地域の力で福祉需要を抑える――文京区社会福祉協議会・浦田愛氏

2024年10月15日

臨界点が迫る公務サービス(2)―公務サービスの需要の変化とその打ち手―」でも触れたように、児童や高齢者、障害者などへの福祉系公務サービスの需要額は年々増加しているのに対して、サービスを提供するための公務員数の増加は限られている。福祉に関する需要は年々高まると考えられるなかで、期待に応えられるだけの職員や予算を配分し続けることは難しい。需要の増加に対処するだけでなく、需要の増加を抑える取り組みも必要なのではないか。そのような問題意識から、最前線で福祉を担う文京区社会福祉協議会の浦田愛氏に、これからの福祉のあり方について話を伺った。

浦田愛氏文京区社会福祉協議会 地域福祉推進係 係長 浦田愛氏

地域福祉の現在

地域に生じる福祉のニーズには、行政だけが対応するのではなく、社会福祉協議会も大きな役割を担っている。行政機関は、法令に基づいて福祉に関する制度やサービスを整えて、福祉に必要な予算を確保して公正に実行する。一方で、社会福祉協議会は、地域住民や保健、医療、教育などの関連する分野の関係者によって構成され、地域で起きている福祉問題を地域全体の問題として捉えて解決を図っている。

近年の支援の変化について、文京区社会福祉協議会の浦田氏は「SOSを自分から出せない人が増えている」と話す。社会福祉協議会が支援する対象は、子どもから高齢者、障害者や外国人、被災者などと幅広く、行政が提供している支援の枠組みが必ずしも届いていない人も多い。社会福祉協議会では、民生委員や児童委員、地域住民などと協力しながら「制度の枠から取りこぼされてしまう人、たどり着けない人などを地域ネットワークでキャッチして専門機関につなぎ、住民とチームを組んで支援しています」と浦田氏は語る。

スクールソーシャルワーカーやみまもり相談員など、ここ10年で社会福祉協議会の活動を支える福祉系の専門人材は増員されているため、支援活動をしやすくなってはいる。しかし、浦田氏によれば、支援策から取りこぼされてしまう人はまだまだ存在し、支援策に該当しない人への支援は限られてしまうことがあるという。

業務合理化の限界

社会福祉協議会の支援は、支援対象者の声にならない声を聞き出し、生き方や考え方に共感しながら、ゆっくりと信頼関係を築いて支援する地道な取り組みだ。近年の支援案件の変化について、その背景には支援対象者の家族基盤や地域基盤の弱さがあり、そこに仕事や人間関係などの悩みが重なることで、困難な状況に陥っても声をあげられない人が多いという。支援のための制度やサービスの充実が急がれることはもちろんだが、つくれば済むという問題ではない。浦田氏は、事情に応じながら使えるようにフィットさせる存在が必要だと指摘する。社会福祉協議会の支援は、一人ひとりが困難な状況に陥った事情に応じて支援策をカスタマイズしながら提案していく。このため、支援を一つの型にはめることや、支援を強引に押し付けることはできない。

このような個別性が強い支援に関して、テクノロジーの力で効率化できることはないのだろうか。文京区社会福祉協議会では、コロナ禍の前から職員が地域に出ていく時間を捻出するためにデジタル化を進めていた。そこにコロナ禍で、デジタルツールの導入が一気に進んだことから、出勤を約6割に抑制した体制の中でも、コロナ特別貸付などの業務を進められたという。クラウドを活用したソフトの導入で社会福祉協議会内の業務効率は高まっており、「ファイルを探して開く手間がなくなるだけでも大きく時短できて重宝しています。外出が多い職員とのスケジュール共有も楽になっている」(浦田氏)という。

一方で、テクノロジーを十分に活用しきれていない現状もある。個人情報保護条例の関係で、支援活動で連携しているさまざまな機関や地域住民などの社会福祉協議会ではない外部の関係者とテクノロジーを介した情報共有には至れていない。このため、お互いの動きを把握できない不自由さがあり、関係者が集まる会議の調整などに時間を取られてしまうこともあるという。支援対象者のセンシティブな個人情報を扱っていることから、情報の取り扱いに慎重にならざるを得ない点はあるものの、効率的に効果的な支援を実施するための情報共有の仕組みの構築が大きな課題になっている。

