
インフラを支える技術系公務員の活躍に向けて
インフラの維持・管理をめぐる状況はきわめて厳しく、それを支える人材も危機的な状況にある。だからといって、手をこまねいているわけにはいかない。この現状を乗り越えるためにとりうる方法は、既に着手されている。それでも危機的な状況を脱することが難しいのであれば、より抜本的な打開策を検討せざるを得ない。
活路の可能性
市区町村には、インフラを技術的な背景をもって支える技術系職員がいる。市区町村に勤務する技術系職員は、増加する業務への対処として、どのような取り組みに可能性を見出しているのだろうか。昨年、リクルートワークス研究所が実施した「基礎自治体職員業務実態調査」では、業務の改善や効率化に向けて活用できると考えられる取り組みについて質問した(図表1)(※1)。その結果、各項目で事務系職員と技術系職員に大きな差はみられず、「活用できる」とする回答が多いものとして、「モデル事業や国家戦略特区などへの採択」や「公務外人材の活用」が挙げられる。これらは予算や人材の確保に資するものである。
図表1 業務変革に向けた取り組みの可能性(「活用できる」と回答した割合)出典:リクルートワークス研究所(2024)「基礎自治体職員業務実態調査」
「活用できる」との回答が多い「モデル事業や国家戦略特区などへの採択」と「公務外人材の活用」について、「まったく活用していない」とする回答を集計すると、特に公務外人材の活用が進んでいない状況が明らかになった(図表2)(※2)。公務内の技術系職員が限られるなかで、公務外の人材活用に活路を見出すのは自然な流れである。
図表2 「活用できる」にもかかわらず「まったく活用していない」とする回答の割合出典:リクルートワークス研究所(2024)「基礎自治体職員業務実態調査」
さらに、人材の活用に関して「活用しているが、まだ改善の余地がある」とする回答に着目すると、「業務量に見合った人員配置」や「専門人材の育成・配置」は、事務系職員以上に改善の余地があるとする回答が多い(図表3)。技術系職員に関しては、人材の活用を工夫する余地がまだありそうだ。
図表3 人材の活用に関して「活用しているが、まだ改善の余地がある」とする回答の割合出典:リクルートワークス研究所(2024)「基礎自治体職員業務実態調査」
活路の限界
技術系職員の人材活用には活路が見い出せる一方で、それ以外の改善については、限界を迎えつつある。取り組みとして「活用が進んでおり、改善の余地が限られている」とする回答に着目すると、業務が厳しい状況に陥っている技術系職員は、事務系職員以上に改善の余地が限られる程度まで、さまざまな取り組みを活用している(図表4)。特に、予算の獲得(「助成金や補助金などの財源獲得」や「モデル事業や国家戦略特区などへの採択」)、業務の効率化(「民間委託の推進や指定管理者制度の活用」や「業務の見直しや内部管理業務の効率化・集約化」)、デジタル化の推進(「業務のデジタル化」や「テクノロジーの活用」)にあっては、事務系職員以上の努力を積み重ねている。これらの取り組みは、まだ改善の余地があるとはいえ、限界があることは意識せざるを得ない。
図表4 「活用が進んでおり、改善の余地が限られる」とする回答の割合出典:リクルートワークス研究所(2024)「基礎自治体職員業務実態調査」
すぐに取り組める打ち手
これまで整理してきた状況を踏まえて、限られた予算と人員を効率的にインフラの維持・管理に活用していくためには、どのような打ち手が必要だろうか。まず、考えられる方向性として、①デジタル化の推進、②業務の広域化が挙げられる。
①デジタル化の推進
「業務のデジタル化」や「テクノロジーの活用」は、業務変革に向けて「活用できる」とする回答が少ない項目であるが、実は、まだ十分に活用されていない状況がある。例えば、図面や各種情報をデジタル化して共有する電子契約システムなどの導入率は、特殊法人等や市区町村では2割に満たない状況にある。さらに、受注者と発注者との間のやり取りや工事関係書類の作成をWeb上で行う情報共有システム(ASP: Application Service Provider)などの導入に関しては、特殊法人等や市区町村では約1割にとどまる(図表5)。ロボットやセンサー技術を応用した新技術や検査などにより収集したデータの活用も欠かせない。これらの取り組みは、事務や検査の簡素化や効率化に資する。
