臨界点が迫る公務サービス(3)―公務における働き方改革の限界―

2024年09月30日

取り組みが進む働き方改革

「令和の転換点」では、人口構成の変化が一部の生活維持サービスを中心に労働需要を増加させる可能性があり、サービスの提供は限られた人員で担わなければならない。サービスを提供し続けるためには、仕事の総量を減らして、必要なサービスが少ない人員でも効率的に提供できる環境の整備が欠かせない。近年、官民を問わず、働き方改革として仕事の進め方の工夫で長時間労働を抑制する取り組みや、働き方の柔軟性を高めて多様な労働者が労働に参入しやすくする取り組みが進んでいる。

公務においてもペーパーレス化や開庁時間の短縮などを進めるだけでなく、週休3日も可能となるフレックスタイム制(※1)の導入などが進められている。しかし、公務で取り組みが進んでいる働き方改革は人材獲得で競合している民間企業でも同様に、もしくはそれ以上に進んでおり、公務の取り組みが特別なわけではない。

公務における働き方改革は、前述のコラムでも指摘したような長時間労働や自己都合退職をする若手・中堅職員の増加に対処したいとの問題意識とともに語られることが多い。働き方改革が注目され始めたのは2016年頃(※2)であり、今に始まったことではない。2019年から労働時間の上限規制が法的に設けられた(※3)こともあり、民間企業の取り組みは急速に進んでいる。一方で、いまだに公務において働き方改革を声高に推進しているのはなぜなのだろうか。

公務員の働き方は「9時5時」とも評される一方で、「不夜城」とも称されることがあり、人によって抱いているイメージが異なる。このため、公務と民間企業の働き方改革の状況を評価するためには、比較可能なデータに基づいた議論が欠かせない。そこで、2016年から2024年までの「全国就業実態パネル調査(JPSED)」を用いて、働き方の変化について官民比較を行った(※4、5)。

働き方の官民比較

週労働時間、休暇取得状況、有給休暇取得率(※6)を官民で比較をすると、公務の取り組みは、民間企業と比較して相対的に遅れている状況がある(図表1)。民間企業の週労働時間は減少傾向にあり、特に時間外労働時間の上限が規制された2019年以降は急速に減少して、2021年以降は41時間超で推移している。公務の週労働時間も減少傾向にあるものの、民間企業ほど減少は著しいものではなく、2023年は公務の週労働時間が民間企業の週労働時間を超えていた。休暇取得状況と有給休暇取得率は、いずれも官民において取得しやすい傾向が高まっているものの、公務よりも民間企業において取り組みが進んでいる状況があり、2020年以降の有給休暇取得率は、官民の数値が逆転している。

図表1 公務と民間の週労働時間、休暇取得状況、有給休暇取得率の推移図表1 公務と民間の週労働時間、休暇取得状況、有給休暇取得率の推移出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」より筆者作成

さらに詳細な分析を行うために、職種別に比較した(図表2)。公務と民間企業の週労働時間を職種別に集計したところ、民間企業の週労働時間は職種間に大きな差があるが、全ての職種で同程度に減少傾向にある。一方で、公務の週労働時間は職種間の差が小さく、いずれの職種も緩やかに減少傾向にあるが、管理職と専門職・技術職は事務職と比べて労働時間に波があり、減少している年もあればほぼ横ばいの年もある。

図表2 官民別・職種別週労働時間図表2 官民別・職種別週労働時間出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」より筆者作成

なお、図表では示さないものの、官民別・職種別に休暇取得状況と有給休暇取得率を比較すると、官民いずれにおいても全ての職種で増加傾向がみられ、管理職は他の職種と比較して低い状況が共通している。

同じく職種別に、週労働時間、休暇取得状況、有給休暇取得率に着目すると、官民いずれも働き方改革への取り組みは進んでいるものの、公務は民間企業よりも歩みが遅く、特に公務の管理職と専門職・技術職での取り組みは、その効果が明確に表れていない状況がある。

公務で低下する仕事満足

官民で取り組みが進む働き改革が働き手に及ぼしている効果を検証するため、仕事の満足度合いに関係する項目を官民で比較した(図表3)。働き方改革への取り組みの違いを反映してか、各項目について民間企業では数値が微増傾向がみられるのに対し、公務の数値は微減傾向にある。

図表3 公務と民間の仕事の満足度合いに関する項目の推移(※7)図表3 公務と民間の仕事の満足度合いに関する項目の推移(※7)
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」より筆者作成

これらの項目を職種別に比較すると、事務職は官民ほぼ同じ傾向である一方で、専門職・技術職は官民の差が縮まりつつあり、管理職は2024年に公務の数値がいずれも民間企業を下回った。公務管理職においては、「仕事そのものに満足」や「生き生き働く」の項目で減少傾向にあり、公務の専門職・技術職においては、「成長実感」の項目で減少傾向にある(図表4)。働き手への効果に着目すると、公務の働き方改革の取り組みは、効果を発揮しているとは言い難い。

