉なども担っており、近年のDE&I(※1)への関心の高まりから、公務サービスに対しても需要と期待が高まっている。高まる需要に対して期待に応えられるだけの職員を配置し続けられるのだろうか。
複雑化する公務サービス
職員が増員されている部門でも、困難に直面している。
総務部門では、議会運営、予算や人事などの管理的な業務を担っているが、近年では部門横断で進める公務サービスのDX推進を担うようになってきている。しかし、公務サービスのDX化は簡単なことではない。地方自治体の情報システムはセキュリティの観点から、マイナンバーや個人情報を扱うマイナンバー利用事務系、日々の業務に利用するLGWAN(総合行政ネットワーク)接続系、インターネット接続が必要な業務に利用するインターネット系の三層に分離する「三層の対策」という方式がとられており、業務において3つのパソコンを使い分ける事態が生じていた。したがって 、DXを推進するには、DXを進めるための基盤から整備する必要がある(※2)。さらに、実務的な問題としては、繁忙な部署ほど目の前の業務に忙殺されてしまい、デジタル化を進めるために 時間や労力をかけることすら難しくなってしまう場合があるとも聞く。
また、商工部門では地域振興やインバウンド対応などを担っており、地域の事情に応じた取り組みを展開している。人口減少による地域の衰退を食い止めるために、移住や関係人口の増加を意図して展開するさまざまな地域振興策やインバウンド需要に対応する多言語での観光施策の展開、オーバーツーリズムへの対応など、これまでにない業務が増えている。
職員数が減少している農業部門においても高齢化に伴う農家数の減少や耕作放棄地の増加への対応が課題としてあり、土木部門においても増加する老朽化インフラへの対応や自然災害からの復旧など、取り組まなければならない業務がある。
職員数が増えることには一定の理由があり、標準的な公務サービスを展開するための需要額が減っても、目の前に生じている課題に対応する業務がなくなるわけではない。高齢化やグローバル化などによって社会全体が変化することに伴って、公務サービスに期待される役割は変化している。
公務サービスの持続可能性
地方公共団体のどの部門を切り出しても、期待されている役割がある。これまでは、公務サービスを民間企業や地域団体などの他の組織にカバーしてもらうことでなんとか担ってきた。しかし、労働供給が制約される社会を迎えつつあるなかで、民間企業や地域団体などが一部の公務サービスを担うことは厳しくなるだろう。そのとき、公務サービスの担い手不足に悩む地方公共団体は、地域住民の生活を守る最後の砦として存在し続けられるのだろうか。
公務サービスの担い手が不足すれば、私たちの生活基盤は徐々に脅かされることになる。蜂屋(2021)は、公務サービスを維持するためには、①AIの活用も含めたDXの一段の推進、②都道府県や市町村と協力した共同・広域での提供の拡大、③高等教育改革も含めた専門人材の育成、④民間委託や地域運営組織(※3)を活用した業務範囲の見直しを進めることを挙げている。本年6月に政府から公表された「経済財政運営と改革の基本方針2024について」でも、公務サービスやインフラ維持管理の広域化・共同化、DXや新技術の社会実装による地域機能やサービスの高度化が取り上げられている。このほかにも、公務組織や公務員自体を活性化するために、多様な経験を持つ中途採用者を活用することや職務や成果に応じた給与を支払えるようにすることなどの人事制度改革も必要だろう。
しかし、公務サービスの担い手確保や提供のあり方を工夫する取り組みだけで、果たして十分だろうか。人口減少と高齢化によって「令和の転換点」を迎え、労働供給量が制約されることが前提となるこれからの社会においては、官民問わず労働力が希少となり、全てを今までと変わらないサービス水準で維持することも難しくなる。持続可能な公務サービスの構築には、維持するべき 公務サービスの取捨選択 などにより、頑張りどころを変える努力も必要になるのではないだろうか。「令和の転換点」プロジェクトでは、主に公務サービスの需要を縮減する取り組みに着目して、持続可能な公務サービスのあり方を検証していきたい。
(※1)ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(Diversity Equity and Inclusion)。多様性、公平性、包摂性の頭文字をとったもので、明確な定義はないが、多様な人々を活かす公平な状態の実現を目指すもの。
(※2)「三層の対策」は総務省が各地方自治体に導入を推進したものであるが、従来のモデル(αモデル)で利便性の問題が生じたことから、高度なセキュリティ対策を施すことを条件とする「β′モデル」が示され、利便性を高めるための工夫が進められている。
(※3)「地域運営組織」とは、地域で暮らす人々が中心となって形成され、地域課題の解決に向けた取組を持続的に実践する組織であり、自治会やPTAなどが参加する「地域づくり協議会」が該当する。
参考資料
村松岐夫(1994)『日本の行政-活動型官僚制の変貌』中公新書
蜂屋勝弘(2021)「地方公務員は足りているか-地方自治体の人手不足の現状把握と課題」JRIレビュー, Vol.4, No.88
橋本 賢二
2007年人事院採用。国家公務員採用試験や人事院勧告に関する施策などの担当を経て、2015年から2018年まで経済産業省にて人生100年時代の社会人基礎力の作成、キャリア教育や働き方改革の推進などに関する施策などを担当。2018年から人事院にて国家公務員全体の採用に関する施策の企画・実施を担当。2022年11月より現職。
2022年3月法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。修士(キャリアデザイン学)