かかりつけ医の育成が医師不足を救う 「健康担当者」として治療をデザイン――医療法人おひさま会理事長 山口高秀氏
医療法人おひさま会(神戸市)理事長の山口高秀氏は、兵庫県で在宅医療を提供してきた経験を基に「かかりつけ医」育成の必要性を訴える。複数の疾患を抱えた高齢の患者が増えるなか、全体的な治療をデザインすることが、医療の効率化と医師不足の解消に役立つという。
医療法人おひさま会 理事長 山口高秀氏
高齢化の進行による専門医育成の弊害
――医療現場は今、どのような課題を抱えていますか。
患者の高齢化に伴い、複数の慢性疾患に加えてがんと認知症も抱えているといった人が増え、1人の患者に複数の専門医(※)が対応する必要性も高まっています。しかし一方で、疾患をそれぞれの専門医がバラバラに治療すると、治療同士が影響を与え合ってかえって予後が悪くなるというアウトカムも出始めたのです。患者の体を全人的に捉え、どの疾患の処置を優先するか、同時に行っても支障のない処置はあるかなどを考え、治療をデザインする必要がある。しかしこのスキルを持つ医師はあまりいません。
――全体をデザインできる医師がいない理由は何でしょうか。
医師の養成システムは、例えば同じ内科でも消化器内科、代謝内科などに細分化し、それぞれの専門家を育てることを目指しています。こうした仕組みは最先端医療の追求には適していますが、患者全体の治療プランをデザインするには不向きです。
患者が胸やけを覚えて消化器内科を受診しても、消化器系に異常がなければ医師はそう伝えるだけで、専門外の領域を診ることはしません。しかし症状は消えないので、患者は別の病院をいくつも回ることになります。1人の患者に割り当てられるリソースが複数の医療機関に分散することは、結果として診療効率を押し下げるので、1回の診療あたりの診療報酬点数は政策上低くするしかなくなります。結果、医師は経営を維持するため多くの患者を診療し、検査などの医療行為も増やさざるを得なくなります。この結果、医師は多忙になるうえ「3分診療」も横行し、患者の満足度も低下するという悪循環が起きています。
かかりつけ医は患者の「健康責任者」 在宅医の育成が近道に
――ドクターショッピングの無駄をなくし、患者の満足度も高めるにはどうすればいいのでしょうか。
患者の「健康責任者」としての「かかりつけ医」を増やすことです。患者本人ではなく、まずはかかりつけ医が症状に応じて原因を見立て、医学的な判断に基づいて必要な治療や検査を手配すれば、患者がいくつもの専門医を回るような非効率を避けられます。プライマリーケアを実践しつつ専門的な治療が必要かどうか判断し、かつ悪化防止や予防のための生活習慣の改善指導にとどめるなど「ゲートキーパー」の役割を果たすことで、不要な医療行為も行われなくなります。現在の医師不足は、医療制度と教育体制が高齢化する日本社会に求められる方向性と合っていないことが大きな要因であり、方向を修正すれば改善の余地は大きいのです。
――かかりつけ医の育成はどの程度進んでいるのでしょうか。
かかりつけ医が4万~6万人いれば、全国民をカバーできる計算ですが、まだまだ数は少ない。かかりつけ医は診療報酬の高い検査や手術など医療行為をあまりしないうえ、患者との対話に時間を割く必要もあるため、経営が成り立ちづらいのです。
育成のシステムも未整備です。大学に養成講座もないですし、かかりつけ医としてトレーニングを受けられる場も少ない。指導医もわずか数百人しかいません。大学を卒業した医者を一人前のかかりつけ医に育てようとしたら、10年はかかります。育成システムを整備するところから始めるとなれば、急増するニーズに間に合わない恐れもあります。その場合に備えて看護師やソーシャルワーカー、ケアマネジャーなど、かかりつけ医以外で患者に伴走できる人を増やしておく必要もあるでしょう。
――治療をデザインできる医師を増やすという意味で、かかりつけ医の育成以外に何かできることはありますか。
方法の一つが、在宅医療専門医からかかりつけ医への移行です。在宅医療専門医は高齢や重病、障がいなどのため自力で受診できない患者の希望を聞き、治療方針を一緒に考えるという点で「かかりつけ医養成機関」のような役割を果たすこともできるのではないかと考えています。しかも、在宅医療は政策上、現在診療点数が高く、経営が成り立ちやすいというメリットもあります。
