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縮減する社会とどう向き合うか――東京大学教授・金井利之氏
人口動態の変化は、公務サービスに対するニーズも変化させる。公務サービスのあり方を変化に即したものにしていくためには、地域住民の力も欠かせない。私たちは「令和の転換点」に対して、どのように向き合えばいいのだろうか。縮減する社会の合意形成について研究している東京大学金井利之教授にお話を伺った。
東京大学大学院法学政治学研究科 教授 金井利之氏

縮減社会の背景にある分配問題
――経済と人口が縮小する縮減社会において、地域はどのような合意形成の問題に直面することになるのでしょうか。
金井:人口が減ると、広く薄く人が点在するので、薄くなったところや誰もいないところを誰が管理するのかという問題が生じます。人がいなくなれば、例えば、森林や土地が荒れてすみ着いてしまう野生動物も出てくるので対策が必要になります。管理のためには、山奥の道路・林道は撤収すればいいという話でもなく、撤収しなければ、道路・林道の維持の問題も出てきます。どちらにしても、広がり過ぎた国土の管理を誰がどのように負担するのかという問題が生じます。
今までの都市開発は拡大一辺倒でした。拡大して伸びきって薄くなって破れて綻びが出始めた地域についての対策を、今度は自治体が引き受けなければなりません。本当は高度成長の拡大基調の時期にも、人間活動領域を無闇に広げないようにするべきだったので、必要な政策の基調は変わっていません。自治体は廃村やゴーストタウンが増えてしまうことを防がなければならないので、地域活性化に焦るあまり、依然として新規開発に向かってしまっているところもあります。人口が減って経済力も下がって弱くなっているのに、開発基調が逆説的に強まってしまう。そうなると、ますます問題は深刻になります。
――そのような問題に向き合っている地域も生まれつつありますが、問題の深刻化を避けるためには、どのような議論をしていくべきでしょうか。
金井:先進的な取り組みで有名な地域も、元々、中心的な都市であったり、中心地の周辺に位置する有利な自治体であったり、あるいは自然環境・地形や気候・風土、歴史・文化・民俗など振り切った売り出し方によってエッジの効いた魅力的な地域だったりします。地域の強みを考えることはやった方がいいですが、自治体ごとの開発基調でも、縮減社会の構造が変わらないので、日本全体では厳しい未来が待っています。稼がなければならないという焦りから、ショッピングセンターを誘致しようとする地域や、世界遺産指定やカジノ誘致などでオーバーツーリズムになってまでインバウンド観光客を増やして、住民生活に影響が出てしまっている地域もあります。しかし、一時的に当たっても、あるいは、いくつかの地域では成功しても、縮減社会の中では、日本全体としてはうまくいきません。開発基調は個々の地域には合利的でも、日本全体では悪影響があるという合成の誤謬です。このまま建築物を増やす一方では、大変なことになってしまいます。
なぜ、自治体や地域住民が焦って開発を求めるのかといえば、地域での生活が持続するために必要な資金やサービスがないという、地域間・階層間の分配問題が背景にあるからです。分配問題が解決しない限り、誰も過剰開発に起因する全体問題を提起できませんし、日本全体の構造を解決することもできません。ある程度の分配があれば、安心感から地域も焦らなくて済むようになります。
――そのような問題に向き合っている地域も生まれつつありますが、問題の深刻化を避けるためには、どのような議論をしていくべきでしょうか。
金井:先進的な取り組みで有名な地域も、元々、中心的な都市であったり、中心地の周辺に位置する有利な自治体であったり、あるいは自然環境・地形や気候・風土、歴史・文化・民俗など振り切った売り出し方によってエッジの効いた魅力的な地域だったりします。地域の強みを考えることはやった方がいいですが、自治体ごとの開発基調でも、縮減社会の構造が変わらないので、日本全体では厳しい未来が待っています。稼がなければならないという焦りから、ショッピングセンターを誘致しようとする地域や、世界遺産指定やカジノ誘致などでオーバーツーリズムになってまでインバウンド観光客を増やして、住民生活に影響が出てしまっている地域もあります。しかし、一時的に当たっても、あるいは、いくつかの地域では成功しても、縮減社会の中では、日本全体としてはうまくいきません。開発基調は個々の地域には合利的でも、日本全体では悪影響があるという合成の誤謬です。このまま建築物を増やす一方では、大変なことになってしまいます。
なぜ、自治体や地域住民が焦って開発を求めるのかといえば、地域での生活が持続するために必要な資金やサービスがないという、地域間・階層間の分配問題が背景にあるからです。分配問題が解決しない限り、誰も過剰開発に起因する全体問題を提起できませんし、日本全体の構造を解決することもできません。ある程度の分配があれば、安心感から地域も焦らなくて済むようになります。
労働供給を促す賃上げ
――分配問題を住民から提起していくことは考えられるのでしょうか。
