夜勤にフルタイム……両立の壁を分業・仕組み化で解消し、ワーママ看護師の獲得に成功――あかり看護センター
兵庫県明石市で2019年、「あかり看護センター」を開業した小川健司氏は、病棟勤務など「夜勤・フルタイム勤務」といった慣習の多い看護師の職場に独自の目線で対策を導入し、ワーキングマザーの獲得に成功した。開業前に経験した証券会社や人材関連業での経験も、業界の「当たり前」を疑い、変えることに役立っている。
株式会社G・Iサークル あかり看護センター 代表取締役 小川健司氏
異業種の視点から、固定化したルールを変える
――なぜ訪問看護の世界に入ろうと思ったのですか。
地元にUターンしようと考えて仕事を模索していたとき、知人が訪問看護の事業所を経営しているのを見たのがきっかけです。訪問看護は地元に必要なサービスであると同時に、異業種で培った経験も活かせる仕事だと思いました。
明石市は子ども支援の手厚さをアピールしていますが、高齢者向けの政策に目立ったものはなく、病院や高齢者施設もさほど多くありません。神戸市に隣接するベッドタウンで、市内に大手メーカーの拠点がいくつかあるため人口もそれなりに多く、訪問看護の需要と成長の可能性があると考えました。
――長い間、異業種で働いてきた小川さんの目に、医療の世界はどのように映ったのでしょう。
人材業界にいたとき、介護や飲食の業界がさまざまな人手不足対策に取り組む様子を見てきました。しかし医療の業界はこれらの業界ほど柔軟でなく、特に病棟勤務で正社員の看護師の働き方は、夜勤・フルタイム勤務可能を前提とするなど独自のルールが固定化しています。始業30分前に「サービス出勤」して前夜の状況を確認し、ミーティングに備えるのも当たり前です。子育て中の女性がこうしたルールに従って働くのは難しく、職場からこぼれ落ちてしまっています。
前職で、ワーキングマザーが限られた時間で高い成果を出す様子を見てきたので、育児中の女性を雇い入れれば高い生産性を発揮してくれるという確信はありました。同時に、職場改革が手付かずな分、シフト勤務などを少し工夫するだけで働きやすさが格段にアップするという「のびしろ」も感じました。
夜と夕方は働けない スキル活かせずコンビニバイトも
――開業に至るまでの、具体的な取り組みを教えてください。
まず訪問看護を取り巻く課題を把握するため、つてをたどって40人ぐらいの看護師に話を聞きました。看護師は専門職で収入も比較的高いので、総じて夫の扶養の範囲を超えて働き相応の収入を得たいという意欲があり、シングルマザーも一定数存在します。それでも離職する理由は、人間関係もありますが大半は「夕方遅い時間や夜の勤務に入れないので、働き続けられない」ことでした。夜勤のない診療所でも、診療時間が午後7時までで土曜午前も診療があるといった場合、両立は難しくなってしまいます。両立支援制度が整った大病院でも、定時に上がれず残業が多くなることもあります。 小さな病院は人手不足で、制度があっても使うことに気兼ねがあり、結局は居づらくなってしまう。こうした結果、看護師の国家資格と貴重な経験を持っていても活かすことができず、勤務時間に融通が利くコンビニでバイトをしている人もいました。
当センターでは開所当時から、ワーママ採用の優位性を高めるため「大阪や神戸に通勤せず、地元で看護師として働ける」ことと「残業がほぼない環境」を重点的に打ち出しています。通勤時間は両立の壁になることが多く、母親にとって実は残業以上に重要なポイントだと感じています。このほかパートも週1回、2時間勤務から募集しており、看護師8人のうち7人がワーキングマザー、そして3人がパートタイマーです。
――同じ地域の同業他社には、人手不足に対抗するため新しいことに取り組む動きはありますか。
「人が来ない、すぐに辞める」と嘆いてはいますが、新しいことに取り組もうという姿勢はあまり見られません。採用難という課題に直面し、対策が必要だと考えてはいるはずですが、どこを改善すべきかわからない、なぜ変えなければいけないのかがわからない、現職員を説得できないから変えられないなどの理由で行動に移せないのです。