在宅医、専門医にかかわらず、医師が患者に提供する便益は大きく3つに分かれます。一つは「この先生がいれば安心」という情緒的な便益。もう一つは治療をしながらいかに生きるか、という価値観そのものの提示という便益。そして最後の一つが病気やけがが良くなるという機能的な便益です。とりわけ在宅医は、終末期を迎えた高齢者と家族の思いを受け止め人生の最後をプロデュースする「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」などを通じて、前の2つの価値を提供する力を鍛えられます。在宅医として経験を積むことは、患者の望む生活の中に医療を効果的に組み込んでいくというかかりつけ医の力を養う場になっているとも言えます。当院も在宅医療を柱としながら、少しずつ外来診療も始めており、かかりつけ医の機能を果たすことに取り組んでいます。
AIが患者を全人的に把握 治療計画の提案も視野に
――テクノロジーを活用した業務効率化について、何か取り組んでいることはありますか。
3~4カ月前から、患者の治療履歴や過去の生き方などをヒアリングしてAIに学習させ、その人を全体的に把握しまとめるシステムを試験導入しています。また、患者を訪問するときに私と看護師がマイクをつけて、家族や患者との会話の内容をAIに入れ、訪問先での全ての行動を整理させるといった試みもしています。この機能をカルテの自動入力などに実装し、記録作業の削減に役立てられればと考えています。
興味深かったのは、AIの整理が自分の話の内容と食い違ったときです。原因は「AIが使えない」からではなく、私が誤解を与える表現を使ったためで、患者や家族もAIと同じように誤解している可能性が高いということに気付いたのです。AIのフィードバックを基に、説明をブラッシュアップすることもできるのだと分かりました。
――AIの導入によって、現場はどのように変わると期待できますか。
患者は看護師にだけ弱音を吐くなど、相手によって「別の顔」を見せることがありますよね。今はカンファレンスを開いて別の人に見せる「別の顔」にあたる情報を集約していきますが、その作業が膨大なのです。多職種の医療者が顔の見える関係をつくるには多大な労力と時間、そして人件費がかかります。AIが患者を全人的に把握し治療計画を提案できるようになれば、多職種連携のコストは大幅に軽減されます。このように現場の情報集約における効率性を、大幅に削減できると期待しています。また、治療提案については米国では既に、家庭医に治療計画をレコメンドする機能を備えたGlass AIというシステムができていますし、このような機能は今後普及してくることは間違いないと思います。
さらに、国も、マイナンバーに紐づいた共通の標準型カルテの開発に取り組んでおり、実用化されれば電子カルテのコストを大幅に削減できます。全ての診療記録が可視化され、さらにAIによる治療提案機能も装備されたら、医師の「機能的な価値」をある程度代替することもできるでしょう。それによって医師に求められるスキルセットも変わると思います。
ニーズをくみ取り患者に伴走 医師のスキルセットも変わる
――医師のスキルセットはどのように変わるでしょうか。
「あなたはどう生きたいですか」「そのためにどんな治療を望みますか」といった、患者に伴走しニーズをくみ取る力を、より求められるようになります。現在の診療報酬に紐づけられているのは「機能的な価値」だけですが、医師に対する信頼や安心、人生に寄り添う態度などを報酬化することも必要になります。「この先生に相談したい」と来院してくれる患者の数は一つの基準になりうるので、担当患者数と医師の治療実績を組み合わせて報酬を決める仕組みをつくれば、社会実装は可能だと思います。
医師は今も機能的価値の提供より、患者に寄り添い「よく生きる」ための役に立てることをモチベーションに仕事をしています。スキルセットが変わることは、医師のやりがいを高めることにもつながるでしょう。
――今後の地域の医療体制は、どのように変わっていくと思いますか。
政府は今、政策的に若い医師をかかりつけ医へと誘導しようとしています。医師の働き方改革で、大学病院勤務の若手医師が外部の病院へ研修に出づらくなり、専門性を活かして開業するのが難しくなりました。自治体が開業の条件として、医師不足の地域での勤務経験を課すといった動きもあります。今後5~10年で、専門医からかかりつけ医へのシフトが進むと期待しています。
またかかりつけ医や看護師ら患者に伴走するこれからの医療人材は、地元にいるからこそアクセス可能な「地産地消」のリソースです。そんな地域の医療者と患者をうまくマッチングさせることができれば、地域全体の医療の効率が上がり、働き手の賃金も改善し、医師不足の解消にもつながると考えています。
――高齢社会による人口変化に適合する医療制度と医師の役割変化、それを支援するテクノロジーの存在が医師不足の解消の要となるということですね。ありがとうございました。
(※)それぞれの診療領域における適切な教育を受けて十分な知識・経験を持ち、患者から信頼される標準的な医療を提供できる医師。
出所:厚生労働省「専門医の在り方に関する検討会 報告書 概要」
聞き手:岩出朋子
執筆:有馬知子