金井:開発に焦燥することを避けるには、生活基盤が脅かされない程度に、お金やサービスが分配されていなければなりません。人手不足といわれていますが、非正規労働などの安い賃金で働いてもらおうとするから、労働供給不足になります。生活基盤を維持することと、労働供給を増やすことの両立のためには、賃金を上げるしかありません。あるいは、賃金を上げたくなければ、労働への意欲を促しつつ生活基盤が安定するように給付付き勤労所得税額控除(Earned Income Tax Credit:EITC)で分配することなどが必要でしょう。住民が労働に参加して、賃金を要求することで分配を変えるしかないです。近年の経済施策が十分に功を奏していないように、物価だけが上がって、賃金があまり上がらなければ、労働供給も増えません。消費者として行動するならば、物価は安い方が良いでしょう。しかし、労働者として行動するならば、賃金が物価の上昇以上に上がっていくことが大事です。そうなれば、住民が労働に参加するようになります。もちろん、賃金上昇だけでは労働供給は増えず、ワークライフバランス改善、ジェンダー・年齢・障害・雇用形態などの差別の是正、やりがいの増大とやりがい搾取の防止、ハラスメントの削減なども必要でしょう。これらを行政が進めるためには、公務労働自体が重要な役割を持ちます。また、公務部門では、「改革」と称して、リーダーシップの発揮に偏ったり、思いや思いつきが先行したりすることを抑えることも、不可欠です。
――労働力として住民が行動するというのは一つのポイントですね。
金井:労働力というより労働者です。ものや資源のように見る労働力というよりは、人間としての消費生活もするし、税・社会保障負担もする労働者です。今、公共事業の発注現場では、予算額が折り合わずに入札が不調になってしまうことが増えています。それでも工事を実現しようとするのであれば、予算を上げるしかありませんが、予算額が変わらなければサービスを減らすことも必要になってしまいます。サービスを減らしたくないのであれば、税金を上げるしかありません。しかし、税金を上げようとしても、賃金が低ければ税金をとりようもないので、賃金を上げて労働供給を増やすことが必要になります。
金井:開発に焦燥することを避けるには、生活基盤が脅かされない程度に、お金やサービスが分配されていなければなりません。人手不足といわれていますが、非正規労働などの安い賃金で働いてもらおうとするから、労働供給不足になります。生活基盤を維持することと、労働供給を増やすことの両立のためには、賃金を上げるしかありません。あるいは、賃金を上げたくなければ、労働への意欲を促しつつ生活基盤が安定するように給付付き勤労所得税額控除(Earned Income Tax Credit:EITC)で分配することなどが必要でしょう。住民が労働に参加して、賃金を要求することで分配を変えるしかないです。近年の経済施策が十分に功を奏していないように、物価だけが上がって、賃金があまり上がらなければ、労働供給も増えません。消費者として行動するならば、物価は安い方が良いでしょう。しかし、労働者として行動するならば、賃金が物価の上昇以上に上がっていくことが大事です。そうなれば、住民が労働に参加するようになります。もちろん、賃金上昇だけでは労働供給は増えず、ワークライフバランス改善、ジェンダー・年齢・障害・雇用形態などの差別の是正、やりがいの増大とやりがい搾取の防止、ハラスメントの削減なども必要でしょう。これらを行政が進めるためには、公務労働自体が重要な役割を持ちます。また、公務部門では、「改革」と称して、リーダーシップの発揮に偏ったり、思いや思いつきが先行したりすることを抑えることも、不可欠です。
――労働力として住民が行動するというのは一つのポイントですね。
金井:労働力というより労働者です。ものや資源のように見る労働力というよりは、人間としての消費生活もするし、税・社会保障負担もする労働者です。今、公共事業の発注現場では、予算額が折り合わずに入札が不調になってしまうことが増えています。それでも工事を実現しようとするのであれば、予算を上げるしかありませんが、予算額が変わらなければサービスを減らすことも必要になってしまいます。サービスを減らしたくないのであれば、税金を上げるしかありません。しかし、税金を上げようとしても、賃金が低ければ税金をとりようもないので、賃金を上げて労働供給を増やすことが必要になります。
地域の問題としては、シニアにも労働に参加してもらう必要がありますが、フルタイムで労働力を提供できないので労働時間を減らしたときに、それを理由にして安い賃金で抑えられてしまうと労働に参加してもらえません。賃金を上げようとしても、そのための元手がないということであれば、事業者を含めて分配の問題に行きつきます。
身の丈を変えるように国に要求する
――分配問題になると、住民だけでの解決は難しいです。身の丈に合わせてできることをやるしかないのでしょうか。
金井:身の丈に合わせるのではなく、身の丈を変えなければなりません。身の丈に合わせて我慢するとか、身の丈を自分でなんとか伸ばそうとする話では解決しません。身の丈を伸ばしたいという自力救済――「今だけ金だけ自分だけ」――への焦燥感が過剰な開発基調を生み出し、日本全体で問題が拡大していきます。社会が縮小していくなかで、本当に必要なものを厳選していくような考え方は、身の丈に合わせようとする発想ですが、そのままでは単なる縮小再生産の縮減で、その過程では開発基調がさらに加速します。20世紀終盤は経済的な成長の効果で、格差が拡大していた日本社会の分配問題が目立っていませんでした。戦後日本の「一億総中流」とは、底上げができたから全ての国民生活が改善したような気持ちになっていたというだけです。しかし、成長がなくなって、分配の悪さが目立つようになりました。この問題の解決は、地域だけでは解決できないので、国も含めて考えなければなりません。