また看護師が立ち上げた事業所は、採用難で看護師の設置基準を満たせず閉鎖に追い込まれるケースが目立ちます。看護師は医療経験が豊富で患者を救いたいという思いは強いのですが、経営や財務、採用を学んだわけではありません。事業所を立ち上げても思うように人材が集まらず、人手不足で業務が回らなくなったときも、運営の仕組みを改善するのではなく自分で仕事を引き受けてしまう。このため業務を1人で抱え込み、疲弊してしまう悪循環が起こりがちなのです。
誰でも訪問できるよう、看護師全員がSNSのチャットやノート機能で情報を共有
――パート看護師がいる職場では、情報共有や業務分担も重要だと思います。どのような工夫をしていますか。
LINE WORKSで患者ごとにトークルームをつくり、訪問時の状態や配薬、看護の内容などをチャットやノート機能で詳細に記録しています。看護師は手元のスマホで情報を把握できますし、過去の記録はチャットのスクロールで、常に把握すべき内容はノート機能で、誰もがいつでも確認できます。LINE WORKSを独自の目線で、事務職員など多職種も巻き込んでつくりこむことで、他のどんな訪問看護ソフトやツールよりも圧倒的な効率を仕組み化できました。
他の事業所は患者ごとに担当看護師が付き、その人が患者の全ての情報を持っているケースも多いのですが、当センターは誰もが全ての患者を訪問できるよう、全員が情報を共有しています。また看護師が僕や事務職員とやり取りする際、専門用語や「ICU(集中治療室)」のような略称などを極力使わず「無資格の人にもわかる言葉で記入・会話してください」と話しています。利用者も家族も医療については素人なので、わかりやすく伝えることを普段から心掛けてもらうためでもあります。
――看護師の業務を効率化した例などはありますか。
レセプト(請求業務)に不可欠な記録ソフトの入力など、業務の一部を事務職員に任せています。またこの業界は、いまだにドクターへの伝達をファクスで行うことが多いのですが、看護師に代わって事務職員がファクス文書の作成・送信を行うこともあります。ちなみに事務職員は5人いますが全員ワーママで、1人は時短勤務の正社員、残り4人がパート勤務です。さらにパートのうち1人は在宅ワーカーです。
同業他社の中には、報告する必要のない日々のささいなことまで逐一ドクターにファクスなどで伝え、そのために看護師が残業までする事業所もあります。しかし当センターでは大半の訪問案件について、事前に僕とドクターが話し合って「どこまで報告すべきか」という取り決めをすることで無駄を防いでいます。こうした取り決めは業務を効率化するだけでなく、安全性や看護師の意欲も高めると実感しています。
看護師は医療的ケアに専念 業務分担の「仕組み化」が大事
――事務職員と小川さん、そして看護師の役割分担は、どのようになっているのでしょうか。
訪問看護の現場では、医師は指示書を書くだけで患者の家に同行しませんし、指示書の内容が「服薬管理」など非常に大まかなこともあります。このため訪問看護師は、患者に異変があれば医師に連絡をとるなど自らの判断で行動する力が必要ですし、精神的な負荷もかかります。
一方で、看護師はプロであるがゆえに「これは大事な医療行為だ」と思うと一歩も引かなくなる傾向があり、利用者・家族やドクターとやり取りして落としどころを探るのは不得手です。このため、コミュニケーション力が求められる営業や交渉事など、看護師が不得意な領域はなるべく僕が引き受け、看護師には情報共有と医療的なケアという大事な仕事に専念してもらうようにしています。
――医療現場が子育て中の看護師を採用し定着を図るために、他に取り組んでいることはありますか。
子どもや家族、自分の都合に合わせて「希望休」をとれるようにしています。学校行事などでスタッフの希望休が重なった日は、利用者やドクターにお願いして訪問予定を調整することもあります。
看護師の業務を分解し、他の人にもできる業務を切り離す仕組みもつくりました。その都度人を手配するのではなく、システム化することがポイントです。これによって看護師の業務時間を短縮し、早出・残業が不要な環境を実現できました。看護補助の採用などによるマンパワー確保も重要ですが、多角的な分業によって労働環境を改善することでこそ、より多くの看護師が活躍できる職場をつくれます。こうした取り組みが訪問看護だけでなく医療・介護業界全体を発展させ、高齢化社会にも良い影響をもたらすはずです。
――医療業界の常識を俯瞰してみることで、新たな働き方の取り組みが生まれているのですね。ありがとうございました。
聞き手:岩出朋子
執筆:有馬知子