図表5 電子契約システム・ASP等導入状況出典:総務省・財務省・国土交通省「2024年入札契約の適正化の取組状況に関する調査結果について」から筆者作成
国も積極的にこれらの取り組みを推進しているが、自治体職員はデジタル化に対して活用の可能性を低く評価している。この認識の差が、国や都道府県と比べて市区町村での取り組みが遅れている一因とも考えられる。導入に必要な予算の確保や使い方の支援など、先行投資として可能な限り早急に取り入れていく必要がある。
②業務の広域化
人材を活用しようにも、市区町村にはインフラの維持・管理を担う技術系職員がいないまたはきわめて少ないという問題がある。全国にある約1,700ある市区町村のうち、約4分の1の団体が建築・土木技師の職員が0名という現状を踏まえれば、全ての団体が必要な人材を確保することは困難だろう。インフラの維持・管理業務は、市区町村によって内容が異なるものではないことから、複数の自治体が協力して実施することが考えられる。
現在、消防やごみ処理、上下水道管理などにおいては、各市区町村の事務を持ち寄って設置した別法人が共同で処理をする一部事務組合などの広域で取り組む仕組みが活用されている。しかし、道路や河川の土木工事の調査などを広域で担う例はまだ少ない(※3)。限られた予算と人員で、より効率的に業務を進められるようにするためには、広域化の取り組みが欠かせない。
今後、検討が必要な打ち手
これら2つの方向性は、国も推進しているものであり、現状を乗り越えるためにも強力に進める必要がある。しかし、事務や検査を効率化するデジタル化や地域を跨いで人材を活用する広域化にも限界はある。現在の仕組みを前提とする対応では、今後、労働供給が制約されてより深刻さを増していく人材確保の難しさを乗り越えることはできないだろう。そこで、現在の仕組みを疑ってみることも必要ではないだろうか。合意形成に時間がかかるとしても、例えば、以下2つの方法は考えられないだろうか。
③業務や手続きの抜本的改善
自治体が担うインフラの維持・管理業務には、道路の除草などの業務もあり、除草の必要性を調査し、業務委託であるいは職員が自前で除草する業務が生じている(※4)。このような業務は、本当に全てを自治体が担う必要があるのだろうか。特別な機材などを用いる必要のないレベルであれば、地域住民が担えるような仕組みを構築することも考えられる。行政組織内の業務の整理や見直しだけでは限界を迎えることから、行政組織内だけで解決を目指す発想から脱却していくことが必要である。
また、インフラの維持・管理に関連した手続きそのものを簡素にしていく視点も必要である。例えば、公共工事の入札は、建設業法、会計法、地方自治法、入札契約適正化法、官製談合防止法などの諸法令がさまざまな規律を設けている。一つの工事を実施するには、公告から企業評価、入札、契約、施工までの過程を経る必要があり、入札の前段階としての資格審査もある。これらの規律は、安心安全の確保だけでなく、税金の効率的な執行や官民の不正防止などの観点から設けられている。しかし、建設業を取り巻く状況は大きく変化し、自治体もまた苦しい状況にあることを踏まえれば、これからも全てを実行していく必要があるのだろうか。これらの規律の必要性を虚心坦懐に見直す必要があるのではないだろうか。
過剰な規律は自らの首を絞めかねない。民間企業で進められているDX(デジタルトランスフォーメーション)も、効果を高めるためには、業務そのもの見直しが必要であることが言われている。規律の見直しは法令改正を伴うものもあるが、現状に照らして本当に必要な規律に厳選していく観点も必要ではないか。
④官民の垣根をなくす
