「質」の議論が業務削減の壁に 介護業界の新たな常識をつくる――社会福祉法人若竹大寿会【後編】
トヨタ方式の業務改善などを通じて、業務量を3割削減することに成功した社会福祉法人若竹大寿会。法人本部副本部長で経営企画室長の山岡悦子氏は、深刻化する介護業界の人手不足を解消するには、業界に人を集める努力だけでなく、必要な要員を「減らす」ことを目的とした業務削減が不可欠だと訴える。
社会福祉法人若竹大寿会
法人本部副本部長・ 経営企画室 室長 山岡 悦子氏
介護人材を「増やす」のは困難 業務削減で必要な人員を「減らす」
――なぜ業務の効率化に取り組もうと考えるようになったのですか。
政府は2040年、介護職員を2022年に比べて3割増やす必要があると試算しています。介護予防で要介護者の増加を抑えると同時に、シニアと外国人労働者を集めて人材を確保するとしていますが、円安などを考慮すれば外国人労働者が爆発的に増えることは考えづらい。2015年頃からさまざまな対策を打ち出しているにもかかわらず、人手不足は深刻化する一方ですし、今後も介護業界が人材を十分に獲得するのは難しいでしょう。
われわれは人手不足解消の見通しが立たないなら、業務量を削減するしかないと考え、まず「3割削減」というゴールを設定しました。そのうえで、達成には何が必要かを逆算してトヨタ方式のQCを導入し「ムリ・ムラ・ムダ」の削減に取り組みました。その結果、発展途上ではありますが目標を達成し、ある施設では、運営に必要な人員を64人から49人に減らすことに成功しています。
――具体的にはどのようなことに取り組みましたか。
最初に手を付けたのは、定型的な仕事が多い間接業務の標準化です。特にスタッフの負担が大きく、標準化による時短効果が高い食事と入浴の準備は、全施設で実施しています。一番作業が早い人の手順をマニュアル化することで、作業が遅い人のスピードアップにもつながりました。
次に業務を簡素化しました。全スタッフに業務の一覧表を見せて、アイデアを出してもらったのです。例えば従来は入浴の際、高齢者の弱い肌を傷めないよう石鹸をよく泡立てていたのですが、体をこすらなくても汚れが落ちる、泡タイプの洗浄剤を導入して泡立ての時間を削りました。スタッフが手でつくっていた食事の「とろみ」も、「とろみサーバー」という機械で代替しました。
最後に起床と就寝、食事など繁忙時間帯の業務を分散し、平準化しました。例えば食事開始の時間を1人目は7時から、次の人は7時半からなどとずらして、一度に必要な職員数を減らしたのです。
――改善活動の際に、大変だったことは何でしょうか。
例えばショートステイの受け入れにかかる時間は、施設によって30分から2時間とばらつきがありました。長時間かかる施設は、職員が事故から忘れ物までさまざまなリスクを考えて、過剰に準備していたからです。しかし事故やクレームがないなら、取り越し苦労に近いリスクに時間をかける必要はないと考え、家族の理解のうえで短い時間のケースにそろえてマニュアル化しました。
食事開始の時間も、現場には介護者の都合で時間をずらすのは介護の質を下げるという固定概念がありますが、高齢者ご本人がそれでいいなら問題ないわけです。行きつ戻りつしながら、介護現場の「常識」を一つひとつ覆していきました。
――職場はどう変わりましたか。
以前は日中、利用者10人のユニットを主に職員2人と非常勤の計3人でケアしていましたが、今はほぼ1人で行っています。ユニット勤務以外の職員はフリー勤務にして、救急搬送などイレギュラーな事態に対応できるようにしています。
業界では新しい施設をつくっても人手が足りず、一部しかオープンできない法人も多いのですが、当法人は2020年、160床の特養をフルオープンで開設し、2カ月で満床になりました。法人全体の人数は増やすことなく、十分な人員を配置できました。
業務改善で人件費が減れば、そのぶんを介護テックへの投資や賃上げ、人材の採用・育成などに回せます。3年前には職員の給与を、年収で平均30万円上げることもできました。
2020年からは大学の医学部と連携し、全職員を対象に毎月オンラインで、リハビリテーションや認知症など各分野の専門医による研修を提供しています。業務改善で職員に余剰時間が生まれたからこそ、こうした研修も機能しています。