地域の活力で予防する

介護福祉士など福祉系の専門人材は、全国で十分な人員を確保できていない。しかし、専門人材に頼り切るのではなく、地域住民にもできることがある。「居場所づくりでは70代が即戦力です。誰かのために生きている感覚を持ち続けることが元気の源になり、介護予防にもつながっています」と浦田氏は語る。文京区で行われている居場所づくりでは、地域に住んでいる民生委員やボランティア、企業、病院など多様な人たちで構成された実行委員会がコミュニティを運営し、住民が地域の悩み事の受け皿となっている。浦田氏は「地域の中に、人のためになにかをする循環をつくることが大事です」と続ける。

この点、行政が提供する施策はどうしても問題が起こった後の事後対応にならざるを得ない部分がある。しかし、ますます増加する地域の福祉問題に対して、事後対応だけで対処することには限界がある。例えば、地域にうつや引きこもりの当事者がいるとき、当事者や周辺住民との信頼関係の構築から始めなければならないので、関係者が費やさなければならない時間や費用は莫大なものとなる。このような問題に対処する職員を増やそうにも、簡単に人員を増やせないという制約が役所にはある。事後対応に徹している限り、課題に対応する人材の不足からは逃れられない。

そこで、浦田氏は「施策に予防の観点を取り込むことが大事です」と強調する。地域の福祉問題は、問題になる前に見つけてフォローすれば問題化しないことも多い。地域の居場所づくりは、まさに、居場所を軸とした地域そのものの再構築であり、地域が悩み事の受け皿となることで、結果的に事後対応で生じていた莫大なコストの発生を抑えることが可能になる。「行政は事後対応に力を入れるのではなく、地域のコミュニティをつくって育てるところにこそ支援の力を注ぐべきです」と浦田氏は主張する。

事後対応では当事者間に衝突が生じていることもあり、こじれると問題解決の糸口が見つからず、対応する職員への負担感は増大する。一方で、予防的に地域を育てる活動は、職員がやりがいを感じやすく、地域の福祉問題にも地域全体で関わっていくことができる。地道な取り組みではあるものの、地域の活力を高める支援こそが、時間や費用を抑制する効率性だけでなく、関係者の負担を少なくして、真に対応しなければならない問題に向き合うことを可能にする。

これからの福祉人材

地域の活力を高める主役は地域住民だ。これからの福祉人材は、福祉問題に対処する専門性はもちろんのこと、地域の活力を高められるような地域支援ができる人材でなければならない。このような福祉人材になるためには2つの姿勢が欠かせないと浦田氏は指摘する。第1に、既成概念を打ち破れることである。福祉に関する施策は、国によって方針が定められ、施策の実施は個々の現場のクリエイティビティが試されるようになってきている。このため、具体的な施策を実施するためには、前例にとらわれずに事案に応じて柔軟にアレンジしていくことが必要となる。第2に、学術的な研究やデータに触れて、自らも発信することである。関連する学会に参加することで最新の知見や有識者とつながることが可能になる。また、自らデータを収集して分析することで、問題との関わり方の引き出しが増える。現場を向いているだけでは、問題と向き合うための視点の広がりに限界があるという。

問題の増加に対して人員をただ補う発想では、このような人材を育てることはできない。問題そのものが生じにくい構造をつくることで、需要が抑制されて専門人材が専門性を高める機会が増加する。さらに、福祉需要の抑制によって得られた成果が地域や施策に還元されることで、地域活動の活性化や福祉の質を高めるという好循環が生じるようになる。
地域の活力を高める取り組みは、公務サービスが抱えきれない需要を抑制するカギとなる。また、福祉に係る人々の力を、現場へのソフトウェア投資や新たな発想の人材育成によって高めていく。人口動態の変化に伴い医療や福祉の分野の労働需要が年々増加するなか、浦田氏のお話からは令和の転換点後の、持続可能で豊かな福祉分野の公務サービスのあり方が見えてくる。

聞き手・執筆 橋本賢二

橋本 賢二

2007年人事院採用。国家公務員採用試験や人事院勧告に関する施策などの担当を経て、2015年から2018年まで経済産業省にて人生100年時代の社会人基礎力の作成、キャリア教育や働き方改革の推進などに関する施策などを担当。2018年から人事院にて国家公務員全体の採用に関する施策の企画・実施を担当。2022年11月より現職。
2022年3月法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。修士(キャリアデザイン学)

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