人と組織の意識改革が、自治体DXの推進力――デジタル庁 デジタル推進委員・齊藤望氏
人口減少に伴う労働力不足に喘ぐ地方自治体では、住民の安定した暮らしを支える行政サービスの人手不足もまた深刻化している。人員が縮小するなかで持続的にサービスを提供し、かつ生産性を向上するために欠かせない手段がDXだが、その取り組みは各地でどのように進められているのか。デジタル推進委員として活動する齊藤氏に、「自治体DX」の現状と課題、今後の望ましいあり方を聞いた。
デジタル庁 デジタル推進委員 齊藤 望氏
自治体DXの取り組みは地域の温度差が顕著。推進には強力なリーダーシップが必要
青森県の市役所で長年公務員を務めた齊藤氏は、現在、東北地域を中心に活動するデジタル推進委員である。デジタル推進委員とは、地域のデジタル化推進のリーダーとして、デジタル技術の活用方法や利便性をわかりやすく説明し、実際の利用をサポートする指南役で、デジタル庁から任命される。行政サービスのデジタル化、いわゆる「自治体DX」の理解を深めるための研修会などでは、地域による意識の温度差をまざまざと感じるという。「この前も自治体の職員を対象に自治体DXの情報交換会を開いたのですが、市部は課長が出席するのに対し、町部になると係長以下が出席していました。町村部の方が今後、高齢化率は高まっていくので、本来は逆であってしかるべきなのですが」と憂える。
市レベルでは課長クラス、町村部ではできれば首長、つまり施策の裁量権が大きいポジションにある者が自治体DXの旗振り役になるのが望ましい。「なぜなら公務員には、前例を踏襲するという考え方が染みついているからです。ゼロベースから仕組みを構築するDXは、おそらく定義を理解することから難しいと感じています」と齊藤氏。管理職が主導的に動くことが望ましく、「とりわけ最も話が早いのはトップダウンです。トップのアンテナ感度が高く、かつ行動力がある自治体ほどDXが進んでいます」と指摘する。
「自治体によりDXがどれだけ進んでいるかは、大きな目的で分類すると、まず住民向けの行政サービスが一つ。次に庁内の業務改善や生産性の向上、いわゆるBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)です。もっと先に進んでいる自治体は、国のスマートシティ構想をはじめ、農業や医療にもDXを推進しています。この3段階が評価の視点の目安と言えるかもしれません」と齊藤氏。もちろん、自治体DXの推進には、自治体トップや管理職クラスが当事者意識を持つことが不可欠である。その前提を踏まえたうえで、ここでは行政サービスを中心に自治体DXのあり方を考えてみたい。
住民目線の環境づくりがDX活用の第一歩。まずはアナログ改革から
住民向けの行政サービスでは、まず窓口改革として「市民が役所に行かないサービス」が広がっている。「金融機関では入出金の確認や振り込みなどがスマートフォン一つで完結できるインターネットバンキングサービスが広まっています。行政でも、地域住民にとって一番目に見える形のメリットは電子申請です。スマホやコンビニ、駅のキオスク端末などを通して、住民票をとったり保育所の入所手続きを行ったりと、役所に行かなくても済めばかなりの便利さを実感できるでしょう」(齊藤氏)。住民の利便性向上はもとより、来庁者が減れば窓口業務の負担も軽減される。
一つ留意したいのは、都市部と地方部では環境が異なる点だ。「特に役所の支所もない過疎地域では、今、国が郵便局をハブとした電子申請サービスの実証実験を行っています。過疎地の自治体はこうした情報をキャッチし、自らアプローチすることも重要だと思います」と齊藤氏。行政が全てを自前で整えることは難しい。連携できるところと一緒になって進めていくことが不可欠だ。
一方、来庁する住民向けのサービスに関しては、「まずはアナログから変えていこう」と提案している。「金融機関は電子取引を進める一方で、支店の窓口を最適化したり商業施設内にATMを設置したりと、使う人の環境に合わせてリソース配分を考えています。行政も利用者目線の環境をつくらなければなりません」と齊藤氏。例えば、諸手続きのために来庁した住民から聞こえる不満の最たるものは、転出入の届け出はここ、住民登録はあちら、健康保険の後期高齢者ははそちら、と窓口が分かれていることだ。窓口ごとに申請書を書く手間も煩雑である。「来庁者をあちこち回らせない、迷わせない、そして書かせないという、ワンストップサービスを標準化したい。理想は役所に来させない(行かせない)で、スマホで市役所を持ち歩くというスタイルです」(齊藤氏)
