デジタルツールが管理者に「マネジメントの視点」を育む――社会福祉法人むそう

2025年03月19日

社会福祉法人むそう(愛知県半田市)理事の谷口由紀子氏は、障害者や医療的ケア児の支援施設にデジタルツールを導入し、運営の効率化を進めている。その取り組みの中で、デジタル技術は単なる業務支援を超え、管理者に「マネジメントの視点」を身につけさせる育成効果があることが明らかになってきたという。お話を伺った。

谷口氏の写真社会福祉法人むそう 業務執行理事 谷口由紀子氏

千葉大学大学院看護学研究科にて修士課程を修了、現在東邦大学大学院看護研究科看護学専攻博士後期課程に在学中。これまで訪問看護ステーション管理者、医療法人統括マネージャーなどを歴任し、複数の看護協会等にてステーション管理者研修講師、コンサルタントとして活動。
淑徳大学看護学部での教員経験を経て、2024年より、社会福祉法人むそう業務執行理事。

管理業務の効率化が、患者に寄り添う時間を生む

――理事就任後の取り組みについて教えてください。

訪問看護ステーションの管理者を経験し、大学院修士課程にて看護領域のシステム管理を学び、その後は大学で教員をしながら訪問看護管理のコンサルティングに携わってきました。当法人の理事に就任した際2024年春は、組織内で事業所を適切にマネジメントするデジタルツールの導入を始めるタイミングでした。しかし現場の課題解決につながるツールが見つからずにいました。

福祉分野はICT開発による収益性が低く、協力企業を見つけるのも容易ではありません。そこで、まずはGoogleスプレッドシートを活用し、グループホーム医療連携における健康管理シートを作成し、2024年10月から運用を開始しました。このシートはテキスト入力ではなく、プルダウン式の選択方式を採用。巡回時のバイタル測定値や排泄状況、体重やBMI値や転倒リスクスコアなどを各項目から選択し、入居者の健康状態のアセスメントが容易になるよう工夫しました。なぜなら、グループホームにおける障害者の健康管理未経験の看護師が巡回することもあるからです。そのため、「経過良好」「経過要観察」「即介入が必要」など未経験の看護師でも判断できるよう上記観察項目のプルダウンを緑・黄色・赤色に分けました。例えばBMIが赤色になれば食事の改善が必要であることを視覚的に示し、家族への注意喚起を促せる仕組みとしました。また訪問看護ステーションの管理日誌も同様に、管理者として日々把握しなければならない事柄について、プルダウンから選択し日々のステーションの運営状況を負担なく記録されるように整備しました。

――管理日誌の導入後、職場にはどのような変化がありましたか。

当法人の訪問看護ステーション管理者は経験が浅く、実践的なマネジメントの方法を学ぶ機会もこれまでほとんどありませんでした。しかし、デジタルツールを導入して1カ月ほど経過した頃、管理者から「シートを日々入力することで管理の視点が明確になり、学びになった」との声がありました。日々、管理項目を記録するなかで、自然とマネジメントの基礎を身につけることができたのです。またグループホームを巡回している看護師からも、「これまで小児が専門だったので大人を観察する視点に自信を持てなかったが、シートのプルダウンを選択していくなかでどのような視点で入居者の健康を捉えるが理解できた。今後、看護師経験が2年未満の看護師も巡回を担当することで観察の視点を学ぶことができると思う」とうれしい報告がありました。

データをクラウド上で管理するようにしたことで、現場の看護師や管理者と私自身もデータを共有することができ、運営上、入居者の状態で気になる点があれば、管理者や看護師に連絡して適切な対応を指示することも可能となりました。これにより、管理者や看護師は私からの指示を通じて必要な考え方や対応を学び、次第に自ら判断できるようになるという育成効果も得られています。