建設業就業者数が減少しているので、社会的な需要が高まるインフラの維持・管理を担う専門性を有する人材の確保は厳しい。技術系人材を自治体だけで確保し育成し続けることは困難さを増していく。そこで、人材が限られる専門性が高い職種だからこそ、官と民を棲み分けるのではなく、官と民が一体となって専門性を活用できる環境を整えていくことが必要である。特に公務外人材の活用は、打ち手として活用可能性が高いにもかかわらず取り組みが進んでいないからこそ、打開策として有効だと考えられる。③で示した業務や手続きの抜本的改善とともに進めることで、公務員としての職務経験にかかわらず活躍できる環境を整備することにも資する。
この場合、避けて通れない問題として官民の処遇差がある。専門職の給与に影響すると考えられる経験年数をそろえて建設技術者・土木技術者と公務員の月額給与を比較すると、国家公務員(大卒)は企業規模1,000人以上を下回っており、国家公務員(高卒)と全地方公共団体(大卒・高卒)は全てにおいて下回っている(図表6)(※5)。建設技術者・土木技術者の月額給与は学歴別で示されていないため、専門知識の豊富さに影響する学歴を加味すると、処遇の差はさらに広がっているとも考えられる。
図表6 経験年数10~14年の建設業関連職種と国家公務員行政職(一)、地方公務員一般行政職との月額給与の比較(2023年)出典:厚生労働省「令和5年賃金構造基本統計調査」、人事院「令和5年国家公務員給与等実態調査」、総務省「令和5年地方公務員給与実態調査」より筆者作成
専門性を持つ技術系人材が限られるようになり、公務も民間企業も人材の確保が難しくなる。技術系人材が官と民のどちらでも活躍できるような労働市場を整備するために、公務において専門性を評価する処遇へ改善を図ることが必要ではないか。
(※1)「あなたが現在担当している業務において、以下の項目は業務負荷の低減に向けて活用することはできますか。 現在、取り組んでいるか否かにかかわらず、どちらかというと活用できるのか、活用できないのかでお答えください」と質問し、各選択肢について「1.活用できない」「2.活用できる」「3.わからない/該当しない」の3件法で回答を得ている。
(※2)※1の質問について「2.活用できる」と回答した人のみを対象に、「あなたが現在担当している業務で『活用できる』と回答した以下の項目について、あなたの業務では実際にどのくらい活用が進んでいますか」と質問し、「1.まったく活用していない」「2.活用に向けた検討や試行の段階にある」「3.活用しているが、まだ改善の余地がある」「4.活用が進んでおり、改善の余地が限られている」「5.わからない」の5件法で回答を得ている。集計は、「5.わからない」とする回答を除いて行っている。
(※3)道路や河川の土木工事の調査などの事務を行う一部事務組合として、長野県松川町などの計13町村で構成される「下伊那郡土木技術センター組合」の例がある。総務省「地方公共団体間の事務の共同処理の状況調(2024年7月1日現在)」によれば、一部事務組合3,534団体のうち、国土保全を担う団体は2団体、都市計画を担う団体は17団体であり、広域連合534団体のうち、国土保全を担う団体は3団体、都市計画を担う団体は3団体に過ぎない。
(※4)国道の例になるが、三重県松阪市から大紀町の荷坂峠までの国道42号線を管理する国土交通省中部地方整備局大台維持出張所では、除草費として年間2,600万円程度が必要となっており、同出張所の維持修繕費の4分の1を占めている(北端, 2019)。
(※5)厚生労働省「賃金構造基本統計調査」、人事院「国家公務員給与等実態調査」および総務省「地方公務員給与実態調査」の経験年数の区分のうち、区分が一致するのは「10から14年」のみである。建設技術者・土木技術者の月額給与は、「賃金構造基本統計調査」の所定内給与額を用いている。国家公務員の月額給与は、「国家公務員給与等実態調査」の行政職俸給表(一)の経験年数階層別、給与決定上の学歴別平均俸給額に、地域手当や扶養手当などの諸手当の平均月額を加えて算出している。地方公務員の月額給与は、「地方公務員給与実態調査」の一般行政職の経験年数別平均給料月額(全地方公共団体)に、職種別諸手当月額(全地方公共団体)を加えて算出している。
北端大地(2019)「維持管理費の削減と省人化を目指した除草作業の取り組み」2019年度中部地方整備局管内事業研究発表会
執筆:橋本賢二