行政に声を届ける市民討議会。当事者意識が継続の秘訣――多治見市役所・多治見市市民討議会

2025年02月17日

無作為に選ばれた市民が行政問題をテーマに議論を行い、その成果を行政に提言する「市民討議会」は、一時、全国で取り組みが広がったものの、現在でも継続している自治体は少ない。そのひとつが岐阜県多治見市で、発足から15年を数えている。なぜ続けてこられたのか、また継続したからこその効果や課題は何か。実行委員会の水野智恵子氏と、会の運営をサポートする多治見市役所の磯村莉佳氏に話を聞いた。

多治見市市民討議会のイメージ図多治見市役所
秘書広報課 磯村莉佳氏
多治見市市民討議会
実行委員会 水野智恵子氏

初対面の市民同士が打ち解け合う楽しさが、続けたいという意欲につながる

市民討議会は、ドイツ発祥の住民自治の手法を日本風にアレンジしたもので、市民の中から参加者を無作為に抽出して選び、有償で地域課題に関する議論を行う。2005年に東京青年会議所が東京・千代田区で試行的に実施し、翌年には日本青年会議所が旗振り役となって、全国の青年会議所に開催を呼びかけた。多治見市でも2009年、多治見青年会議所(以下JC)が第1回の市民討議会を開催し、多治見市役所が共催で参加した。「市役所でも市民の声を聞く広聴のノウハウはありましたが、地区懇談会に参加しなかったり、パブリックコメントを寄せたりしない方々の意見を聞く手法として、市民討議会は確かに良い取り組みです。当時、市ではJCの誘いをそのようにポジティブに受けとめて共催を決めたと聞いています」と磯村氏は振り返る。

当初の運営はJCが担っていたが、2013年に市民主体の運営に完全移行した。市では当初から参加者を無作為抽出する際の個人情報の取り扱いや、会場の借り上げなどを手伝っている。現在、実行委員会のスタッフは、市民討議会に参加した市民の中から翌年の運営ボランティアを募る形で構成している。例年1名から2名、多いときで5名ほど参加するため人手に困ることはなく、「自らが参加した討議会の運営側になり、意見を出して自分たちの手でさらにより良い形をつくるといった良い流れがずっと続いています」と水野氏。参加者アンケートでもほとんどが「参加してよかった」と感想を寄せ、3分の1以上が「運営に興味がある」と答えている。

なぜ、運営ボランティアが代々続くのだろうか。それは、市民討議会が参加者にとって楽しく、魅力的な空間であることが大きいようだ。「私が初めて参加した一番のきっかけは謝礼金が出ることでしたが、時間もあるし、市役所と関わりのない普通の生活を送っていたので、面白そうだと興味をそそられました」と語るのは、実行委員会のメインスタッフの水野氏である。このときのテーマは、多治見の駅をどのように改修してほしいかだったが、「議論の内容より市民同士で話をする、その空間自体がものすごく楽しかった記憶があります」と述懐する。世代も職業も異なる初対面の人々との場は気が詰まりそうなものだが、「小学校が一緒だったり共通の知人がいたり、『あのお店美味しいよね』といったささいな話題で盛り上がったり、どんどん話が弾みました。同じ市内に住んでいるだけでたくさんの共通点があると発見できたことが楽しく感じた理由だと思います」(水野氏)。

行政に気軽に意見を言えることを知って醸成される当事者意識

しかし、楽しさだけでは続けられない。15年にわたり市民討議会が続いた最大の理由は、「主催が市役所ではなく市民であること」と水野氏は明言する。「行政が主催だと、おそらく『やらされ感』が強かったり、一方的な要望ばかりになったりすると思いますが、市民同士でしかも運営は市民のボランティアだと、参加者もおのずと前向きになるようです」。毎回のテーマは実行委員会が「行政と一緒にできることを考えましょう」というスタンスで設定し、議論を促している。これまでも、多治見市で深刻な交通渋滞の解消策、震災が起きたら防災に関する話題、といった市民が関心を持ちやすい旬のテーマを議論してきている。「議論したい課題は数々ありますが、多治見市に興味を持ってもらうことを最も重視しているので、難しくない誰でも語り合えるテーマを選ぶようにしています」と水野氏。肩肘張らず、気軽に意見を交わすことで、地域への興味が高まることが市民討議会の価値であり、継続のポイントだという。

