業務改善で負担を軽減 「スタッフファースト」でエンゲージメントを高める――社会福祉法人若竹大寿会【前編】
横浜市内を中心に30の福祉施設を運営する社会福祉法人若竹大寿会は、作業の見直しや自動化ツールの導入などによって、業務量の3割削減に成功した。必要な従業員の人数を減らして職場環境の整備に集中投資し、働くやりがいや職場の魅力を高めようともしている。業務削減に至った経緯や具体的な取り組みを聞いた。
社会福祉法人若竹大寿会 法人本部副本部長・ 経営企画室 室長 山岡 悦子氏(写真左)
社会福祉法人若竹大寿会 介護老人福祉施設わかたけ南 施設長 山口 美智子氏(写真右)
休憩室にマッサージチェア7台 人材育成も強化
同法人は特別養護老人ホームや認知症高齢者のグループホーム、通所介護サービスなどを運営しており、職員数約1,500人、ベッド数は1,200床に上る。
2018年から、経営理念として「スタッフファースト」を掲げた。法人本部副本部長で経営企画室長も務める山岡悦子氏は「職員が『利用者ファースト』で働くには、社員自身が勤め先から大事にされていなければいけません。そのために法人は『スタッフファースト』であるべきだと考えました」と説明する。
理念を目に見える形にしたのが、社員の休憩室だ。「施設で一番いい場所に、すてきな休憩室をつくる」ことを目指して広々としたスペースを確保し、備品や家具類の質にもこだわった。さらに職員が順番を気にせず使えるよう、7台ものマッサージチェアを設置した。
介護保険サービスを収入の柱とする同法人は、建物や設備に投資するほど利幅は薄くなる。それでも優秀な人材の獲得と職員の意欲向上のために、財務的に可能な範囲で職場環境を整えているという。労働集約的な仕事である介護の現場は、現場をよく知る最前線の職員が、運営のカギを握ると考えているためだ。
「職員一人ひとりが『何をすべきか』を考えて行動できる、ワークエンゲージメントの高い集団をつくらなければいけない。そのためには設備だけでなく育成や働き方も含め、職員にやりがいを持って活躍してもらえる環境を整える必要があります」
また「経営トップと職員が、思いのベクトルを合わせていくことも大事」だとして、両者の交流の場も意識してつくっている。理事長が毎年各事業所を回り、直接職員に思いを話す機会も設けているほか、入職する社員の研修でも自ら理念を伝えている。
同法人は介護保険制度が始まる前の1989年に設立されたが、当初から経営トップに職員を大事にするという思いがあり、当時は珍しかった腰痛防止のリフターなどを導入してきた。こうしたなかで、新しいツールを取り入れることに前向きな組織風土がつくられてきた面もあるようだ。
トヨタ方式で現場改善 導入後2年は暗黒時代
業務改善を始めたのは、2016年からだ。「労働集約型の介護現場には、川上の経営から変えるTQM(全社的品質マネジメント)より現場主導の活動が馴染む」と考え、QC活動を手法として選んだ。コンサルティング会社に依頼して従業員8人に7カ月間、トヨタ方式の「5S活動」と「作業改善」の研修を受けてもらい、同年から全事業所で5S活動を、翌年からは7つの事業所で作業改善を始めた。
組織によっては新しいツールやシステムを導入する際、職員が強く反発するケースもある。ただ同法人は、リフターをはじめ新しい機器を積極的に活用してきた経緯もあり「組織が良くなるならやってみよう」と前向きに受け止める雰囲気があったという。
それでも最初の1~2年は「暗黒時代」だった。定型業務の多い製造現場は、QCの効果を実感しやすいが、非定型の利用者対応がメインの介護現場では、定型業務がいくらか減っても職員は成果を感じづらかったのだ。
「現場でこの作業が5分減った、あの作業が10分減ったといっても、職員には楽になった感覚があまりなかったのです。データをとるため全ての作業時間を測るなど、手間もかかります」