図表4 官民別・職種別の仕事の満足度合いに関する項目の推移図表4 官民別・職種別の仕事の満足度合いに関する項目の推移出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」より筆者作成

疲弊する公務

前述のとおり、週労働時間は今回比較した全ての職種で減少し、休暇取得のしやすさは増加している。それにもかかわらず、仕事の満足度合いに関する項目の数値は、民間企業と異なり公務は微減傾向にあるのはなぜだろうか。分析の限界から、公務でこのような現象が生じている原因を特定することはできないが、影響していると考えられる項目に注目すると、公務の職場が疲弊しつつある状況が見えてくる。

仕事に関して「常に忙しく、一度に多くの仕事に手を出していた(常に忙しい)」とする回答は、民間企業の各職種においては横ばいまたは微増傾向にある(※8)。一方で、公務においては、専門職・技術職はわずかに減少傾向にあり、事務職は横ばいにあるが、管理職は増加傾向にある(図表5)。公務よりも民間企業の管理職の方が忙しいと感じている傾向があるが、公務の管理職における増加傾向は、2024年は減少しているとはいえ、他の職種よりも強い傾向がある。このため、公務の管理職では仕事の内容が変化してきていると考えられる。

図表5 官民別・職種別の「常に忙しい」の推移図表5 官民別・職種別の「常に忙しい」の推移出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」より筆者作成

また、仕事の性質について「自分で仕事のやり方を決めることができた(自分のやり方)」とする回答は、公務の管理職と事務職において減少傾向にあり、専門職・技術職は増加傾向にある(図表6、※9)。

図表6 官民別・職種別の「自分のやり方」の推移図表6 官民別・職種別の「自分のやり方」の推移出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」より筆者作成

これらの結果から想像されることは、特に公務の管理職においては、仕事の内容が変化して、自分のやり方で仕事もできなくなりつつある状況が生じている可能性である。そのような職場環境の中で、仕事への満足度が低下してしまうことは、感覚的にも頷けるのではないだろうか。

このような変化の影響を受けてか、公務には民間企業の各職種と比べて特異な動きをしている項目がある。まず、「自分の仕事と家庭生活の両立についてストレスを感じましたか(両立ストレス)」という項目について、公務のいずれの職種の回答も増加傾向にある(図表7、※10)。

図表7 官民別・職種別の「両立ストレス」の推移図表7 官民別・職種別の「両立ストレス」の推移
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」より筆者作成

この点、民間企業では、管理職において増加傾向がみられるものの、事務職と専門職・技術職にあってはほぼ変化していない。公務は民間企業と比較して、仕事と家庭生活の両立に困難を感じる傾向が強まっている状況がある。

また、健康状態のうち「頭痛めまいがする」は、官民いずれの職種も増加傾向にあるものの、特に公務の管理職の回答は他の職種と比べても増加傾向が目立っている(図表8、※11)。

図表8 官民別・職種別の「頭痛めまいがする」の推移図表8 官民別・職種別の「頭痛めまいがする」の推移出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」より筆者作成

公務の自助努力の限界

これらの数値の推移から、公務における働き方改革は、労働時間の削減や休暇取得の促進などの表面的な効果は着実にみられる一方で、労働の質の改善は置き去りになっている可能性が読み取れるのではないだろうか。現在、公務において進められている働き方改革の取り組みだけでは、公務サービスの持続可能性が危ういことは明白だろう。

もちろん、公務内の自助努力によって労働の質を改善していく取り組みは欠かせないが、公務には国民や市民の生活に影響する仕事もあることから、自助努力だけでは十分に解決できないこともある。生活に直結する議論を公務の中だけで進めることはできず、短兵急に進めることも混乱を招いてしまう。すぐに、簡単に変えられないからこそ、私たちにとって必要な公務サービスは何で、それは誰がどのように担うべきなのか、これまでの公務のあり方を前提としない議論が必要なのではないだろうか。