DXとは単にシステムを導入することではなく、デジタル技術を介して住民が恩恵を享受する仕組みの概念である。しかし、齊藤氏によれば、ツールがDXだと勘違いしている節がまだ多いという。こうした自治体職員の意識を変え、課題解決のためのDXという視点を得るため、デジタル庁では現在、各自治体で「窓口利用体験調査」を展開している。この調査では、市役所の職員が転入したばかりの父母・小学生・乳幼児の4人家族に扮して窓口で諸手続きを体験し、デジタル庁のアドバイザーがどのような事務や手続きで何分使っているのか、バックオフィス業務の進め方も含めて細かく調査する。「待ち時間の長い業務は問題点を洗い出し、改善するのが具体的な目的ですが、職員にとっては自分がお客さんになり、『待たされていらいらする体験』をすることがとても大事です。机上の研修で学ぶよりはるかに実感を伴って、『ここを何とかしたい』と利用者目線で考えるようになります。そうなれば、例えば来庁者ではなく職員が動く仕組みに変えるなど、アナログ改革からできることは自ずとたくさん見つかります。そのうえで、アナログ対応では解決できない部分にDXツールを活用すれば、住民も職員もメリットを感じるので、継続と定着が見込めるはずです」(齊藤氏)
障壁はシステムではなく組織と人。変革に挑むマインドが未来を変える
実証実験段階では、住民生活に寄与するDXシステムやツールの開発はどんどん進んでいる。例えば総務省では、離島や過疎地の郵便局の空きスペースを活用し、オンライン診療およびオンライン服薬指導の実証事業を行っている。厚生労働省では、母子健康手帳に記載する妊婦健診や乳幼児健診、予防接種などの情報の一部を電子化している。この情報は本人(親)がスマートフォン等で閲覧できるのはもちろん、転居時に他の自治体に引き継げるほか、今後は医療機関等とも共有する予定だ。こうしたプラットフォーム化により、健診の日時をアラートやリマインダーで通知するといった便利な付加機能もいずれ開発されるだろう。「自治体から住民への通知がスマホ内の専用郵便箱に届くサービスなどは既に実用化されていますし、身近なところでは選挙のデジタル投票などの仕組みも技術的にはすぐに開発可能です。他にもベンダー企業などからさまざまなDXサービスがリリースされており、システムやツール自体は加速度的に進化しています」と齊藤氏。
日々進化しているにもかかわらず、導入・普及が遅々として進まないのは、なぜなのか。「ほぼ全てが人と組織の問題です」と齊藤氏は指摘する。トップダウンなど強力なリーダーシップにより全庁挙げて取り組むのは当然として、国の掛け声によりDX担当者を設置する自治体は増えているものの、活用する職員の理解不足や消極的な対応により、担当者が孤軍奮闘している状況も見受けられるという。ちなみに国ではITやDXに強い外部人材を積極的に登用してもらうため、その費用(委託料など)の7割を特別交付税で措置するなど、DX推進の財政措置を拡充しているが、活用している自治体とそうでない自治体との差は開くばかりだという。「担当者を核として、DX人材の育成に関わる人事部門、業務効率の改善を担う行政改革部門、そして一番大きなところでは、人口減少対策などを考える地方創生担当といった企画系部門。この4者が車の4輪として、同じ速度、同じ熱量で動かないとなかなか前進しません」(齊藤氏)
では、推進体制を整備することから難しいのは、なぜなのだろうか。齊藤氏は「変わりたくないからでしょう」と即答する。「職員もそうですが、利用する住民、特にデジタルに抵抗のある方々は変化を嫌います。現状のままで満足という無意識の肯定感が、自治体DXの推進を阻害する一番の要因です」(齊藤氏)。確かに、リアルに想像できない未知の世界に踏みだすのは億劫だろう。しかし、私たちはコロナ禍を通して、既に変化を経験している。「リモートワークにソーシャルディスタンス。コロナ禍により私たちの暮らしは加速度的に変わりました。生活実感を伴ってDXの恩恵を感じた人もたくさんいます。今では変化を意識すらしないほど、私たちは今の暮らしに適応しています。ですから、自ら変えていくこともきっとできるはず。他人事ではなく当事者として、『今より豊かな未来』に向けて、生活の中に、あるいは行政サービスやビジネスの中にDXを組み込み、うまく使いこなそう、さらにはたゆみなく変革を続けていこう――。そうしたマインドが必須になると思います」(齊藤氏)。自ら変えてみないか、というシンプルな問いかけに、DXの本質が詰まっている。
聞き手:橋本賢二
執筆:稲田真木子