傷んだ業界、進まぬ改善 「介護しすぎ」も問題
――介護業界の業務改善はなぜ進まないのでしょうか。
現場が傷んでいるからです。改善に取り組む時間的な余裕もないし、取り組む人もいない。また社会福祉法人は大半が小規模なオーナー法人で、M&Aのメリットが薄いうえに公的サービスで収入もそれなりに守られており、再編による効率化もなかなか進みません。
介護報酬の処遇改善加算には「生産性向上の取り組み」という取得要件が盛り込まれてはいます。しかし要件を満たすには業務時間を何時間削減した、という調査データを示す必要があるなど非常に手間がかかり、現場を苦しめています。
ただ、地方はそもそも人口が減っているので、介護職員も施設数もさほど不足感はありません。人手不足で待ったなしの効率化を迫られているのは、都市部特有の現象とも言えます。
――効率化を進めるうえで、最もネックになっていることは何でしょうか。
介護の「質」とは何かという定義が、あいまいにされていることです。業務効率化を進める際は、必ず「質の担保」も求められますが、どうすれば質を担保できるのかが不明確なために、人員削減にさまざまな制約が生じてしまいます。政府は、業務削減によって生まれた時間を高齢者の直接のケアに充て「質を高める」よう促していますが、ケアにかける時間が長ければ質が高いとも言い難いでしょう。お墓参りにまで職員が同行するなど、「介護しすぎ」の状態も生まれていますが、これも担保すべき「質」の認識にばらつきがあるからです。
これからは、介護保険がケアを全てカバーするという当たり前を捨て、限られたスタッフで保つべき「質」とは何か、改めて規定しなければいけません。政府がそれをきちんと定義しないため、管理者が代わって規定せざるを得ない状況では「介護のしすぎ」の解消は難しいと感じます。
グローバルに汎用性高い機器の開発を 時間は残されていない
――ICTや介護ロボットによる省力化については、現場ではどのように見ていますか。
介護機器の開発は国の重点事項と位置付けられているため補助金も手厚く、多くの企業が参入しています。しかし各企業が既存事業の延長線上でプロダクトをつくっても、使う側のニーズに合わなかったり使い勝手が悪かったりすることが多いのです。過剰な介護サービスに合わせて、オーバースペックになりがちなことも問題です。
「DXで業務時間を何時間削減できる」とうたう製品も、ベストの環境で得られたデータを示していることが多く、日常の介護現場で同じ効果が出るとは限りません。日本は高齢先進国であり、介護ロボット開発では国際競争で優位に立てるはずですが、現状ではグローバルで汎用性が高いプロダクトをつくれず、補助金依存になってしまうのではないか、と懸念しています。
――現状を打開するため、政府や開発者に求められることは何でしょうか。
介護業界に、企業のトライ・アンド・エラーを待っている時間はあまり残されていません。政府には介護の質を規定し、介護機器の開発についても、求める質に見合った方向性を打ち出してほしいと考えています。
ただ介護テックやDXの導入が進んでも、必要な人員を減らせるほどのインパクトは見込めないと、私は予想しています。あくまで業務の「ムリ・ムラ・ムダ」の削減によって業務をぐっと減らすことが先であり、減らすだけでは解決できない問題、例えば人材育成や職員の孤立解消などの分野について、介護テックで補うというのが、基本的な考え方です。
――今後、取り組みたいことはありますか。
大学と連携した研修は、他法人の介護施設の職員にも公開しています。今後もこうした取り組みを通じて、地域の介護業界全体の底上げを図りたいと考えています。
また当法人の業務改善をメソッド化し、横展開したいという思いから、東京のある法人で改善に取り組んでもらっています。今はまだ試行錯誤している段階ですが、再現性が確認できたらメソッドを小冊子にまとめるなどして発信したいと思っています。
――ケアには終わりがないので、人数を減らす視点からトライしなければ何も変わらないことがよくわかりました。ありがとうございます。
聞き手:岩出朋子
執筆:有馬知子
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