(※1)フレックスタイム制度を用いた選択的週休3日制は、国家公務員においては、従来は育児や介護等の事情がある職員のみに限られていたが、2025年4月からは交代制勤務者などを除く全職員が使えるように措置される。地方公務員においては、千葉県が2024年6月から知事部局などの職員を対象に導入しており、群馬県前橋市や栃木県宇都宮市などでは一部の部署での試行を経て、2025年度の本格導入に向けた検討が進められている。
(※2)2016年9月に当時の安倍総理大臣の私的諮問機関として「働き方改革実現会議」が設置され、2017年3月に「働き方改革実行計画」が決定された。時間外労働の上限規制などを導入した「働き方改革関連法」は、2018年4月に国会に提出されて同年6月に成立し、2019年4月から順次施行されている。
(※3)働き方改革関連法は2019年4月1日から順次施行され、時間外労働の上限規制に関しては、大企業は2019年4月1日から、中小企業は2020年4月1日から施行されている。また、自動車運転業務、建設事業、医師にあっては2024年4月1日からの施行となっている。
(※4)民間企業の集計対象は、公務員給与を決定するための「民間給与実態調査」が、企業規模50人以上かつ事業所規模50人以上の事業所を対象に実施されていることを踏まえて、従業員規模50人以上の民間企業に勤める者に限定している。また、公務には公安職など民間企業には存在しない職種も多く含まれていることから、集計対象を管理職、事務職、専門職・技術職の3つの職種に限定している。
(※5)2016~2022年のJPSEDでは国家公務員と地方公務員を「公務」としてまとめて調査していることから、今回の分析対象は「公務」としている。このため、「公務」の結果には、国家公務員と地方公務員が混在している点に留意が必要である。
(※6)週労働時間は、「12月時点についていた仕事における平均的な1週間の総労働時間はどれくらいでしたか」と聞いて時間単位で回答を得ている。休暇取得状況は「昨年1年間、あなたは、法定または所定の休日(土・日・祝日)、あらかじめ決めた休日に、きちんと休暇をとれましたか」と聞いて「1.すべて休暇がとれた(100%)」「2.おおむね休暇がとれた(75%程度)」「3.おおよそ半分は休暇がとれた(50%程度)」「4.少ししか休暇がとれなかった(25%程度)」「5.ほとんど休暇がとれなかった(数%程度)」の中から回答を得ている。有給休暇取得率は、「昨年1年間の、あなたの有給休暇の取得率をお選びください」と聞いて「1.すべて取得できた(100%)」「2.おおむね取得できた(75%)」「3.おおよそ半分は取得できた(50%程度)」「4.少ししか取得できなかった(25%程度)」「5.ほとんど取得できなかった(数%程度)」「6.有給休暇はない(付与されていない)」の中から回答を得ている。休暇取得状況と有給休暇取得率は、集計にあたって逆転処理を行っている。
(※7)「昨年1年間の、あなたの仕事に関する以下の項目について、どれくらいあてはまりますか。」と聞いた10項目から、官民を比較して特徴のあった「仕事そのものに満足していた(仕事そのものに満足)」「生き生きと働くことができていた(生き生き働く)」「仕事を通じて、『成長している』という実感を持っていた(成長実感)」の3項目を選んで集計している。回答は「1.あてはまる」「2.どちらかというとあてはまる」「3.どちらともいえない」「4.どちらかというとあてはまらない」「5.あてはまらない」の中から得ており、集計にあたっては逆転処理を行っている。
(※8)※7の10項目から、「常に忙しく、一度に多くの仕事に手を出していた(常に忙しい)」を集計した。回答は「1.あてはまる」「2.どちらかというとあてはまる」「3.どちらともいえない」「4.どちらかというとあてはまらない」「5.あてはまらない」の中から得ており、集計にあたっては逆転処理を行っている。この設問は2019年調査から設けているため、グラフは2019年~2024年の結果を集計している。
(※9)「昨年1年間における、あなたの仕事に関する以下の項目について、どれくらいあてはまりますか」と聞いた6項目から、「自分で仕事のやり方を決めることができた(自分のやり方)」を集計した。回答は「1.あてはまる」「2.どちらかというとあてはまる」「3.どちらともいえない」「4.どちらかというとあてはまらない」「5.あてはまらない」の中から得ており、集計にあたっては逆転処理を行っている。
(※10)「あなたは、昨年1年間、ご自分の仕事と家庭生活の両立についてストレスを感じましたか」と聞き、「1.強く感じていた」「2.感じていた」「3.少し感じていた」「4.感じていなかった」「5.全く感じていなかった」の中から回答を得ており、集計にあたっては逆転処理を行っている。
(※11)「昨年1年間のあなたの状態についておたずねします。もっともあてはまるものをお選びください」と聞いた健康状態に関する8項目から「頭痛めまいがする」を集計した。回答は「1.いつもあった」「2.しばしばあった」「3.少しあった」「4.ほとんどなかった」「5.全くなかった」の中から得ており、集計にあたっては逆転処理を行っている。

橋本 賢二

2007年人事院採用。国家公務員採用試験や人事院勧告に関する施策などの担当を経て、2015年から2018年まで経済産業省にて人生100年時代の社会人基礎力の作成、キャリア教育や働き方改革の推進などに関する施策などを担当。2018年から人事院にて国家公務員全体の採用に関する施策の企画・実施を担当。2022年11月より現職。
2022年3月法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。修士(キャリアデザイン学)

関連する記事