ある程度トップダウンで、7事業所の作業改善を推し進めた結果、8カ月間で計1,465時間削減でき、数字を見せることで、職員のモチベーションも高まった。また新卒で採用した「コア人材」が、研修を通じて理念への理解を深めていたことも、活動の下支えになったという。
「新卒者には入社後1カ月間、OFF-JTの研修を受けてもらい、理事長の考え方などを重点的に伝えています。中途採用者も多いですが、コア人材に組織の理解と経営トップへの信頼があったことは、暗黒時代を乗り越える大きな力になったと思います」
業務分解と作業の共通化で時間を削減 「割り切り」も大事
具体的な改善事例の一つが、倉庫管理だ。各階の倉庫に保管する物品のレイアウトを同じにして、どの階で作業しても、必要な物を迷わず取り出せるようにした。さらに複数の施設で同じ倉庫、同じ配置を導入し、施設を異動したりヘルプに入ったりしてもスムーズに作業できるようにもした。
「いつも同じ場所に置いてあるので、『よく探せばあるけれど見つからない』と慌てることがなくなりました」と、老人福祉施設「わかたけ南」施設長の山口美智子氏は言う。
同時に介護職の業務を分解して、物品の補充や倉庫からの運搬などの仕事を専任のサポートスタッフに任せるようにした。
さらに「わかたけ南」は朝食を、パッケージ化された総菜をタイマーで温めて提供するやり方にして、人が集まりづらい厨房の早朝シフトをなくした。厨房の業務シフトは午前8時~午後5時と、午前11時~午後8時の2パターンで、山口氏は「そうでないとなかなか雇用が継続できません」と説明する。
朝は介護職員も、起床と食事の介助で忙しいが、このやり方だと味噌汁とご飯だけを配膳すればいいので、業務負担も軽くなった。
「職員に調理の余裕などありませんし、食事を温めて取り分けるだけでも、起床介助と同時に進めるのは無理です。それなら割り切ってパックのおかずのおいしいものを選び、お出しすることにしました。味噌汁もつくりおきのみそ玉に、お湯を注ぐだけでできます」(山口氏)
厨房の床には、ボタンを押すと泡が出てきて床を洗い、水で流す自動洗浄装置を導入。さらに調理はオール電化で、ガスを使って調理するより夏場の暑さをしのぎやすくしている。
遠隔で巡視、ミスト浴で負担軽減 テクノロジーも活用
テクノロジーの導入も進めている。例えば各ユニットにカメラとマイクを設置し、ナースコールがあったときなどに、職員がスマホで部屋の様子を確認できるようにした。ナースコールが複数重なった場合に、各部屋の映像を見て優先順位を判断するといったことができるようになり、「業務が抜群に改善されました」と山口氏は話す。
夜勤の負担を軽減するため、カメラを使った遠隔での巡視も行っている。
「看取り期の方や、体調が悪い方は部屋に行きますが、特に問題のない方については映像で呼吸と入眠を確認しています。利用者の皆さんも、巡視のせいで起きてしまいその後眠れない、といったことがなくなり、朝まで安眠できる人が多いように思います」(山口氏)
寝たきりの人や看取り期の利用者には、横になったままドーム状の装置に入ることで入浴できる「ミスト浴」も取り入れている。スタッフが1人でケアできるうえに、利用者が浴槽で溺れてしまうリスクがないので「目を離せない」というプレッシャーから解放された。入浴中に着替えを準備するなど、別の仕事もできるようになった。
山口氏は「湯船につかりたい人には、物足りなさはあるかもしれません。でも体はしっかり温まりますし、水圧がかからず身体への負担も少なくて済みます。普通の入浴が難しい看取り期の人に入っていただけるのも、大きな利点です」と語る。
ミスト浴や総菜パッケージなどの導入を決めたのは、施設長である山口氏だ。経営企画室長の山岡氏は「施設長に大きな裁量を与えているのも、当法人の特徴です。施設長がかなり自由に現場のニーズをくみ上げて仕組み化しているので、施設ごとにカラーが出ていると思います」と話した。
聞き手:岩出朋子
執筆:有馬知子