機械化や業務分解の余地が少ない警備業 八方ふさがりの人材確保に打開策はあるか?――株式会社ピースメーカー

2025年01月20日

警備は社会に不可欠なインフラであるにもかかわらず機械化や業務分解をしづらく、労働人口減少への対応が最も難しい領域の一つだ。道路工事現場などの警備を担うピースメーカーのCEO、黄元圭氏と副社長の新山泰煥氏に、今抱えている課題と前例にとらわれず検討する解決方法に聞いた。

黄氏と新山氏の写真株式会社ピースメーカー  CEO 黄 元圭氏(写真右)
株式会社ピースメーカー  副社長 新山 泰煥氏(写真左)

シニア、女性、外国人活用も難しい 警備業務の特殊性

同社は主に東海地方の高速道路や一般道路、線路などの工事現場で、作業員の安全を確保するための警備に当たっている。近年は「採用は困難を極めています」と、黄氏は嘆いた。

「バブル崩壊直後には、求人情報誌に小さな広告を出すだけで30本は電話連絡があり、25人くらいはコンスタントに面接に来ました。しかし今は状況が一変しています」

採用広告にお金をかけようにも、リソースには限界があり「多額の資金を投じて大量に人を採用する会社などに、力負けしてしまう」のが現状だ。さらに愛知県の2024年の最低賃金(時給)は1077円と、2014年の800円から上がり続けている。労働者が年収を「103万円の壁」の枠内に収めようとする場合、就労時間を調整するため、時給が上がるほど、労働時間は減ってしまう計算だ。

また、かつては応募者の大半が20代の若者だったが、現在は中高年が多数を占め、70代の応募もある。しかし事故リスクなどを考えると、60代以降の人を採用するのは難しい。

「時速100キロ前後で車が走る高速道路で働く以上、とっさに動ける反射神経や運動能力は必要です。最近は人手不足もあって、経験者は60歳くらいまで採用していますが、本当なら50歳を超えたら、体力や運動能力を見て判断したいところです」と、新山氏は説明する。

建設業などと違って警備の領域は、在留資格上、外国人労働者の就労も認められていない。女性も採用はしているが定着する人はごく一部で、屋外作業の厳しさやトイレ使用の問題もあり、多くは半年くらいで離職してしまうという。「現場には『トイレカー』を同行させますが、何キロもある工事区域を歩いてトイレカーに行かなければいけないことも多く、女性にとって働きづらい仕事であることは否定できません」(黄氏) 

高速道路での活動の様子
時速100キロ前後で車が走る高速道路での活動は反射神経や運動能力が求められる。

短時間パートの活用は困難 途中交代難しく渋滞もネックに

 介護などの現場では、専門性の高い業務とそうでない業務を切り分け、「すき間バイト」のアプリを通じて採用した短時間労働者などに、非専門業務を振り分ける動きも見られる。しかし警備の仕事では、未経験者や短時間のパートを活用する余地はきわめて限られる。

そもそも警備の仕事に就く場合、事前に20時間以上の新任研修を受ける必要があり、アプリで採用した人をすぐに現場に送り込むことはできない。作業員は、不測の事態に備えて道路や線路の監視に集中する必要があり、経験の乏しい人にタブレットやインカムを使って遠隔で指示して作業させるといった手法もなじまない。

さらに高速道路の集中工事期間中などは、現場への移動の際に渋滞が発生し「通常1時間で行ける場所に、5時間かかるといったことも珍しくありません」(黄氏)。このため、1日数時間働いて残業はしたくない、といったパートタイマーのニーズには合致しないのだ。

「例えば4時間で人を交代させる場合、現場での交代となるため行き帰りの移動時間に2人分の賃金が発生します。発注企業からは通常1日1人分の人件費が支払われるので、重複分の人件費を負担することには、理解を得られない可能性もあります」と、新山氏は言う。作業員を入れ替えるため頻繁に工事現場へ車両の乗り入れを繰り返すことは、コストがかかるうえに危険でもある。

このため作業員は通常、フルタイムでその日の工事が終わるまで働く。常勤職員の中には、渋滞などで勤務時間が長くなると、36協定で定められた労働時間の上限規制に達してしまう人も出てくるという。