市民討議会の議論の成果は市役所に提案するが、市民も当事者として関わることを意識した内容が多い。「例えば河原の利用をテーマにしたとき、桜並木が欲しいという声が上がりましたが、提案では『桜を植えてください』ではなく、『桜の木を1本ずつ買うので植えさせてください』という意見でまとまりました。健康づくりにしても、頑張って歩くから散歩スポットをつくってほしい、野菜をつくるための畑を造るので場所だけ貸してほしい、といった市役所だけに任せるのではなく、市民自身も関わろうとする意見がだいぶ増えてきたと感じています」と水野氏。

市役所側も「できることはやろう、もしくは頂いた意見からの気付きを既にある施策に反映してブラッシュアップしよう、という感じになりますね。もちろん100%実現できるわけではありませんが、すぐにできることは迅速に対応するよう意識しています」と磯村氏。市民の意見が政策見直しの説得材料になることも多いという。過去の例ではスマートフォンが定着し始めた頃、市民討議会の提言を受け、市内の携帯キャリア会社に多治見市を紹介するアプリや、市の防災アプリをあらかじめインストールしたうえで販売してもらったこともあるという。とりわけ避難所などを案内する防災アプリは市民の安全を守る重要なツールだが、高齢者などはダウンロードが難しいため、初期設定から備わっているのは安心だ。民間企業を巻き込んだ取り組みは、行政の協力なしにはできないことでもあり、市民討議会が生み出した好事例といえよう。

多治見市長に提言書を提出する写真多治見市長に提言書を提出する様子(2024年10月9日)

参加者の意識が、行動が変わる醍醐味。課題は市の施策や市民討議会の周知徹底

第1回に市民として議論に参加した水野氏は、翌年から運営ボランティアとして市民討議会を支える実行委員を長く続けている。その理由を聞くと、「多治見市のことを何も知らず、最初は及び腰で参加していた市民が、参加者との会話を通して地域や行政に興味を抱き、目を輝かせて意見を言うようになる。そうした心の変化を目の当たりにする魅力ですね。その感動を一度味わってしまうと、とても辞められません」と弾む声で答えてくれた。参加者からは「行政に自分の意見が言えるなんて思ってもみなかった」「意見を聞いて対応してくれるんだ」という声を聞くことが多いという。また、地域に興味を持つと行政に対する心理的なハードルが下がり、PTAの役員や町内会長などの地域活動を引き受けるようになるなど、地域との関わりを積極的に持つようになる人も少なくないという。磯村氏も「市役所にとって市民討議会は広聴の場です。1人でも多く、自分の意見を行政に伝えられることに気付いてくれる場になってほしい」と語る。市民討議会をきっかけに地区懇談会やパブリックコメントの参加・活用が増えることも期待している。

一方で、長年、市民討議会を続けているからこそ見えてくる課題もある。「市民討議会から市への提言の中には、既に取り組んでいる施策も多くあります。市役所の取り組みが市民に知られていないことに、改めて気付かされました」と磯村氏。さらに市民討議会の存在自体も思いのほか知られていない。市のHPなどで情報発信はしているが、市民討議会を継続していくために、その価値をどのように伝えていくのかが課題となっている。「運営会議の回数やテーマの決め方などは、できるだけ手間を省いて機能的にするなど、続けられるための仕組み化には取り組んでいます。先のことを考えると、市民討議会の価値をより広く、特に若い世代に伝え続けていくことが大事です。それを心がけながら皆で知恵を絞っているところです」と水野氏。継続することは決して簡単ではない。しかし、多治見市のことを考え、一緒により良いまちづくりに取り組もうとする「仲間」を増やしていけるという実感が、スタッフの原動力となり、熱意をかきたてている。

労働供給が制約される社会では、地域課題の解決を全て行政に期待することが難しくなる。このため、地域課題を市民自身が解決していくことも考えなければならない。地域に住んでいる人を知り、地域への興味を高める市民討議会は、自らが地域課題の当事者であることを認識して、行政と一緒になって課題の解決に向き合おうとする行動を生み出すきっかけとなっている。

聞き手:橋本賢二
執筆:稲田真木子

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