金井:身の丈に合わせるのではなく、身の丈を変えなければなりません。身の丈に合わせて我慢するとか、身の丈を自分でなんとか伸ばそうとする話では解決しません。身の丈を伸ばしたいという自力救済――「今だけ金だけ自分だけ」――への焦燥感が過剰な開発基調を生み出し、日本全体で問題が拡大していきます。社会が縮小していくなかで、本当に必要なものを厳選していくような考え方は、身の丈に合わせようとする発想ですが、そのままでは単なる縮小再生産の縮減で、その過程では開発基調がさらに加速します。20世紀終盤は経済的な成長の効果で、格差が拡大していた日本社会の分配問題が目立っていませんでした。戦後日本の「一億総中流」とは、底上げができたから全ての国民生活が改善したような気持ちになっていたというだけです。しかし、成長がなくなって、分配の悪さが目立つようになりました。この問題の解決は、地域だけでは解決できないので、国も含めて考えなければなりません。
しかし、国に任せれば国がやってくれるわけではありません。国は身の丈に合わせさせようとします。国との関係で地域住民が考えなければいけないのは、問題を自分たちで解決しながら、国に対しても分配を変えろという圧力をかけていくことです。
――住民にできる国に対する圧力としては、どのようなことが考えられるのでしょうか。
金井:国が全国一律でやるべきでありながらできていないこととして、例えば、給食無償化、教育費無償化などがあります。国がお金を出さないので、子ども食堂などの慈善に頼って続ければいいというものではありません。そもそも、子ども食堂が要らないように、国がきちんと所得保障・生活保障をするべきです。一つのビジョンとして、まず地域や自治体から始めて、それを広げたうえで、国にやらせるための運動が大事になります。国にお願いするだけでは、国は動きません。むしろ、国は、よくやった取り組みを「好事例」として紹介して、「素晴らしいので全国の各地域でも同じように動いてもらうように横展開しましょう」となってしまいます。だからこそ、地域現場から国を突き上げるような社会的な運動までを見据えて、自分たちの行動を変えて、地域で活動することが大事です。取り組んでいる人たちも、身の丈でやって褒められたいわけではありません。本当は国がやるべきだ、国にやらせたいという想いで取り組んでいるのではないでしょうか。
出せるものを出す
――分配を増やすための原資をどのように確保すればいいのでしょうか。
金井:現状のままでは、サービスの質は低下してしまいます。お金を払えなければ仕事を発注することもできないので、道路などの生活に必要なインフラの工事もできなくなってしまいます。払うべきものは払わなければならないので、そのために必要なお金は納めなければなりません。その際、金融資産をたくさん持っている富裕層や、金融所得の多い投資家、多額の報酬をもらっている経営者など、お金を持っている人たちに象徴的に課税することが必要です。実は、このような人たちに課税をしても、絶対人数が少ないので、全体を賄えるほどの金額にはなりません。それでも、「隗より始めよ」であり、持てる者に率先して課税しなければ、一般の人々には課税できません。そうして分配を改善して全員で払うように変えていく必要があります。
金井:現状のままでは、サービスの質は低下してしまいます。お金を払えなければ仕事を発注することもできないので、道路などの生活に必要なインフラの工事もできなくなってしまいます。払うべきものは払わなければならないので、そのために必要なお金は納めなければなりません。その際、金融資産をたくさん持っている富裕層や、金融所得の多い投資家、多額の報酬をもらっている経営者など、お金を持っている人たちに象徴的に課税することが必要です。実は、このような人たちに課税をしても、絶対人数が少ないので、全体を賄えるほどの金額にはなりません。それでも、「隗より始めよ」であり、持てる者に率先して課税しなければ、一般の人々には課税できません。そうして分配を改善して全員で払うように変えていく必要があります。
――そのような合意を形成していくうえでは、何が重要になるのでしょうか。
金井:出せるものを持っている人が、出せるものをしっかりと出す、という理念と社会像です。お金のある者はお金を出し、力のある者は力を出し、知恵のある者は正しく知恵を出す。出せるものを持っている人たちが、自分の身の回りだけを意識して保身に走っていては、社会は良くなりません。確かに、自己利益を考えてしまうことは止めようもないので、全面禁止などは現実的に不可能でしょう。それでも、何かを多く持っている人が、それを地域や社会のために提供していかなければ、日本社会の長期縮減のトレンドや消滅可能性は変えることはできません。
金井:出せるものを持っている人が、出せるものをしっかりと出す、という理念と社会像です。お金のある者はお金を出し、力のある者は力を出し、知恵のある者は正しく知恵を出す。出せるものを持っている人たちが、自分の身の回りだけを意識して保身に走っていては、社会は良くなりません。確かに、自己利益を考えてしまうことは止めようもないので、全面禁止などは現実的に不可能でしょう。それでも、何かを多く持っている人が、それを地域や社会のために提供していかなければ、日本社会の長期縮減のトレンドや消滅可能性は変えることはできません。
執筆・聞き手:橋本賢二