「ある程度残業が増えた人は、仕事を減らして残業のない現場に行かせ、別の人を残業のある現場に充てています。難度の高いパズルゲームのような調整が必要なため、担当者は毎月苦労しています」(新山氏)

テクノロジー導入の余地は少ない 事務作業には効率化の可能性も

高速道路上の工事に関しては、一部に機械化の動きも始まっている。例えば、走っているトラックの荷台からロボットアームでコーンを設置し、工事の規制区域を作る「ロボコーン」という機械も現れた。

ただロボコーンは、搭載できるコーンの本数が限られるため工事区域が長い場合、補充用のコーンを載せたトラックを追走させる必要がある。このため「稼働車両と必要な人員が増えるケースが多く、作業員の危険性は減っても人員削減の効果はあまりないと思います」と新山氏は語る。

また他の産業では、例えば鉄塔の点検にドローンを活用するなど、危険を伴う検査をテクノロジーに代替させる取り組みも進められている。しかし警備は「目」だけでなく、現場に行って手も動かす必要があるため「テクノロジーで解決できる余地は少ない」と、黄氏は指摘する。

「本当に技術で警備の仕事を代替するなら、高速道路の地下にセンサーを敷き詰め、センサーの指示でコーンが設置場所まで自走するといった大掛かり、かつ高性能な装置が必要。コスト的に到底見合わないでしょう」(黄氏)

一方、デジタル化による業務改善の余地があるのが、事務手続きの領域だ。もともとIT業界でSEをしていた新山氏は、この業界に入って警察署などに提出する書類の多くが紙ベースで、さらに手書きでないと認められない書類が多いことに驚かされたという。

「毎年2回、警察による立ち入り調査に提出する書類もすべて紙ベース。サインもすべて手書きで、すごく資源と手間を使っていると感じます」

建設会社とやり取りする際の図面も多くは紙で、タブレットなどはあまり活用されていないばかりか、ファクスすら現役で稼働している。

新山氏は社内では、営業の進捗管理の書類や見積もり書などの作成を自動化し、手打ち入力の手間を省くなどの取り組みを進めてきた。ただ警察や建設会社との間で使われる書類については当然、会社の一存では変えられない。「手書きのサインの代わりに電子署名を認める、契約書の電子化を進めるなど、社外とのやり取りが変わればだいぶ手続きの手間も省け、スピーディーに進むようになると思います」

最後まで人が担う業界 前例にとらわれない自社の取り組み、顧客の理解は不可欠

 
警備だけでなく建設業の人材不足も深刻化するなか、同社の関わる道路や線路工事でも、関連する企業が必要な人材を確保できないため、工事が先送りになるといった事態が起き始めている。

「舗装会社が『人がいないので作業できない』と言ってきて、急に工程が変更になったこともありました。当社もごくたまに、人材確保の見通しが立たない時に作業工程を調整してもらうことがあります」(黄氏)

一昔前なら受注した企業にとって「作業できない」は禁句で、発注先からの取引停止すら覚悟しなければいけなかった。しかしここ10年ほどの間で、こうした力関係にも変化がみられるという。

「今も元請けからの『人を集めるのが下請けの仕事』という無言の圧力はあります。しかし人手不足が社会のコンセンサスになる中、調整し合う空気も生まれています」と黄氏は明かす。

機械化や業務分解の難しい警備業界が、人手を確保するための方策は、人を集めることしかない。新山氏は、警備経験のある人をプールしておいて、必要な時に出勤を打診する「タレントプール」の仕組みを設けることを検討している。また農業を営む人に農閑期に働いてもらったり、平日はオフィスで勤務するホワイトカラーに、週末だけ現場で働いてもらったりすることも考えられるという。

ただホワイトカラーについては、副業の際の残業通算や労災が起きた場合の責任の所在などの問題が残っているため、社員が副業先に雇用されることを禁じる企業もある。業務請負の副業なら認める企業が多いが、警備の場合、仕事を受託するには警備業者の認定を受ける必要があり、業務請負で働くのは現実的ではない。

このように、警備業の人手不足に関する「八方ふさがり」の状況を打破することは、容易ではなさそうだ。黄氏は「警備は結局、最後まで人が担う業界。顧客にこうした状況を訴え、理解を求めていくしかないと考えています」と語った。


聞き手:岩出朋子
執筆:有馬知子

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