管理者のノウハウをデータ化し、マネジメントに活かす

――デジタルツール導入における現場の抵抗感や課題はありますか。

医療・福祉の現場では、「誠心誠意のケア」が重要視され、ある種の無駄を美徳とする文化が根強く、デジタル技術には抵抗を示す傾向があるように思われます。しかし、管理業務に追われ困り果てている管理者にICTの活用方法を説明し、実際に使い始めると、その利便性を実感し、「自分たちで必要な項目をシートに追加してもいいですか?」と積極的な意見が出るようになりました。導入のタイミングを見極めることも、成功の鍵となります。

ただし、ツールを効果的に活用するには、ICTのスキルが必要です。私一人で広めるには限界があるため、業務を理解しながらツールの使い方を教えられる「インストラクター」を育成することが、今後の課題だと考えています。

――管理日誌の項目はどのように決定するのですか。

管理項目は、事業所の理念や特性、利用者の属性や管理者の方針によって異なります。そのため、管理者の「頭の中」を可視化し、データ化する作業が重要です。

例えば、コンサルティングをしている精神障害者向け訪問看護ステーションでは管理日誌の項目について、管理者の利用者の状態像のアセスメントの着眼点と運営管理の視点をヒアリングしました。その結果、診察同行件数や服薬拒否や怠薬の人数、精神的に不安定で夜間対応の必要性がある方などを項目化しました。精神障害者は薬の副作用で便秘がちになり、それが悪化すると攻撃性が増し夜間のトラブルの原因になることがあります。こうした予測をデータ化し、管理者の知見を共有することで、現場全体の質を向上させることが可能になります。

訪問看護ステーションでは、管理経験のない後継者が引き継いだ結果、経営が悪化するケースが少なくありません。しかし、データがあり、その活用方法を学べば、未経験者でもマネジメントがしやすくなると考えています。

――訪問看護ステーションの管理者に求められる能力はどうなっていくと感じますか。

優れた管理者は、看護師としてのアセスメントスキルと、医療関係者と交渉するコミュニケーションスキルを併せ持っています。例えば、患者の外見や疾患・家族・生活状況などのデータを分析し、数週間後の状態を予測したうえで、適切な対応策を講じる能力が求められます。このスキルが管理者の根幹にないと黒字経営は難しいと思われます。

また、主治医の指示をそのまま受け入れるのではなく、予想される問題を説明し、必要な指示を主治医に求める交渉力も不可欠です。さらに、スタッフに自身が自ら能動的に看護を実践できるよう、問いを投げかけ、自ら考え実践し評価する力をつけられるよう支援する、つまりスタッフをエンパワメントする力が必要かと思います。

業務の仕組み化で管理者を「頭脳労働」へ

――医療・介護業界の業務効率化が進まない要因は何でしょうか。

医療・福祉の現場では、管理者がプレイングマネジャーとして現場業務を担うことが多く、業務全体を見つめ構造化するためのスキルを開発する時間が必要だと思います。しかし日々の業務に追われ、結果、業務の仕組み化が進まず、属人的な運営に陥りがちです。

主たる管理者の役割は、スタッフに適切な指示を出し、技量を高めるための支援を行い、業務の最適化を図り黒字での経営を維持することです。これを行うためには、運営状況の数値化や看護実践の見える化を進めることが肝要かと思います。まず自身の管理業務の仕組み化と業務の分担を進め、無駄な作業を削減すれば、管理者はより戦略的な「頭脳労働」に集中できるようになります。

――マネジメント人材を育成するために必要なことは。

訪問看護ステーションでは、よく「運営や経営は自分たちがやるから現場を管理してくれればいい」と誘われて管理者になる方がいらっしゃいます。しかし現実は簡単ではなく、最前線の看護師が経営と運営の感覚を持っていないと難しい。

また、他産業からの知見を取り入れ、コスト意識を持った経営が求められます。経済的視点を掛け合わせたマネジメント人材を育成することで、訪問看護の未来をより持続可能なものにできると考えています。


聞き手:古屋星斗
執筆:有馬知子

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